95話 不通
条庸高等学校。
全校生徒634人からなる公立校である。
学力は生徒たちに言わせれば"普通"ということらしい。つまり、進学校ではないほどにしてもそれなりに頭がいい学校ということだ。
そんな本校に今年の春、めでたく入学した一年生たちが新生活に慣れたころ。春と夏の中間と言った時期に差し掛かっていた。
そして、かなめもまた高校一年生として日々を過ごしていた。
「よっ、かなめ」
そんな声がかけられ後ろを振り向く。
軽薄そうな男が手を上げているのを見つける。白とまではいかずともぜいぜい灰色と言った髪を持つ少年はやはりそういった軽い印象を与えるのだ。
だがその髪は生まれつきであり、染めたものではない。ついでに言えば瞳までも白に近しい色をしていた。
そんな彼の名前は稲津荒喜。かなめは下の名前で呼んでいる……というより呼ばされている。
「おはよう、アラキ」
アラキとは正反対と言えるような態度で挨拶を返す。一見冷たく聞こえるが別に冷たく返してるわけではなくこれはデフォルトであった。
そして対するアラキも慣れたもので気にした様子を見せることなく、かなめの横に並び話始める。
「――それでさ、そいつなんて言ったと思う?」
「知らん」
アラキの問いかけに適当にかなめは返すが対するアラキは待ってましたと言わんばかりに顔をほころばせる。
「かなめちゃんの連絡先教えてーだってさ。ぷっクククっ……かなめは男だっつうの!」
そしてまたアラキが笑いだす。
どうやら今の話はかなめを女子生徒だと勘違いしたアラキの友人が必死に「一緒にいた女の子の連絡先を教えてくれ」とせがんできたという話らしい。
アラキはゲラゲラと笑っているが当事者からすると特に面白くもないと内心思う。
だがそんなことは知らぬとばかりに話を続けるアラキ。
「まぁ、確かに下手したら女子よりきれいな顔なのは分るけど髪型は男のソレだし制服なんか男子のだぜ?」
「……男子の制服を借りてる女子もいるんじゃないか?」
「まぁ、確かにな……いや、でもそりゃねーな。そいつが見たのは登校中らしいし」
とまぁ、こんな風にアラキが一人でしゃべり時々かなめが口をはさむのが通例であった。
昼神。
それはかなめに改に与えられた苗字であった。
家が取り壊されて以降かなめが引き取られていた家の名だった。
家は元々術師の家であった。
だが、かなめは"普通"に生活することを希望した。
そして新しくできた両親はそれを承諾した。昼神にはすでに養子ではなく実子が誕生していた。順当に考えれば実子が頭首になる以外の余地はなくかなめの入る隙は端からないのだがそれでもその可能性を完全に消すことができるのならと首を縦に振った。
とはいうもののかなめと両親の関係はいたって良好であり大学までの学費は出してくれると約束してくれていた。
「……まぁ、オレに魔法の才はないのだから万が一はないんだけどな」
十一年前に家がつぶれた時からそれは重々承知していた。
万が一はない。
それがたとえ億が一でも兆が一でもそれが変わることはない。
昼神かなめには魔法の才はない。
いや、それ以前にスタート地点には立つことは叶わない。
昼神かなめはその他大勢なのだから。
薄暗く光源は木の格子からかすかに漏れ出る夕日だけ。
紙をめくる音だけが静粛の中でこだまする。
「くっそ、分かんねぇ」
かなめは頭の後ろ辺りをポリポリと搔きながら書物とにらめっこする。どうも古書ってやつは良くない。ミミズがのたうち回ったような字が読めないのは当たり前としてそれが読めても意味が分からないなんてことはざらだ。
そもそも今いるこの蔵も良くない埃っぽいし照明もない。
かなめからすればここはこの世の不便を集めたような場所でしかなく、とても好ましい場所ではなかった。
だがそれでもそれを見つけてしまったその日からやはり魅入られてしまっていたのだろう。
"普通"を望みながらも、決して"普通"とは呼ぶことができない、神秘の力に。




