表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クロモジの叫び

作者: 山谷麻也

 ◆田舎の学校は超過密

 久しぶりに幼なじみが来訪した。

 彼も同じUターン組だ。四〇代半ばで関西から帰り、建築士をやっている。一〇年あまり前、故郷で治療院を開きたい、と相談したところ

「よっしゃ。帰って来い。ワシがええ家、建てちゃる」

 と二つ返事で動いてくれた。


 山に囲まれた学校だった。

 今や、周辺の村は消滅寸前である。生家はともに廃屋になっている。もちろん、小学校も中学校も、すでにない。


 我々の学年にはベビーブームの余波、余熱が残っていた。

 一クラス二五人ほどで、二クラス編成。猫の額のような土地に中学校が建てられ、狭い教室に子どもたちがぎゅうぎゅう詰めになっていた。


 ◆昔の仕事いろいろ

 不思議なもので、半月ほど前、彼の生家の近所だったという年輩女性が来院した。


「〇〇ちゃん、どこに住んどるの」

 彼は半世紀以上もの時差を、一瞬にして乗り越えている。


「家は魚屋やってたらしいな」

 年輩女性から聞いた話を伝えた。確か、バス停のそばに、そんな商家があったような気もする。

「そうや。お前の村にも行商に行っとったはずや」

 記憶を総動員しても、思い出せない。


「親父さんは楊枝ようじつくっとった」

 と幼なじみ。これは初耳だった。


 ◆楊枝と言えば

 かつて、楊枝の材料はクロモジだった。「クロモジ」とは楊枝のことに他ならなかった。


 クロモジはクスノキ科クロモジ属の落葉広葉樹で、早春に可憐かれんな花が咲き、秋に実を結ぶ。あちこちに自生し、葉や樹皮から独特の香りを放った。言わずもがな。昔なつかしい楊枝の匂いである。

 はしの材料にもなったほか、クロモジ茶や香料として重用された。


 別に珍しい木ではなかった。山地ではせいぜい樹高は二メートルくらい。それでも、ほかの草木などと調和を保ちながら、山野を彩ってきた。


 ◆動植物の命と引き換えに

 今、クロモジも危機にひんしている。


 ショッキングなことに、徳島県ではクロモジがレッドデータブックの「絶滅危惧種Ⅰ類」とされているのである。Ⅰ類とは、放っておくと近い将来、絶滅の危険があるものをいう。


 クロモジを存亡の瀬戸際に追いやっている原因は、いくつかあるだろう。

 Uターンして、まず驚いたことは森林の暗さだった。

 戦後大量に植林された杉が手入れされずに放置され、伸び放題の枝が陽光をさえぎっていた。


 当市でも森林の六割は杉で占められ、ヒノキを加えると九割超が針葉樹林である。

 針葉樹林の多くは常緑性である。落葉しないので、樹木が生育すると、地表に光が届きにくい。ほかの動植物が生きていくには困難な環境なのである。杉・ヒノキは花粉こそ巻き散らしても、広葉樹のようには野生動物にエサを提供できない。


 ◆崩れたバランス

 木の実を初めとするエサが枯渇し、野生動物の多くは。故郷を捨てて人里へ降りて行った。しかし、草木はそういうわけにいかなかった。


 劣悪な環境下で、健気けなげに命を繋いできた植物のことを思うと、日本の犯した大罪に慄然りつぜんとする。


 山村の家で楊枝が作られていたことは、不勉強にも初めて知った。

 現代ではクロモジの楊枝は高級品となり、当然のことながら、製造も機械化されているだろう。コストパーフォーマンスが偏重される中、伝統的な楊枝職人が絶滅していないか、危惧されるところだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ