188話 本物の『黒』
光の柱、つまり『神柱』と呼ばれるそれが落ちて少し、俺はモンスターを倒しながら進んでいた。
本来ならば、見つけたら倒す程度にしようと思っていたのだが、結局のところ思ったより避難民が襲われていたのでそこら一帯を一掃するくらいの気持ちで力を入れてしまった。
喰魔のもとに向かうべきかとも思ったが、相性云々と言うだけであそこにいるのはネストの幹部とひよくしゃとか言う人たちだ、まあ、大丈夫だろと判断した。
別に、少し遅れるだけで向かわないわけじゃないし。紗奈も詩も蒼介もいるし。
「つっても、さっきのは何だったんだ?」
俺は遠方を眺めるようにして敬礼のようなポーズをとる。
着地した建造物の高さがあまりないせいか障害物に邪魔されて見えないが確かにあそこだった。
と言うのも、先刻今俺が見ている方角で大規模な魔力の動きが見て取れた。
恐らく残された『水』の喰魔が出現したのもあるのだろうが、それから少し経ってそれが霞んでしまうほどの何かが起きた。
一瞬からすかと思ったが、作戦を考えれば違うだろうし、正体は分からないが、とにもかくにも今の俺ですら出せない火力であるため気になったのだ。
恐らく今の俺なら幹部と同等かそれ以上の火力は出せるため幹部以上の何かがいる。
ただ、考えても仕方がないか、とにかく向かってみるしか──
「あ?」
なんだ?この感覚は。
魔力とか、そんなこと以前に、俺の中の喰魔としての部分が反応している。
そして、次の瞬間にはわかってしまった。
「七人目の喰魔石所有者」
『共喰い』
それは、別次元から出現した喰魔を対処する最も効率的な方法。
喰魔石の「喰う」という特性を活かしたものだ。
喰魔所有者である津田伊織は、自身の『炎』の喰魔石と闇の魔石を使い一方的に食わせていたが、それを喰魔石同士で行わせる。
喰魔が喰らい、喰らわれた喰魔がもう片方の喰魔を喰らう。
永遠にそれを繰り返させることで『共喰い』成立する。
そして、条件としては同一存在の喰魔石であること。
『炎』は『炎』、『風』は『風』でなければならない。
そうでなければ成立はしない。
そして同時に同一存在であるからこそ、対象の身体から引き離して吸収できる。
「それで、今目の前にいるのは『灼』と『風』なわけだが……」
芥生は目の前の状況を見て呟く。
先ほど言った通り、必要なのは対応する喰魔所持者、『灼』である色葉葉月は現着しているのだが、もう一人『風』がいない。
「つーか、誰なんだよ」
勿論、名前は聞いているが元々極秘情報であったために情報が少ない。
本来であれば、数年前【Nest】が徹底調査したこともあってかそこらの術師よりもあるはずなのだが、それでも作戦終了時に何者かに消されたのか多くは分からなかった。
いや、性格好みなどは分かったのだが、一番必要であるはずの写真がないのだ。
とは言え、本人はここに向かうはずだと説明されたため、自己紹介をしない様な人間でなければ大丈夫なはずだが。
なんて考えていると、上空から何かが聞こえる。
「───!」
「ん?」
思わず空を見れば浴衣を着た少女が……
「あの~!遅れました!如月フヅキです!」
少女はそう言って着地した。
「え?は?」
「あれ?関係者の人じゃありませんでした?」
フヅキは状況が飲み込めないのか固まる芥生に首を傾げる。
芥生はと言うと自身にあらかじめあったイメージ像との乖離に戸惑っていた。
確か、彼女はとうに二十は超えているはずだ。
いや、そう言えば封印中は年を取らないんだったか。
流石に、大きな組織である【Nest】は作戦の不備が出ないようにそれくらい教えているが、余計なことを作戦中内における特別権限を使い調べた情報があだになったか。
いや、それよりも。
「俺は芥生連です。もしかして、魔法で飛んで来たんですか?」
「?ええ、そうですよ」
「マジか」
いくら魔法があっても長距離の飛行はそうそう出来る事ではない。
彼女が封印されていたところからは大分あるし、魔力が持つのは凄いのだが。
それ以上にひとえにそれを飛ぶと言っても高速で飛べば、自身を空中にある様々なものから守らなければならない。
仮に、身体強化をしていれば別だが、いや、したとしても恐らく四級程度の強化では耐えるのは難しい。
それを、魔法の制御だけでなすと言うのは、と言うか、発現してからの時間で言えば封印されていた間をぬけば三日もないだろう。
取得したのはいつかはしらないが、魔法の使用歴となればそれくらいだろうし、今言った空を飛ぶと言う行為を行うための技術などを考えれば彼女は天才と言うしかなかった。
「……取りあえず。準備が整ったと言う事で、早速ですがいいですか」
「構いませんよ。ともぐいとかいう奴ですね」
「……ええ」
彼女の答えには少し不安もあったが、成した所業を見れば納得せざる得なかった。
芥生たちが、遅れた理由にも関係してくるのだが、そもそも『共喰い』をしようと言っても、そう簡単に出来る事でもない。
そもそも、隙を作るのは大前提として、すべてが順調に言ってもコツをつかむまでは上手くいかないのだ。
芥生たちは捕縛した、喰魔にたいして何度も試すことが出来たが彼女はそうではない、となれば、成功率はさほどなかった。
だが、彼女なら出来ると芥生は見ていた。
色葉葉月に関してはシミュレートをしているため問題はないが、如月フヅキはそれがない。
だが、先ほどの飛行を成した絶対的センスと、さらに喰魔に充てられているのにも関わらず守葬化させずにいられると言う事を考えれば一発で行けるだろうと思えた。
そして、色葉葉月と如月フヅキが喰魔に接触できるように彼らは動いた。
やることは先ほどとさして変わらない。
幹部、及び【非翼者】たちが攻撃を仕掛ける。
そして、『共喰い』によって大幅にパワーアップした喰魔所持者が攻撃を入れてひるませる。
最後に色葉葉月、如月フヅキ両名が喰魔に触れて『共喰い』を発動すれば終わりだ。
「行くぞ!」
【黒帯】が声を上げ、反魔力で攻撃をしたのが合図となり、全員が地面を蹴った。
「すべてが如月涼月の手のひらの上、お前が、聡いはずの昼神タケルが我が【巣】に歯向かった時点でおかしな話だった。確かに、お前は【巣】が憎かっただろう。だが、それを正すためのものが今のこれか?」
ビルから見下ろすのはこの街の惨状、【Nest】の術師のおかげか、建造物への被害は少なく見えるが、モンスターが空を飛び地を徘徊していた。
「やり方はあっただろう。お前ならわかったはずだ。なぜ、幹部【鳰】に執着しておいて、最終目標が【巣】の破滅なんだ?何故無謀にも【巣】に歯向かった?おかしいだろう。自身の悪事を父親に見られたくないばかりに記憶を消したお前程度の小物が、何故ここまでのことをした?」
タケルは黙ったままだ。
【鴉】は退屈そうに喰魔がいた方角を見ると呟いた。
「これで、喰魔の気配はすべて消えた。『共喰い』は成功したみたいだ」
ふいにタケルが呟いた。
「俺は自分の意思で……いや、そうでなかったとしても、かなめのために立ち上がったのは嘘じゃない」
空間がゆがむ。
握られた拳が音を立てると、空間が曲がった。
「ほう?神の力……その一端か。だが、鬼神の欠片程度退けることが出来ても私には程遠いぞ」
【鶯】に下がっていろと合図をすると、【鴉】は構えすら取らずにタケルを見た。
「一撃で殺す」
そう言い切った瞬間には【鴉】の懐に潜りこんでいた。
いつの間にか握られた刀が【鴉】に迫る。
だが、それは容易く止められ弾かれる。
「時間の属性。だが、それも欠陥品、攻撃時には解除が必須」
「かんけーねーよ」
タケルは次々に攻撃を繰り出す。
一瞬横に身体がぶれると、合わせ鏡の様に【鴉】を囲む四人のタケルが現れる。
そして、同時に振り下ろされる刀にはすべて実態がある。
それは、四方向からの同時攻撃である。
【鴉】はよけようとして、足が接着されたような感覚に陥る。
「空間の固定か」
だが、諦めたのかその場にとどまった。
そして、刀は彼女の身体を頭から股の下まで切り裂いた。
いや、通過した。
「くッ!?」
タケルは驚き飛びのく。
「何をした?」
「ん?ああ、二つ前の身体からは使ってないから、知らないのか」
首を傾げ、得心のいったような顔をすると口を開いた。
「なら見せてやろう。昼神タケル。私の魔法、『黒』を」




