192話 闇炎・紫炎
強くなったと思っていた。
モンスターを倒して、身体能力が向上して、銃弾だって効かなくなった。
あっちの世界に行った俺の記憶を経験を継承して、もっと強くなった。
今日だけで人をたくさん助けた。
あまりうまくいっていなかった人生が授業中に妄想したことが実現したかの様に上手く言った。
楽しかった。
つまらないと思っていた人生が色づいた。
友達もできて、紗奈とも上手くいって。
ネストの幹部にまでなった。
だから、貰い過ぎてしまった。
俺なんかが、こんなにもらっていいのかと思った。
だから、ここで満足すべきなのかと、そう思った。
でも──
死にたくない。
まだ、したいことがたくさんある。
だから、此処で死ぬわけには──
「大丈夫?伊織君」
そんな声が聞こえた。
「……あ」
「どうしたの?」
「いや、死んだかと思って……」
そこにいたのは紗奈だった。
なぜ、どうやって、いろいろと思うところはあったが今は只嬉しかった。
「伊織、ほどほどにして立ってくれない?」
そんな感動の中これまた聞きなれた声が耳に入った。
蒼介だ。
もうちょっと黙っててほしかった。
「で、状況は?」
「僕たちは芥生先輩たちが来てくれたから、目撃情報のない如月涼月がここにいると踏んできたんだ」
蒼介は、目の前に立つ、如月涼月を見据える。
すると涼月は目を細めた。
「日高蒼介と月宮紗奈か。だが、君たちは及びじゃない」
「そう言われても僕たちだって伊織に死なれると困るんだ」
「君たちの意見は聞いてないよ。喰魔に関係のない君たちには価値を感じない。せめてもと会話をしているのは君が【Nest】幹部であるあり、彼女が鬼神と喰魔に関りがわずかでもあるからだ」
彼は本当に興味がないのだろう。
醒めた声でそう言った。
それ以上は喋る気がないのか魔法を周囲に展開する。
先ほど俺を殺そうとした技だ。
「最初で最後の魔法戦だ。邪魔はなしで頼むよ」
如月涼月の目的はこの戦い自体であるならば、二人の存在は異物と言ってもいいほどだろう。
先ほどの魔法とは規模が違う。
俺たち三人を囲うように水の円盤が浮遊する。
「伊織は、よく考えればこれを対処する手段がないね。今までは、自身の武器で防げたけど、僕みたいにこういった防ぎ方は出来ない」
蒼介は地面を足で叩く。
「──《氷壁》」
そう言うと、俺たちを囲むようにして氷の壁がせりあがった。
それは只の魔法で作られた氷の壁ではなく、時間の付与による強化がされていると言う。
そして、それは攻撃から俺たちを守った。
罅こそ入っているが、砕けることなく耐える。
だが、攻撃の反射を繰り返し、時間が経つほどに崩れていく。
「伊織、回復を早く」
「ああ」
俺は刀に付与された回復の効果を使う。
全快までとはいかないものの、戦うのには支障はないだろう。
だが、この場にとどまっていれば押し切られるだけだ。
俺たちは一斉に飛び出した。
「悪いけど。一気に決めさせてもらうよ。如月涼月、──《鎖》」
それは蒼介の代名詞とも言える魔法。
大きさを人間ようにして、さらに触れたものを凍らせる。
そして、紗奈も魔法を発動する。
「《二日月》、《三日月》」
紗奈を中心とした、円周軌道をなぞる様にそれぞれの名前を冠するに等しい名前を持つ魔法の斬撃が飛ぶ。
挟みこむようにして、如月涼月の胴を切り裂いた。
いや、切り裂いたように見えた。
それでも俺はすでに動き、彼に手を添えていた。
「紫炎ッ!!」
手のひらから、出すのは最大火力の魔法。
剣をコピーされるのなら、魔法で消し飛ばす。
そのつもりで攻撃をしたのだが。
「効かない」
彼は魔法を展開し、防いでいた。
水の壁は蒸発すらもせずにそれを防いだ。
俺の方が練度が高いはずであった。
それでも、魔石の理解は遥かに如月涼月の方が高かった。
「仕方がない。せっかくだ。これも見せてあげよう」
彼は、自身の胸に手を添えるような動きを取った。
「守葬化は防衛本能に近く、あまり、故意に発生させるものでもないが……」
彼は懐から何かを取り出す。
「これは神力がこもったものだ。分かるだろう?これで終わりだ」
一瞬、如月涼月の目が水色に光る。
「──葬化『水』」
守葬化。
それは、喰魔が器を守るために一時的に顕現する力。
それを故意に呼び出す。
彼の呟きと共に、魔力が一気に上がる。
それは可視化し、水のような形をとる。
「やばいな」
この街に現れた三体の喰魔。
それと同じものと考えて良い。
人間が守葬化した場合の方が弱いがそれでもその二つを比べた場合。
俺たちの力で測れば、それは大差のない事であった。
「一端下が──」
蒼介が口を開こうとした時、膨大な魔力が襲う。
それだけで、回避せねば致命傷になりえない。
喰魔との戦いで致命傷を受けなかったのは、恐らく何とか自我を維持していたためだ。
だが、如月涼月は手加減などしない。
で、あれば、その一挙手一投足は死をもたらす。
詠唱なしで蒼介と紗奈は魔法を発動するがその魔力に阻まれる。
「これが喰魔の力だ。素晴らしいだろう」
「自我を残している?」
自我を残しての守葬化。
不可能だと言われるそれを彼は再現していた。
そして、単調な防衛機能以上の理性をもってしまったことが確定した現在、俺たちの勝機はゼロになったと言っても良かった。
だが、呆けているのを見逃してくれるわけもなく、一瞬で懐に入られる。
「クソッ!?」
刀を振るうが受け止め切れない。
「伊織君!?」
そんな声が聞こえた時横に引っ張られる感覚と共に紗奈が助けたくれたのだと気付く。
だが、如月涼月は標的を変え、紗奈に攻撃をいれる。
すかさず、紗奈も防御を魔法で張るが間に合わない。
そのまま、吹っ飛ばされるのを俺は防げなかった。
「紗奈ァ!」
クッソが。
紫炎を纏い攻撃をする。
効かないが、すでに蒼介が裏を取っている。
だが、それも防がれる。
「くっ!?」
「幹部だろう。もっと頑張ってくれ」
その声と共に、蒼介は吹っ飛ばされるが、地面から氷の棘を出し、更にその先から魔法の拡張を行い魔素の主導権を奪い水魔法を氷で浸食する。
だが。
「あまいな」
空気中の水は氷ごと旋回し如月涼月の周りを周回するかのように高速回転する。
風圧だけでそれは人を退けるだけの威力を放ち直撃すれば身体が吹っ飛ぶだろう。
それを何とか受け止め、姿勢を低くし居合を放つ。
それさえも、彼は魔法を変形させ防御をする。
さらにそこから発展させ、攻撃につなげてくる。
身体に衝撃を受けたと気付いた時には距離を取らされていた。
「紗奈、大丈夫か」
距離を取った先で、紗奈に聞く。
血は流しているが、命に別状はないだろう。
だが、心配なものは心配だ。
「うん。でも、どうするの?」
「……俺に一つ考えがある」
「わかった」
「良いのか?」
「うん。伊織君が言うなら」
これで行けるか分からんが。
まあ、やるしかない。
だがそれには時間稼ぎが必要だ。
「津田伊織はどうした?」
如月涼月は言った。
だが、それに答えず紗奈は動いた。
如月涼月は、宙に水魔法を浮かせ、先ほどの攻撃を開始する。
ビームのような水魔法を乱射し、それをさらに反射する。
紗奈の四方八方を囲むようにそれは迫る。
だが。
「──《月鏡》」
その言葉を呟くと彼女の周りに鏡のようなものが無数に現れ反射する。
そして、それに不意を突くようにして、蒼介は魔法を繰り出した。
宙に無数に氷の槍を浮かべそれを飛ばす。
更に、水魔法の制御を奪おうと画策する。
「腐っても、幹部か」
如月涼月はそう言うも決定打にはならない。
だが、俺も見とれているわけにもいかない。
一つだけ、俺には策があった。
それは『共喰い』。
これを利用したパワーアップだった。
俺も守葬化してもいいが、二人を巻き込んでは意味がない。
これを思いついたのは恐らく三体の喰魔の消滅方法が『共喰い』だったことに関係している。
会議では、神しか出来ないとか言ってたからってっきり出来ないと思っていたがそうではないようだし。
記憶の敬称の際に魔石は獲得しているため準備は出来ている。
あとは、これに魔力を込めるだけだ。
思い出すのは、初めて魔法を習得した時だ。
今回は、ただの魔力ではなく喰魔のエネルギーである喰魔力ではあるが理論は同じだ。
体内に感じたそれを魔石に流し込む。
「──『共喰い』」
白い空間だった。
よく転生する前はこんな感じの部屋で網様とかに対面する。
案の定俺も人の形をした何かを見た。
「話すのは初めてだな、津田伊織」
高い声だ。
女の声。
目の前にいるのは金髪の幼女だ。
特段意外と言うわけでもない。
だが、なんだ?
全く相容れない存在。
だが、それでも何か近しいと感じた。
「挨拶はなしか?」
「え、ああ。初めまして」
「いや、初めましてではない。私とお前は良く知ったなかだろ」
赤色の目をした幼女はそう言った。
いや、分かってはいた。
この感覚は……
「喰魔『炎』か」
「そうだ。ずっと会話をしてみたいと思っていたのだが、随分と時間がかかってしまったな。私のことは気軽にエンと呼んでくれ」
「えっと、エンさん」
「エンで良い。敬語もいらない」
「じゃあ、エン。この空間はなんだ?」
よくある精神世界とかそんな感じだろうか?
ここで、エンと心を通わせてパワーアップとか。
「ああ、大体思った通りだ」
「心読めるの?定番だな」
「いや、読めん。大体だ。あとそこに座れ」
「え、うん」
腰を下ろして話そう的なことだろうか。
「よし」
「なんで、俺の膝にすわる」
「いいから」
「いや、全裸の幼女はまずいだろ」
「気にするな」
とりあえずと、彼女は口を開いた。
「少し話をしようか」
彼女と話したのは今までのことだった。
なんか反抗期の娘の話とか。
あと、妻の話とか。
お前も女じゃんと思ったが、喰魔に性別はないと言う事らしい。
そして、俺のこととか。
紗奈のことは大事にしろよとか。
まあ、そんな感じで。
「目覚めたわけだが」
案の定時間の経過はない。
ならば好都合。
「またせたな如月涼月」
「『共喰い』か。いいだろう。存在を重ね、更に高みへ至ったか。最高だ」
「行くぞ」
紗奈と蒼介は奴を拘束するために動いた。
奴の攻撃を紗奈が受け流し、蒼介が拘束する。
そこに俺が地面を蹴り、攻撃を開始する。
「葬化とどこまで張り合うか」
「魔法『炎』」
俺の中から闇が消えたわけではない。
だが、これは『共喰い』によって、さらに彼女との対話にによって扱うことが出来るようになったもの。
純粋な、喰魔の炎。
それを刀に纏い攻撃をする。
攻撃を受けようとする如月涼月の動きを二人が阻害する。
刀は彼の魔法を穿ち肉を絶つ。
効いている。
それだけ分かれば十分だ。
「一気に攻める」
地面を蹴り更に踏み込む。
彼に懐に飛び込まんと、刀を構えたところで、攻撃が来る。
地面からの攻撃。
視覚外からの攻撃、だが、後ろに避けることで回避する。
「ああ、良いな。これで、念願が叶う」
彼は蒼介の技を真似るかのように、宙に水の槍を出現させる。
ドリルの様に回転させ、更に圧縮させる。
無数の、槍を受け流し、前へと進んでいく。
途中、刀が耐えきれず砕けるが、俺が持つのは四本。
腰から抜き放ち次の攻撃を打ち落とす。
更にビームのような攻撃が打たれるが、紗奈に助けられる。
もっと前へ。
魔法の強化により速度を上げる。
再び、懐に飛び込んで刀を振るう。
如月涼月に防がれるのは分かっている。
だが、此処にいるのは俺だけではない。
「蒼介!」
「わかってるよ」
氷による鎖の高速、それはわずかにだが、彼の耐性を崩す。
だが、それでも剣は防がれる。
でも、それは押し切れば関係がない。
「これで終わりだ。──紫炎」
「力比べと行こうか。──水刃」
魔力の衝突。
組織間における抑止力となるほどの力の衝突。
だが、それでも葬化した如月涼月のほうが力がある。
単純力比べ。
それを俺は覆す。
「『喰昇華』・闇炎捲紫ッ!!」
エンとの接触によって得た力。
それは、力の差を覆し、押し切る。
刀が傾き、彼の肩口にその刃を切りつける。
そして、そのまま降り下げた。
斜めに入ったアヤザミカミは命を奪った。
その時、戦いの終わりを告げるように一片の白い羽が空を舞った。




