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181話 ドアノック拳法の教え 第九訓 一番大切なのは気持ち

ちょうど1話を投稿してから一年です


 冷たいコンクリートに身体を預ける。

 固く橇のないまっすぐに伸びる壁は背もたれには適さない。


 内装もなく、工具とブルーシートだけが放置された建物で蒼介は息を吐く。


「【鸛】ともあろうものが緊張か?」


 そう軽口を叩くのは通信の向こうにいる【鉛檻】だ。

 煽るような口調だが、どうせ緊張を解かせようとしているに違いない。

【非翼者】の一人である彼だが、此処にはいない。


「現場にも来ずによく言うよ」


 蒼介もわかっていながらあえて言う。


「でも、緊張じゃないよ」


 蒼介は手元の時計に目を降ろす。

 作戦結構まであとわずか。

 

「津田伊織か」


 通信の相手にも伝わったようで、そう返ってくる。

 

 現在、喰魔が現れたここでは特別な通信方法を使い、連絡がなされている。

 一種の魔道具であるそれは、通信が阻害されやすいこの位置でも比較的安定した意思疎通が取れるというものだ。

【Nest】が今までに改良を積み重ね、通信機を改良したものが一般の術師には支給されているのだが、まったく別で開発が続けられて何とか数機だけ完成されたものがこの魔道具だ。

 本来採用されていた通信機は科学技術に魔法的な技術を使い、通信不良の対策がなされていたのに対し、こちらは完全な魔道具であった。

 ゼロからの試みとも言えるこれは【Nest】における専門部門の者たちが知恵を出し合い作られたものだった。

 モンスターの改造分析を得意とし、専門分野には思えないこの開発に関わった【秋沙】だが意外なことに彼女が基礎理論を組み立てていた。


 しかし、それでも作戦までに大量生産や品質の安定化などは間に合わなかったため、現在使えるのはわずか四機。

 しかも、通信可能な距離は四百メートルが精々。正確に言うのならば二百メートルまでなら良好、三百メートルでギリ、四百メートルで音が一応聞き取れるくらい。


 そして、それを持つのは喰魔を囲うように配置された三チームプラス【鉛檻】。

 ちなみに、【鉛檻】は自身の能力で通信距離を引き延ばしているが、他の者にはできなかった。


 そして【鉛檻】が仲介し本部との渡りをつけていたが、そろそろ限界が来ていた。


「───」


 ノイズ交じりの音が聞こえた時点で蒼介は割り切り立ち上がる。

 そして、窓からは光の柱が確認できた。

 蒼介はそれに動じない。

 それは一度克服している。


 蒼介は通信魔道具に指をあてる。

 そして、一言、


「作戦開始」







 プランAが潰えようとも、すでに皆に説明を済ませているプランがある。

 プランがBになった時点で、此処にいる者は動くことが可能だ。

 ここに津田伊織がいれば話は別だが、今はいない。だからこそのプラン変更ではあるのだが。


 呟いた瞬間、巨大な白い鎖が地中から伸びる。


「《鎖》!」


 敢えて、安定化させた状態でそれを発動する。

 それが開始の合図になるのならば、態々自身の制御でやる必要はない。

 自身でした方がうまくできる奴なんて、それこそ幹部でも数人いるかどうか。


 冷気を帯びながら、ギチギチと音を立てるのは幅二メートルを超える巨大な鎖だ。

 それは瞬きをする間に二体の喰魔を拘束する。


 巨大な人形である『風』はその身体ごとローブが締め上げられる。

 そして、白くトカゲの様な『灼』は、鎖への反応が遅れる。


「チッ」


 蒼介は珍しく舌打ちをする。

『灼』も拘束は出来たが、鎖が溶かされている。

 いや、そもそも、普通の氷魔法では一瞬で蒸発してしまうことを考えれば凄いのだが、そうも言ってられない。

 まあ、とは言え、そんなことはもとより承知。

 本命は別だ。


「「「【鳥籠】──ッ!!」」」


 三か所から動詞発動されたのは、幹部にのみ発動が出来る技である【鳥籠】であった。

 その力は巨大な鳥籠を幻視させ、二体を拘束する。

 

「ふぅ~~」


 そして、その中の一人である【雀】は、蒼介の隣で息を吐く。


「見たか!合法の力!!」


 そして、よくわからないことを叫んだ。

 しかし、成功は成功である。


 そして、それだけ喜んだのには理由がある。

 それは、【鳥籠】と言う技の、命中率に関係していた。

 そもそも、神の属性をもつ『鴉』との契約で成り立っているこの力だが、行ってみれば借り物である。

 たかが人間に完全な力を引き出せるはずもなく、幹部と言えど消耗や発動までの時間を考えれば使い勝手はそこまでよくもなかった。

 完全に使える人間など【鴉】くらいしかいない。

 そのため、発動の意思を見せた時点で相手には気付かれることを考慮して初手の蒼介の魔法だったのだ。

 例え、微弱とは言え、神力の伴う力に敏感な彼らに命中させるには必要だったのだ。

 現に、ノータイムの魔法ですら、『灼』には反応されていたのだから。


 しかし、喜んでいる暇はない。

 すぐに攻撃は開始される。

 体制のある伊織がいれば話は違うが、今は長引かせるだけ不利になる。


 動きは止まっているものの、風や熱気を放つ二体のそれをかいくぐり攻撃を当てていく。


 第一グループである蒼介、そしてその後ろに控えていた【黒帯】が攻撃を開始する。

 反魔力を扱い、喰魔の守りを削り、そこに氷の槍を何度も飛ばす。


 第二グループの紗奈と【傀糸】、そして【鶺】もそれに続く。


 第三グループ、詩が単独で攻撃をする。


 第二、第三での【鳥籠】を使用するのは【鳩】と【鵲】だ。

 両者は、対人戦に特化し、飛び道具がないためこちらに回されていた。

 基本この技は幹部にしか使えないため、この役目は仕方がなかった。


 そして、一斉攻撃と言う原始的な手段で彼らは攻撃を続けた。










【Nest】には強力な結解術を扱う集団がいた。

 元幹部【鳰】の部下たちだ。

 しかし、喰魔が二体も現れているにも関わらずその場にいないのは理由があった。


 そもそもの話、【鳥籠】と彼らの作る結解では圧倒的に【鳥籠】の方が強力である。

 そして、喰魔二体の拘束であるならば、【鳥籠】がなければ抑えられないのは確かであった。

 【鳥籠】の運用には幹部が相当に消耗することや、持続力の懸念があるが、今作戦においてはこちらの方が適していた。


 そして、一番の理由はもう一体喰魔が残っているということ。


 満を持してそれは現れた。


 三体目の喰魔──『水』


 顕現せしその姿は龍と言うに相応しい。

 津田伊織と対戦した、金高1年惣木霊兎という男が霊能魔法を使いこの世に顕現させた「龍神」と呼ばれるものに近しい見た目だ。

 しかし、その格は多く及ばない。次元が違うと言えばいいだろうか。

 例えるならば、蛇と龍。

 無論蛇が「龍神」で龍が『水』だ。


 転移魔法が制限される中ギリギリまで粘り何とか阿木が呼び寄せた喰魔は、その存在感を見せつける。

 モンスターに多い、西洋風のドラゴンというような見た目ではなく、いわばチャイニーズドラゴンと言えばいいだろうか。

 その姿は圧巻だ。まるで神話の再現。


 だが。

 だがそれでも彼らは動じることなく結解を発動していた。


 記録上幹部【鳰】の死亡により、機能停止かに思われた元部下である彼らはその役目をしっかり果たした。


 これにより、被害は最小限。

 全くの魔法的現象を起こさせることなく動きを封じた。


 そして、足止めの甲斐あり。


 ───【非翼者】最有力候補、徳備多々良現着。




 徳備多々良は非常にラフな格好でその場に立つ。

【Nest】に属し強者であるものほど、防具は意味をあまりなさないほどに、身体の強化が行われているため、実力者ほど軽装になっていくのだが、彼も例外ではなかった。


 幹部、津田伊織同様に徳備多々良もこの戦場へスニーカーというなんとも言えない格好で来ていた。

 市販の運動に適した靴でさえ、術者が戦闘するには負荷に耐えられないため、避ける者が多い中彼はそれで来た。

 しかし、彼にはこだわりがあった。

 別に津田伊織のように、これしかなかったとかいう理由で靴屋ではなく某服屋で二千円で買った擦り切れたものを履いているわけではない。

 彼が履いているのは、しっかりとしたブランドものだ。とは言え、学生に手が届く範囲だが。


 そして、理由もしっかりある。

 彼は雰囲気を出しているのだ。

 場所にあった服装で、場所にあった行動をする。

 それが彼なりの理由であった。


 しかし戦場であるという言葉は彼には届かない。

 彼は、通常時にこの街を歩く前提でコーデをしてきている。

 その風貌はまるでデートの待ち合わせをしている彼氏だ。

 なまじ顔が良く、更に彼自身が髪の毛などに気を使っているため見栄えがいい。


 そして、まるで彼は突然街で声を掛けられたかのように立ち止まり、顔を上げる。


 見上げる先には、喰魔『水』である。

 髑髏を巻き、その青いうろこからのぞく翡翠色の鬣が揺れている。


「───ドアノック拳法ッ!」


 彼はそう言い構えを取る。

 構えと言っても、その拳法と付く名前には適さない。

 ただ突っ立ってるように見える、そんな構え。

 いや、ただ突っ立っている。


 それが自然だから。


 ドアの前に立つと色々な感情があふれてくる。

 期待、緊張、不安、尿意、便意。

 しかし、どの感情になろうとも、立ち方はこれ以外にはない。


 ──タンッ!


 何かがはじけるようになった瞬間、徳備多々良は『水』と目を合わせるようにして上空へ跳ぶ。

 いくら、実力者であろうとあの体制で、あの動作で、あの速度で、一瞬のうちにあそこまで到達することはできない。

 その筈なのに、彼はやってのけた。何事もないかのように。


 「原型(オリジノック)


 それは原子の構え。

 ここから始まる。


 一撃目(ファーストノック)


 敬意を込め。

 『水』の固くなめらかで、光を反射する鱗に打ち込む。

 ボコッと音が鳴り、衝撃が風を切る。


 二撃目(セカンドノック)


 緊張感をも力に変え。

 堅実に確実に一撃目の上から狙いに行く。

 今度はガギッと、砂利を噛んだような音が鳴る。


 三撃目(サードノック)


 音を奏でる。

 バキバキバキと、細かく亀裂が入り、逆立つようにした破片が飛ぶ。


 四撃目(フィフスノック)


 このように運命は扉を叩く。

 

 腕から流れる魔力が、割れた鱗を伝う。

『水』は身じろぎしようとするが、もう遅い。


「《交響曲第5番(四連ノック)》ッ!」


 最後の一撃。

 寸分たがわず、同じ位置に叩かれる。

 衝撃が『水』を震わせ、魔力が伝い、膨張を始める。


 そして、ブクブクと不格好に膨れ上がり限界に達したのか、膨張を止める。


 そして───


 まるで、神のごときそれは、爆発するようにして弾けた。

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