8話 オタクは一方的に話す
寒くなった事もあって最近、冬服を新調したばかりなのだが当たり前の話だけど外に出るときはそれに着替える。
と言う事は必然的に公園へも着ていく。
さらに当たり前だが、現代日本で日常的に着られている服は刃物で着られれば簡単に切れる。
結局のところ何が言いたいかと言えば、ダンジョンに着ていって破れたって事だ。
「た、ただいまぁ」
出来るだけ、音を立てずにゆっくりドアを開ける。
何故、わざわざ、ただいまを、いったかと言うと家のしきたりだからだ。
ドアの隙間に首を突っ込む。
キョロキョロあたりを、見渡す。
居ない。
ゆっくり、靴を脱ぎ、家に上がる。
「お帰り、お兄ちゃん、どうしたの?」
突然かけられた声に、身体が硬直する。
いったい、何処から……上か。
俺の強化され視力の増した瞳がその姿を捉える。
そこには、2階の階段から覗く詩が居た。
「い、いや、」
「って、どうしたのその服?!」
この後めちゃくちゃ叱られた。
「それでお兄ちゃん、服ボロボロにして帰ってきたんだよ」
いつもの様に夕飯を頂きに紗奈宅に居るのだが、コイツ喋りやがった。
「え、大丈夫?、怪我とかなかったの」
心配した紗奈が、聞いてくる。
「大丈夫だよ、怪我なんてしてないから」
実際していないし、最近わかったがモンスターを倒すと経験値的なものが入って身体能力が向上するが、それだけでなく、どうやら、回復もする様なのだ。
とは言っても、格下相手、つまり、少ない経験値では回復しない様だが。
キングとの戦闘中に擦り傷くらいは負ったが結局治ったので無傷だった。
「詩ちゃん、本当?」
俺は信用がないらしい。
「うん、服ひん剥いて確認したけど何もなってなかったよ、お兄ちゃんが鍛えてたのには驚いたけど」
家に帰った後直ぐ服を脱がされたのには、驚いた。
と言うか、そのまま正座させるのはどうかと思う。
ちなみに、寝ていないと殆ど回復しない。
家に帰るまでに擦り傷が、回復していたのは、回復力の向上もあるが、それだけキングが強かったと言う事だろう。
「ふーん、ならいいけど、でも危ないことしちゃダメだよ、でもね伊織君――」
ならいいけどなんて言いながら、説教が始まった。
ちなみに、ダンジョン云々は誤魔化している。
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてるよ」
心配してくれるのは、嬉しいし、有難いけど、キングと闘い、詩に長時間叱られた俺には既に体力はない。
俺はそっと目を閉じた。
「zzzz」
「今日はなんだか疲れてるね、昨日は休みにしたけど、疲れがまだ取れてないの?」
俺の様子を見た蒼介が話しかけてくる。
「いや、それとは別に、いろいろと」
土曜日、紗奈に説教されてたわけだが。
怪我の話から、普段の生活態度にまで、話が移り、いつも遅刻寸前はダメだとか何だとか言われた。
兎に角いろいろ言われたが、結果的に生活態度の改善の為にと、紗奈と一緒に登校しようと言う事になった。
そこまではよかったのだ。
紗奈と登校するのは、俺としても嬉しいから嫌ではない。
それでも、早起きするのは少しというか、かなりきついけど。
だが、問題はそこではない。
容姿端麗な美少女である紗奈、その隣で歩くのは、最近、ダンジョンの影響でちょっと筋肉が付いてきたが、結局のところ、インキャオタクの俺だ。
ちなみにだが、インキャの部分は大事なところなので間違えないでもらいたい。
俺は、インキャなだけでボッチではない。
そんな、俺が、紗奈の隣を歩いていればどう思われるだろうか。
あ、あいつ、美少女と歩いている、何者だ?
とは、ならない。
その光景を見たものは、特に、そう言うものには縁がない人たちは思うだろう、なんで、あんな奴が、と。
自分の方がまだ、こいつよりはいいだろう、とか。
まあ、そんな感じだ。
で、ちょっかいを、掛けてきた奴がいた。
「俺たちと行こうよ」とか「こいつ違う学校だから」とか言ってなんとか引き剥がそうとしていたが、紗奈が、「この人は、彼氏です」と言ってしまった。
俺としては、胸を張って自慢したかったが、そうも行かない。
状況は余計に悪化した。
と、まあ、これ以上構っていると紗奈まで、遅れてしまうと言うところで、相手がOHANASIしようと言ってきた。
付いてこいと言われ物陰に行ったが、俺もダンジョンで鍛えている、ただの人間に負けるつもりはない。俺はオタクの固有スキル、一方的に殴る発動し、一方的に、OHANASIをした。
俺と会話のキャッチボールをするには百年早い。
それから、ちょっかいを出さないことを約束して、紗奈のもとに戻った。
時間を取られたものの、そもそも、遅刻寸前に学校に着く俺と違って、紗奈は余裕を持って登校しているので、それでも、十分前くらいには着くことができた。
俺がいくら疲れていようと、時間は過ぎるもので、すでに5時間目だ。
教科は歴史、つまり日本史だ。
担当の先生は面白くわかりやすい説明で、結構人気なのだが、とは言っても、そろそろ眠くなる頃だ。
こんなに、眠くなるのは、4時間目振りだ。そう言えば1、2、3時間目も眠かった気がする。
目を擦り授業を聞くが頭に入らない。
ふと、窓から明るい、光が差し込む。
教師も生徒も外を一瞥するとすぐに授業を再開する。
窓の方を見ると、校庭では体育の授業が行われている。
ジャージの色からして2年生だろうか。
もう授業も終盤であり、片付けをして多くの生徒が校舎に向かっていて、残っているのは数人だけだ。
そして、光の正体は直ぐわかった。
校庭に一筋の光が差していた。
その奥を見ると学校の敷地外でも同じような光景を確認できる。
まるで、あの日の光景の様だが明らかに大きさが違う。
半径数十メートルはある。
それを見た、生徒が、光の柱の中に入りまるで、スポットライトに照らされた、役者のようになりきり、振る舞う。
その生徒が、天に腕を掲げた瞬間。
掲げられた手が宙を待った。
右手を無くした生徒は意味がわからないと言ったふうに唖然として、肘から先のない、自身の腕を、見る。
「おい、伊織、そろそろ前向いた方がいいよ」
流石によそ見をしすぎだと思ったらしい、蒼介が注意をする。
「蒼介、あれ」
「なに、UFOでも見たの?」
蒼介が窓に視線をやる。
その瞬間、驚愕の表情を浮かべる。
「……な、あれは」
結構大きな声が出てしまったんだろう。
それを見兼ねた教師が口を開く。
「津田くんは兎も角、日高くんまでもよそ見とは珍しいね、授業はそろそろ、終わるからあとちょっと集中……し……て……」
窓を見た先生の言葉が途切れる。
先生の様子がおかしくなったのを見て他の生徒たちも窓に視線を向ける。
腕が無く蹲る生徒。
その背後の光の柱の奥を怯えたように見ながら校舎に逃げるその友達であろう生徒。
そして、スポットライトのような、眩い光が消えていくとその姿が鮮明になる。
そこにいるのは、校庭には、それどころか、この世界にはいるはずのない生き物。
物語の世界でしか存在しないであろう生き物。
だが、確実にそれは、現実にいた。