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183話 サークルとかアイドルとか


 イイツは刀を抜く。

 刀身は銀色に輝く変哲のないそんな刀だが、しかし、それは特別製であった。


「どう見ても、ダンジョン産でもないし魔力もそこまで籠ってない。でも、特別製だよね」


 イイツはその言葉には答えることなく構える。


「無視か。でも、戦闘においては正解だ」


 卦都も納得し、理解した瞬間イイツは姿を消す。

 いや、消したわけではない。高速で移動したのだ。

 イイツは幹部や【非翼者】のような身体的スピードはない。

 しかし、一瞬だけそれらに匹敵する速度を出す。


 使用するのはスキルだ。

『縮地』と呼ばれるそれだが、しかし、特に珍しい類のものではない。

 ただ、そのスキルを使いこなすものは少ない。

 いや、正確言えば使い勝手が悪いのだ。


 そもそもの話、索敵スキル以外のスキルが使われることは多くない。

 戦闘系のスキルは基本的に、取得するにあたってはほぼ再現できる状態であるためだ。

 行動がスキルに直結するこのシステムである限り、取得者本人が全く再現性がないわけではない。

 そのため、多くの者が、瞬時に対応するため自前の戦闘スキルを使用することが多い。


 そして、『縮地』においてのそれは、クールタイムなどもあるのだが、やはり一番はその使用条件の限られるところにある。

 そもそも、身体能力が人並み外れたという言葉では効かないほどに高い彼らは滞空時間が長い。

 しかし、このスキルはその滞空戦では使用ができない。

 スキル発動条件は地に足がついた状態での使用だ。正直なところ使用できなくもないのだが、空襲では空ぶるだけだ。


 そんな、局地的な場所でしか使えないスキルであるが、今がその本領の発揮し時であった。


 一瞬、いや、もっと速いうちに懐にもぐりこむ。

 狙うのは卦都だ。

 これ見よがしに見せた刀とは別の物をアイテムから取り出し、振るう。

 幹部も上回るほどのスピードで接近したが、相手も相当な実力者。

 弱体化していたとはいえ【鶯】の攻撃を難なく防げるほどの力を持つ。


 取り出したのは、一見先ほどと同じ刀。

 しかし、数センチほど刃が長いほんの少しの変化。

 子供だましにもならない攻撃。しかし、それは虚を突く。


「くッ!?」


 すんでで卦都は仰け反り躱す。

 ただ、此処では終わらない。

 刀を持つのは片手、ならもう片手が開いている。


 先ほどの刀だ。

 だがそれは、刀の強みを最大限に活かした代物。

 鏡のように、反射するその刃は風景と同化する。

 見えない刀。

 見えない斬撃。


 それは、命を刈り取らんと卦都に迫る。

 更に、イイツは魔力を込めることなくそれを放つ。

 その効果は、魔力を乗せず、攻撃力が大幅に落ちる代わりに、魔力感知には引っ掛からないという強みを生み出す。

 そのため、更にほんの少しだけ、反応が遅れる。


 一撃目を回避し、体制を崩した今、これを避けるのは難しい。

 だが──


「俺を忘れてもらっては困る」


 しかし、すでに二人目も反応している。

 一瞬のうちに上昇する気温に、踏みとどまり身を傾ける。

 次の瞬間、熱戦がビームのようにして身体を掠める。


「ッ──!」


 このままでは、更に攻撃をくらうと判断して後ろに回避する。

 勢いよく地面を蹴ったことによる慣性によって、足の裏を地面にこすりつけて勢いをなくす。


「驚いた。能力が割れていたとはいえこんな戦法を取るとは」


 言葉とは裏腹に特に表情を変えることなく卦都は話す。


「やっぱ情報が洩れてるのは痛い。魔力を散らされるのを想定して魔力をなくされると感知もしにくい」


 でも、と彼は言う。


「別に身体強化の類と引き換えにした術でもないし、致命的な攻撃はその戦法では不可能だ。つまり、君たちは俺たちに勝つことはできない」

「───」

「別に嘘を言ってるわけじゃない。あれは別に魔法でも何でもない単なる魔力操作、そもそもの話デメリット何て発生しない。倒し方で言えばそれは不正解だ」


 卦都は親切にそう言った。

 理由はただ、油断でもなく、本当にイイツでは倒すことができないということであった。








「いやいやいやいや、素晴らしい!!」


 二体の喰魔が魔力を拭き荒らす中、一人の男がそれを眺めるようにしてビルの屋上に立っていた。

 普段は胡散臭い目をしている彼──相間彰晃だが、いまこの場所に限ってはそうではなかった。

 彼は、白い樹木の龍と風を纏うローブの人形を見る。

 それを見る彼の顔は、心底嬉しそうに歪んでいた。


「それにしても、如月さんは惜しいことをしましたね」


 ふと、思い出したように彼は言う。

 惜しい、と言うのはこの場に彼がいない事である。

 彼と言うのは如月涼月のことであるが彼は喰魔の研究をしている者である。

 その熱意はすさまじく、数年前に自身の娘に喰魔石を取り込ませたほどである。


 そんな、彼とは、同じく喰魔に興味を示す相間は勝手ながら親近感を覚えていた。

 しかし、そんな彼がやることがあると言い、誘いを断ったので一人でここに来ていたのだった。


 喰魔を一目見るために【Nest】に所属し、更に共鳴させて守葬化までさせた彼の思考は最も如月涼月に似ていると言えるが、そんな彼でも今回の行動には疑問を覚えた。


「まあ、しかし、そんなことは気にならないほどに素晴らしい光景ですね。本来、彼ら喰魔が毛嫌いするモンスターを自らの身体に取り込み制御の利かない姿はなんとも!!」


 興奮気味に彼は捲し立てる。

 津田伊織が倒したとされる喰魔──アデゥシロイは封印中に自我を取り戻したような兆候があったが、それ以外の喰魔は例外なく暴走状態にある。

 彼はどこから手に入れたのか、その情報を知っていた。

 封印時は物理的時間は流れないために、一番最後に封印されたアデゥシロイを除く喰魔は正気に戻るための時間が取れていなかった。

 もし、アデゥシロイと同じように十か月ほど時間があれば別かも知れないが他は違った。

 そのため、理性を取り戻していないのだと彼らは考えていた。


「しかし、しかし、二体の相手は難しいでしょうか?」


 それは、現状をまじかで見たからこその発言であった。

【Nest】の精鋭たちが攻撃を開始してからしばらく経つが、決定的なダメ―ジを喰魔に与えることが出来ていない。

 一番多くのダメージを出しているのは、【非翼者】でありながら幹部をも凌駕する津田詩だが、それでも足りない。

 続いて、月宮紗奈、日高蒼介の順に攻撃が入っている。

 日高蒼介は、冷気を散布したりなどの、喰魔の気温上昇による対応や、その他の調整をしているせいもあるが、もし、それを取っ払っても月宮紗奈にわずかに届かない程度の攻撃力しか出すことはない。

 これは、彼らが弱いのではなく、喰魔が強すぎるのだ。恐らく喰魔自身も自害するほどの制御は出来ずとも何とか力を出し過ぎないようにはしているだろうが、それでもたかが知れている。

 そして、これは推測だが、恐らく津田伊織が間に合ったとして、『灼』に対する強力な耐性を持つだろうが、火力面においては津田詩と同等かそれより下程度。正確な結果ではなく『七祭』時のデータからの算出のため誤差はあるだろうがそれでも難しいであろう。それでも、彼を作戦の要に置くのだ、何か策があったとみる出来だが。

 これに対抗できるのは恐らく【鴉】くらいか。しかし、それでも彼女自身が実際に戦わずに被害を恐れる程度には苦戦を要すものだ。


 そんな考えに耽っていると、何やら音が聞こえてくる。

 足音だ。

 後方から聞こえてくるそれは一つ。

 背中を取っているのに、その利を自ら潰すとはいかに愚かか。


「どちら様ですか?」


 まあ、だがしかし、恐らく相手は会話をしようとでも思ったのだろう。

 それなら、挨拶ぐらいはしても良いか。

 そう思い、振り向く。


「どちら様って言われてもな……まあ、今は521番って呼ばれてる」


 そう呟く男は頭を掻きながら思案顔をする。

 見すぼらしいスエットのような服をだらしなく着込んだ彼はそう答えた。


「ハハッ流石の【Nest】もこの異常事態に血迷いましたか?」


 相間は少し目を見開いて驚いた後、口調が崩れないように意識して問いかける。

 男をよく観察すれば、やはり小汚く、しかし、それはどう見ても落ちぶれただけの男には見えない。

 警戒をして、身を引きしみながら言葉を続ける。


「その味気ない服に番号、そしてその『特別外出許可証』、まさかあの【蛇壺】から外出許可が下りることがあるとは」


 521番と名乗った男にこれ見よがしに着けられた腕章、【Nest】の術師がつける白地に緑で【Nest】と書かれたものとは違い、男のつけるそれは黒で無理潰された中に赤字で文字が綴られ、さらに『特別外出許可証』の文字と『特定収容人物』の文字がある。

 それが示すところは、あの【Nest】での危険人物や違反者などが収容される【蛇壺】の囚人と言うことだ。


「ああ、俺もまさか、この腕章が使われるとは思ってなかったぜ。そもそも、そんな制度が本当にあるのか疑ってたくらいだ」


 男は同感と言うように、その巨躯を動かして同意する。


「だから、そんな今までになかったようなことされるとさ、“特定人物を排除したものは釈放”なんていう眉唾物の餌もあるんじゃないかって思っちまうんだわ」

「確かに今までの、【Nest】でなら嘘だと断言できるほどですね」

「だろ?だからよ、悪いけど、死んでくれやァ!!」


 男はその言葉を言い切る前に足を進める。

 ただ、気にした様子もなく、相間は話す。


「そもそも、私が戦闘が出来るように見えます?」


 その瞬間、相間から見える位置──521番の後ろから四人の人影が見える。

 そして、その影は武器を四方から叩きつける。

 521番が動きを止めたのを見て続ける。


「無論、戦闘何てできません。まあ、【Nest】で言う三級相当の相手くらいなら余裕でありますが、それでもここに来るには少々頼りません。ので、まあ、当たり前なんですが護衛と言うかなんというか、そういう方たちが控えてますよって話です」


 動きを止め、うつむく彼が聞いているのかははっきりしないが、礼儀として教えておく。

 ただ、しっかり聞いていたようでそれに対する返答が返ってくる。


「んなの、俺ですら想像つくわ。それより、目の前のおもちゃに興奮しすぎて考えが足りないんじゃねーか?」

「え?」

「……おいおいマジかよ」


 本当に目の前に夢中になってこんな簡単なことも分からないとは。


「俺たちが手柄を立てれば、釈放の可能性があるってのはさっき言ったが、そうなると俺たちがどう動くかくらいわかるだろ?」

「手柄を独り占めするために抜け駆けですか。仲間殺しは最悪釈放を取り消される可能性があるからしない。となると一人行動……」

「もうわかるだろ?んな簡単なこと御上が分からないはずがねェ。なら、その為に用意される人員は一人でも相手をボコせる奴になるわけだが……」

「ああ、詰みましたね」


 男が言い切り相間が納得したのを、護衛が認識した時、521番はすでに動いていた。

 彼らでは傷も与えられない。そう察することもないままに頭を掴まれ地面に叩きつけられ、残りは仲間同士で頭突きをさせられる。

 少量の血しぶきと嫌な音が鳴り、絶命する。頭蓋の破壊ではなく首の骨が折れたことによる死であった。


「こいつら程度じゃ話にならんってことだな。魔法すら必要ねぇ」

「そうですね」


 死ぬ直前にしては落ち着きのある相間を見て、首をかしげるが、奥にいる喰魔を見て納得する。

 つまり、こいつは大好きなおもちゃの近くで寝れてある意味本能ってわけだ。


「まあ、でも、可哀そうなお前に一つ教えてやるよ」

「?いいんですか?逃げたら重大な損失を生みますよ?」

「いや、無理だろ」

「まあ、そうですね」

「それに、ばれたところで困るような情報持ってねーよ」


 男はそういう。

 まあ、よく考えればそうだ。


「さっきお前は【蛇壺】からは絶対誰も出れないと言ってたが、実のところそーでもねー。まあ、釈放は今までもないがな」

「そうなんですか?随分と賞品に執着してるように見えましたが?それに、外出許可証使われたことないんでしょう?」

「まあな。出れたっても後にも先にも一人だからな」

「それは」

「知ってる奴はそういねーから【Nest】幹部でも知らん奴はいるが、外出許可が下りてる奴が一人いたんだよ。数年前に入った奴がな」


 やはり聞いたことはないと言うが、それも仕方のない様だ。

 幹部も知らないと言うなら、重要な情報でなくとも、あまり話すべきではない様な気もするが。


「あんときは高校生だったか。今は妻と子供と外で暮らしてんだとよ。でも、時々世話してくれた恩があるとか言って面会にくるんだよ」

 

 本来そんなシステムなんかないのになと男は笑う。


「で、そいつは、捕まったことになった上で普通に一軒家買って暮らしてんだとよ」


 その言葉から考えるには、一時的な釈放でない為、腕章はつけていないと言うことだろうか。

 まあ、しかし、そんな考えも意味がないか、と相間は考える。


「じゃ、そろそろ良いか?」

「喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔喰魔──」

「いや、こえーよ」


 相間は最後の時喰魔で頭を一杯にしようと、不気味に高速詠唱しだした。

 男は、ため息をついて、頭蓋を握りつぶした。


 嫌な音が、響いた。


 反【Nest】組織─【弧】幹部相間彰晃──死亡。

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