180話 竜は炎を吐けるのか
ここ数年で人間は望めば超人的な力を手に入れることが可能になった。
始めの頃でこそ、【Nest】が一括管理をしていたためにダンジョンに入ることができたのは、先んじて挑戦したものと【Nest】に所属していたものだけだった。
しかし、それから少し経つと【Nest】が安全性を確かめてランク付けされたダンジョンが解放された。
資格がなくとも入れる。
モンスターを殺すことが出来るのならだれでも力を手に入れることが出来るようになった。
とは言え、全員が全員ダンジョンに入ったわけではない。
安全性は高まっても命を落とす確率はゼロではない。入るときは同意書を書くし遺書も書く。
それに生き物を殺すことが出来なければ恩恵は受けられない。
そんな様々な条件が重なってあまりダンジョンへ行って恩恵を受ける者は多くなかった。
とは言え、ゼロじゃない。
そして、そう言った者たちは列になり、モンスターの餌にでもなるのかと、力のないものをあざ笑い一足先に自力での避難を開始していた。
「ダンジョンには入っておくべきだな」
「ああ。まあ、怖いのは分かるがあんなになるならそれでもやっとくべきだ」
二人の男は律儀に列に並ぶ避難民たちを見ながらそう話す。
別に、本人たちには見下す気持ちはない。しかし、あの光景を見れば自分たちの備えが活きていることによる判断能力の高さの裏付けが証明されたようなものだ。そんな些細な場所で優越感を得る。
何としてでも取るべきであると今は思う。モンスターを殺せないのは甘えだのなんだのと思考がエスカレートしながらも自分たちは早めの退散と行く。
自分が出来ることは他の人にも出来るだろうと、やらないのは甘えだと勝手に妄想を重ねる。
そして、その思考を一瞬のうちにぶっ壊された。
「あ?」
並走していた友人がいない。
足を止めて後ろを見れば、獣の様な何かにむさぼり喰われる肉がいた。
「ア゛ァアッ……イタイイタイいた──」
内臓をぶちまけて、それでも中身が残ってないかと腹の中に魔物は顔面を押し付ける。
壊れたおもちゃのように痙攣して、何かを叫んでいた友人は知らないうちに沈黙していた。
死んだのか?
わからない。
死ぬとか死なないとか、それを見た経験は今までにない。
昔、親戚が死んだくらいで、目の前で殺されるの何て見たことがない。
何があれば死んでなくて、何を失ってしまえば死んでしまうのかなんて男は知らない。
心臓、首、頭……ああ、出血でも死ぬんだっけか。
だから、死と言う結果はちゃんと認識できなくて。
でも、これから起こるであろう自分の死を予想して、湧き出た恐怖に突き動かされるようにして、走った。
走った。
人間が出せるスピードは超えているはずだ。
でも、死の気配を感じた。
速い。人間にしては。
速いけど。車の方が早い。
その車でも逃げ切れたものはほぼいないのだ。
モンスター出なくとも、原生する生物であっても追いつけるほどのスピードで逃げられるわけがない。
素のスペックが狼に育てられた子供の様に時速四十、五十を移動する群れについていけるようなトンデモな身体をしていればあるいは。
しかし、普通の人間か高々数回ダンジョンに入ったくらいで逃げれるわけがない。
結果は明白。
喰われる。
「させないかな」
その瞬間開かれたモンスターの口は閉じる前に横方向からの衝撃によって胴体ごと吹っ飛ばされる。
通路脇の建物に派手に突っ込み砂煙りを出す。
そして、男の前に立つのは他でもない【Nest】所属の二級であった。
名前はチダトモ。
現幹部である津田伊織と同じタイミングで階級を試験を受け、現在二級に昇格していた。
伊織が最後に出会ったとときは、中世的な印象を受ける容姿をしていた。
そして、どちらかと言えば男にも見えなくもない事から、性別を付き合いのある男からも勘違いされていたほどだ。
しかし、髪型の変化や仕草から、今の彼女はとても女性的な魅力を身に着けていた。
身体的成長がほぼない事から、相当な努力をしたであろうことは読み取れる。
だが、彼女は戦い方まで大人しくなったわけではない。
再び立ち上がり、唸るモンスターに豪快に蹴りを入れる。
気を使い、更に修行による練度の向上、その攻撃力は計り知れず。
衝突音が鳴り響いた時にはモンスターは破裂するようにして、血の雨を降らせた。
ひと段落と、彼女は息を吐く。
しかし、助けられた男はパニック状態であったのか、その光景を見て更に身体を震わせる。
助けられたという考えには行きつかなかったのか、後ずさりをした後バタバタと手足を動かして立ち上がる。
転びそうになりながら、しかし前進しようと足を動かし──
──それを見逃すモンスターではなかった。
確かにチダトモによって彼を襲っていた個体は倒された。
しかし、モンスターは街に無数に解き放たれていている。
相手側が張った結解も有効なため、各核に散ることはないだろうが反対に誰かが倒さない限りは減ることもない。
ここに留まってくれることに安堵すべきなのか、それとも数が減らないことに舌打ちをするべきなのか分からないが、少なくとも脅威はまだそこにあると言うこと。
上空から男を狙うのは、ワイバーンと思しき個体だ。
津田伊織がすでに遭遇し、撃破したものと同じである。
この街の上空において、現在一番多くの数がいるのはこのワイバーンであろう。
理由は単純で、光の柱によって現れた飛行系モンスターの中で最も強いからである。
つまるところ、この男には対処のしようが全くない。
今度こそ、死が訪れる。
そう思われたとき、またもや奇跡が起こる。
先ほど同様攻撃を防ぐのは足。
気を纏い、常人ならざる力を帯びた蹴りだ。
「あっぶねー。二人で来ててよかったぜ」
そして、蹴りを繰り出した男は呟く。
名は八雲ブキ、彼もまた気の使い手だった。
「助かったかな。ブキ」
変わった語尾はともかく、下の名前で呼ぶのは八雲とトモが交際中だからに他ならない。
つまり、二回目の奇跡というより、この男も合わせて一回と言う方が正確かもしれなかった。
普段から一緒に行動している二人は今回の任務でも同時に行動していた。
これを月宮紗奈が知れば、自身も津田伊織と、などと言いかねないが、彼は幹部であるため状況が違うのだ。
「しっかし、固いな」
八雲は距離を取るために風を仰ぎ、上空へと逃れたワイバーンを見る。
攻撃による汚れこそついているもののダメージは入ってなかった。
確かに先ほどの攻撃は男を守るくらいの力はあったが、上昇することで衝撃を凝らされてしまう程度でしかなかった。
それに──
「ブキ、威力ないかな」
トモから見れば八雲の戦い方は雑そのもの、修行をしてマシになったと言っても彼女には届かなかった。
しかし、八雲も二級、それだけの力は備えているはずである。
つまり、固いという言葉は間違っていない。
それに八雲はその見た目に反して戦闘より分析に長けていた、その目に間違いはない。
ちなみに、トモは八雲のそんなところを自分のことのように自慢して、いるのを【Nest】内で多く目撃されている。
まあ、彼女が彼に趣味に合わせようと見た目に気を使っていることから、相当な溺愛っぷりであることは見て取れるが。
「来るぞ!」
八雲は、ワイバーンが動く二秒前にほんのわずかな呼び動作を読み取り叫ぶ。
これだけで優位に立てるほどにそれは正確で強力だ。
二秒後、足を突き出して急降下するワイバーンの攻撃がアスファルトに突き刺さる。
衝撃で破片が飛ぶが、気にせず攻撃を仕掛ける。
八雲の情報により、いち早く動いたトモは側面に陣取り足技を放つ。
攻撃の後の一瞬の隙を取られた、ワイバーンはもろに攻撃を受ける。
「────ッ!!!」
ワイバーンは痛みに叫ぶが、そのすきにもう一撃入り、体制を崩す。
体制を崩した影響とさらに、足が埋まった状態で上手く飛行することが敵わずその場にとどめられる。
羽を動かすも固い地面をたたくだけに留まる。
与えた影響は精々、最初に狙っていた男を恐怖で失神させることくらいか。
「はぁあ!!」
「オラァ!!」
そして、隙を逃すまいと二人の追撃がワイバーンにダメージを入れる。
更に、二人は気を送り込み、ワイバーンは膨張していく。
実態はないはずなのにそれに押され肉が腫れあがり、紐に巻かれたハムのようにずんぐりとした体形に変わっていく。
どんどん球体にのようになるかに思われたその時、あっさり、破裂した。
モンスターとは言え、耐久力は知れていた。
それに、実際身体が破裂して死んだというよりは気によるダメージの方が大きかった。
「おっと」
二人は血の雨に濡れないように見を隠して、ついでに男も回収する。
それを眺めていた時、ふいにトモが口を開く。
「それで情報はどうだったかな?」
「ん、ああ、あんまり芳しくないけど……」
八雲が渋るように言葉を返す。
情報とは、避難民たちから集められたもののことだ。
取り残された者がいないかなど聞いていたのだ。
八雲が遅れて現場に着いたのもそれが理由だ。
「けど?」
渋る八雲にトモが首をかしげる。
「何でもモンスターを一瞬でやつけてしまう奴が居るらしい」
「それって、【Nest】かな?それ以外かな?」
らしい、伝聞調で語る八雲に質問する。
「さあ、でも、特徴はあるってさ。赤く染められた包帯みたいなのに包まれた刀を使う若い男。その赤い布は殺した奴の返り血って話だ。そしてつけられた名前が【赤帯】。今じゃ、避難民の希望の象徴らしい」
強すぎだろと、笑いながら八雲は語る。
「何でも、ワイバーンも一発なんだとか。しかも、数体を相手取って。盛りすぎだろ」
そもそも、二級である自分たちが割と本気を出して倒した敵を一発で殺すなんて出来るわけがない。
一級であっても、苦戦はせずとも手間はかかるはずだ。
嘘ではないが、真実ではない。
【赤帯】とは、相当強いのだろうが、それでも噂なのだからどこかで変わっていく。
そう考えていた八雲とは反対にトモは至極真面目な顔で言う。
「それって津田伊織君じゃない?覚えてるかな?」
「いや、もちろん覚えてるけど。だって、新しい幹部アイツらしいし」
信じられないが、この情報は真実だ。
これは本部から送られてきている。
その記憶は新しい上に鮮烈だ、忘れるわけがない。
「でも、それこそ、幹部なんだから、【鷽】って呼ばれるはずだろ。通称なんてつける必要がない。それに赤い包帯なんてつけてたか?」
「つけてたよ。ボクたちは任務で出なかったけど『七祭』のアーカイブで使ってたかな。赤い布に覆われた刀。あと、名前に関しては新しい幹部とあってまだ浸透してないかな。興味のある人たちからは注目の的だったけど、避難民の多くは【Nest】からの避難警告にすぐに反応できなかった人たちで、その警報がどれだけの物か認識できないくらいには知識はない、またはすぐに動けないお年寄りの可能性が高いかな」
「それもそうか」
八雲は頷いて空を見た。
穴の開いた空、黒い雲から光が流石、未だ光源にしては頼りない。
「ブキ!来たよ!」
そして、警戒をしていたトモに反応する。
新しい、モンスター。
避難民が通るここら一帯は【Nest】が協力して極力モンスターが集まらないように気を引いているが、それも完全ではない。
そこで、漏れ出たモンスターを請け負うのが彼らの仕事だった。
男を別の【Nest】によって手配された者に渡し、保護してもらい、彼らは戦場に戻った。




