182話 クランとかギルドとか宗教とか
【弧】の今作戦における目的は【鴉】の排除だが、それを行うにあたって構成員に出された内容は「とにかく暴れろ」である。
いや、正確なところ、上位の構成員にはもっとまともな指示が出されていたが、組織として不十分な今の状況では大多数がこれに従って動いていた。
組織としての不十分さで言えば、【Nest】も十分アンバランスな組織ではあるのだが、【弧】はそれ以上だった。
其れには理由がある。簡単には、武力を優先したということだ。
武力──つまり、魔法適正や戦闘センス、単純な運動神経などを優先したのは、当初からの方針である。
組織の増強に一番手っ取り早いのが、この方法だった。少なくとも当時の状況や昼神タケルの考えた最善ではあるが。
まあ、とにもかくにも、武力を優先したばかりに、知能、知識面共にとても良い者たちが集まっているとはいえなかった。
単純に頭が足りないものもいたが、それよりも、引き込みやすい人間を優先したことが影響してか、知識、教養までと言わないまでも一般常識が掛けているものが多かった。
頭がどんなに良くてもたかが知れている。それこそ、まともな教育を受けていなくても、独学で常識を身に着けることが出来るような人間でもなければ無理だろう。
作戦を伝えるにしても常識は必要だ。
普通が分からなければ、本当に言われたことしかできない。いや、それすらも……
人間が自覚できる最小単位の絶対ルールである常識を持ち合わせなければ、簡単なこともできない。
だから、ただ一言。
長々とどうせ多くは理解して聞けないことをわかりながらも話をして、最後に一言言ったのだ。
「とにかく暴れろ」
そして、その暴れると言う至極単純で簡単な命令に従い、男たちは街で暴れていた。
建物を壊して、逃げ遅れた人間を欲望のままに殴り犯す。
【Nest】の手際が良かったのか、犯すと言っても相当に数が少ないが。
しかし、彼らは特に気にせず、死体にも手を出していたので少しの不満しかないようだが。
いや、そもそも、そんな行為をするのは、いくら狂ったこの集団にいてもごく少数、本当に何かが足りてないものだけではあるのだが。
そもそも、普段から略奪しているような人間など、この治安の良い国には基本存在しない。
それは、魔法と言う絶対的な力を手に入れてもだ。そして、それはこの【弧】においても同じだ。
洗脳されてようとも本人たちにとっては正常。
そんな彼らは、そこまでひどい倫理観は持ち合わせていなかった。
まあ、でも、普段あまりする機会のない器物破損等の行為は快感でも得られるのか、多くの物は危機として行っていた。
あまりに簡単に建物を壊せる。
まるでゲームのごときである。
いや、破壊不能オブジェクトなどない現実の方が、楽しいのだろうか。
「カハハッ!」
つい口が歪み、笑みがこぼれる。
そしてそれは伝染するようにして、広がっていった。
世紀末と身がまうほどの光景、それがここには再現されていた。
ただ、当人たちは楽しくとも他はそうとも限らない。
どんなに素晴らしい演奏をしても、興味がなければ雑音なのと同じで、いや、それ以下ではあるのだが。
しかし、まあ、とにかく、鬱陶しかったのだろう。
「るっせーなぁ!」
一人の男が声を上げた。
いや、二人か。
「お前ら!イイツちゃんの声が聞えねーだろう―ガ!!!」
声を上げたのは、【Nest】所属のヤチ、そしてギオだ。
筋骨隆々、いかにも危なそうな見た目をしている二人はガンをつけるようにして、今も暴れ続ける男たちを見た。
男と言っても、三分の一ほどは女性で構成されているこの集団は、流石に気にしたのか動きを止める。
しかし、反省してやめようなんて考えなど持ち合わせていない。ただ、不快感を感じて、その元凶を睨んだに過ぎなかった。
ただ、二人は気にしない。
そもそも、話し合えるなどとは思っていない。
だから、淡々という。
「お前らよく聞けぇ!!」
「ここにおわすは我らが大将!!」
「凄ーい美人で」
「凄ーい強い」
「「その名もイイツちゃんだ!!」」
「そして俺たちはイイツちゃん親衛隊!!」
「俺たちが居る限り──」
「うるせー!!」
勢いよく口上を垂れていた二人だが、痺れを切らしたのか、それとも戦いにそんな情けはいらないと考えたのか、一人の男が構わず大声で遮る。
手に持つのは大斧。恐らくダンジョンせいだろうそれなりの等級のそれを振り回す。
しかし、一方遮られたヤチとギオだが、途中で切られたことに怒りこそしても、余裕の表情は崩さない。
その理由は、前に出た二人の後ろに立つ、同じく【Nest】所属イイツ──と、言いたいところだが、それに加えて百人規模の屈強な男たち。
つまり、イイツちゃん親衛隊だ。もっとも、正式名称は第031部隊ではあるのだが、その名称は【Nest】内でも知られるほどに定着していた。
親衛隊と言うのだから、先ほどの二人だけなわけがなかった。
「悪いことはダメです!」
そして、ヤチとグヤを除いて先頭に立つイイツがそう宣言する。
次の瞬間、怒号のような野太い声が地面を揺らす。
正真正銘、イイツちゃん親衛隊のメンバーたちの声である。
「テメーら、イイツちゃんを泣かせるなぁ!!」
「俺がいまこいつらをボコすからね、イイツちゃん!!」
「あ、イイツちゃん、喉乾いてない?お茶いる?」
「ごめん。それ俺飲んじゃった。代わりに俺の飲んでよ」
「おっと悪い。それ俺が容器ごと喰っちまった。代わりに俺──ぐはッ!?おい誰だ殴った奴!?」
「すまん、ついな。お前が容器喰っちまったって聞いたから、吐き出させようかと」
「あ?誰がそんなことしろって言った?」
「言われてねーよ善意だっての!」
隊員たちは一斉に飛び出し、大斧を振り回す男に跳び膝蹴りをくらわす。
更に続けるようにして飛び出す、構成員と応戦していく。
構成員はかなりの数がいるため、数的有利ではないのだが、それでも練度が違う。
力が強い奴と、それなりの力でもその力を上手く使えるものでは、力が拮抗していた場合においては後者の方に軍配が上がる。
時々味方同士での怪我などあるが、この舞台はそれなりに成果を出せるものとして完成していた。
「オラよォ!!」
「ぐッ!?」
構成員の攻撃を受け止め、その場に拘束して、親衛隊員は拳を振るう。
時間が経つにつれて、明らかに親衛隊が優勢になっていた。
しかし。
「吹っ飛べ──ぇう!?」
「かはッ!?」
次の瞬間唐突に衝撃が親衛隊員を襲う。
そして、少しおいて、それが熱波であることに気付く。
強い風に押し流されて腕を地面につく。
「アッツ!」
「クッソ焼けてやがる」
「……大丈夫イイツちゃん?」
「私は大丈夫ですけど皆さんは?」
「俺たちは……平気だ」
男たちが、自身の火傷を抑えるようにして立ち上がろうと腕をつく。
そんな彼らを見下ろすようにして、二人の男が現れた。
そして、片方の男は【弧】の構成員に向かって話始めた。
「おい、お前たち。ここはいいさっさと他のところに行け」
「で、でもこいつらはどうすんですか?」
「だから、俺が受け持つと言っている!」
察しの悪い回答に男は声を荒げる。
「ホウ、それは言ってなくね?」
しかし、フォローのつもりかもう片方の男が声をかける。
この組織の成り立ち上、こんなことは多くあると、そう思いの発言だった。
いちいち腹を立てていたら余計に面倒くさい。と言うか、察しが悪い奴より、いちいち怒る奴の方が面倒くさい。
「とにかく、此処は任せてお前たちは行け!」
兎にも角にもその言葉に促されて、構成員の多くは散らばっていった。
そして、親衛隊の面々もそれを追いかける。今回の作戦状況を考えれば深追いと言われようが追いかけるしかない。
しかし、全員が追いかけるわけではない。今もヤチやグヤを含めた何人かはイイツを守るようにして立っていた。
一方、イイツは男の顔を見て、その正体に思い至る。
「もしかして、右形鳳さんと田梅卦都さんですか?」
そして、場違いなほど透き通った声でそう訊いた。
端島を襲ったメンバーはもう割れていて、恐らく神経質そうな方が右形鳳で彼より少し年下と思われる彼が田梅卦都だろう。
だろうと言うのは、数年たって様相が若干変わっていることに対しての評価だ。
「あれーバレてんじゃん?」
「お前が言わなければ確定はしなかったがな」
「いや、それはないでしょ。お前能力使ってんだからバレてるって」
何でもなさそうに卦都は言って、それから何か思いついたように口を開いた。
「でも、こっちもいろいろ知ってるからね。例えばそこの人【Nest】のイイツでしょ」
「え?」
どうして、とばかりにイイツは表情を変えて、それを見かねた親衛隊の面々は口を挟む。
「イイツちゃん。さっき俺たちが大声で言ったからバレてるのは当たり前だよ」
「でも、【Nest】ってことも」
「今現在、このエリアは【Nest】しか原則入れない。それに隊を率いていることに加えてこの腕章をつけてるからバレるよ」
そうか、と納得するイイツは自分たちがつけている腕章を見る。
それは、避難活動をするにあたって分かりやすいようにつけろと上から言われているもので【Nest】と分かりやすく書いている。
普段は、つける者が少ないそれでも、今は必ずつけなければいけない。
ちなみに、腕章である理由は、戦闘方法によって、隊服のようなものは運用が難しくなるためである。
まあ、それは名目で、本当のところ幹部会議でごねた人たちが多かったことが理由である。
ちなみに、その幹部たちは、ごねたごねないを関係なしに腕章をつけていなかった。
今回に限っては隠密のため仕方ないとも言えたが、約数名はつけたくなくてつけていない。
「なんかいいね。士気とか上がりそうだな。うちは固いからな~」
面白く反応してくれたイイツに対して卦都はそういう。
ほぼ本音である。
「敵と話すのはやめろ、卦都。【Nest】は滅ぼすべき存在だ」
「はいはい」
注意に対して適当に返事をする。
そして、それを伺っていたヤチは、此処だと思い攻撃を開始した。
いや、ヤチだけではない、ギオもだ。
「「接敵中に悠長に話してんじゃねぇーよ!!」」
二人の声が重なり、その瞬間には相手の懐にもぐりこむ。
隙をついたおかげか熱波は受けていない。
魔力を練り攻撃につなげる。
「いや、その言葉をそのまま返したうえで、こっちにも警戒しないと」
瞬間、卦都の声。
そして、練った魔力が散り、蹴り上げられる。
先に熱波の原因を排除しようと思っためか、反応が遅れる。
もろに喰らい後方に吹っ飛ばされる。
「「ぐぁ!?」」
二人は足に力を入れて何とか、勢いを殺す。
「間に合いにくいタイミングとは言え、あそこで声出すのはどうなの?」
呆れたように卦都がいう。
「「くっそぉ」」
その言葉に、二人は歯噛みするが──
「私が行きます」
それを遮るようにしてイイツが一歩踏み出した。




