176話 下は灼熱、上は台風、二人の視線はアッツアツ
「うおっスゲー」
「どした?」
「電車にさあ、渋谷って書いてあんだよ!」
駅のホームで男は興奮気味に叫ぶ。
それを聞く女は相槌を打つが聞き流しているのは周りからでも見て取れた。
男――カイが騒ぐのを横目に彼女――ナヤはスマホを凝視していた。
映し出されているのはとある場所の位置情報。
「カイ。ここ全然違くない?」
「そうなん?」
「そうなん?じゃないわよ。道分かってて電車乗ってここまで来たんじゃないの?」
「え?俺はナヤについてきただけだけど」
そこでやっとお互いの認識が違うことに気付いた。
カイは彼女についてきたと思っていたがそれは彼女も同様でカイについてきたつもりだったのだ。
すなわちそれが指すこととは。
「じゃあ、迷子ってこと?」
「やっちまったな」
「はあ、作戦地点にもゲートがあればよかったのに」
こんなことならばと彼女は思う。
なにを隠そう彼女は今回の作戦のためはるばるやってきた【Nest】の術師である。
今までの作戦と言えば大抵、近くの【Nest】支部からのゲート経由での直行だった、それなのに今回の任務は相手の出方によって場所が決まるということもあって急行出来るように全国各地に均等に【Nest】の術師たちが配置されていたことに加え、ゲートと言う仕組みを考え、人の混雑が予想されるため多少遠いくらいならばそれ以外の移動手段を求められた。
そしてそれはもちろん、魔法などを使った移動手段で一般交通機関でのものではない。
それらの移動手段がないものはゲートのしようが許可されている。
と言うことで、ゲートを使えない彼らにはそれなりの手段があるのだが、此処での一分にも満たない会話で分かる通り、彼らはそれを知らない。
もちろん、彼らの端末にはしっかりと情報が記載されたメールが送られているが。
そんなこんなで、彼らの到着は遅れそうだった。
突如、上空に現れた膨大な魔力に身構えるとともに、【Nest】に所属する者は作戦通り行動を開始していた。
近くにいたものは現場に急行し、本部に情報を送った。
そして、遠方に配置されていた者たちも続々とこちらに向かっていた。
『魔素濃度が高く、本部では正確に敵の情報を確認できません。状況を確認できる者は直ちに本部に通信してください』
無機質であくまで事務てきな音声ではあるが明らかに緊張した空気を纏うオペレーターの声が、現場周辺にいる者たちの耳へ通信機を通して伝わる。
正確に判断できないと判断し、情報を求めた。
【Nest】本部でも彼の鳥取ダンジョンほど魔素濃度が高いわけではない事や、監視カメラからの映像によって相手の姿は見えているが、それにも限界はある。
事細かに説明を願うため「正確」にと言う言葉を使用し、今のように伝えていた。
実際、現場と本部からでは情報量が圧倒的に違っていることは事実であった。
「こちら二級のサラキ。上空に高濃度の魔力反応を観測。件の1-1オーバーのモンスターと思われる個体を二つ目視で確認した」
とある高層ビルの屋上から【Nest】二級サラキは報告した。
彼が見据える先には上空に現れた二体。
二体とも1-1オーバーだと判断した。つまり、喰魔である。
すでに、喰魔の除法は作戦と共に伝えられていた。詳細までは伝わってないものの危険度が一級でも手に余る1-1オーバーであることは周知の事実であった。
「見た目は三メートルくらいの二足歩行の白いトカゲが一体。同じく三メートルほどの人型のモンスターが一体。トカゲは上空に現れたとともに自由落下し、地上へ。人形はそのまま近くにあった高層ビルの屋上へ飛び乗った」
樹木のようなうねる鱗で身体を覆い、白く染まった大樹のようなそれは酷くとげとげしい。
その両足をアスファルトにうずめ地震を起こし着地する。
高熱なのか、足元は時代に赤みを増して溶けていく。
一方巨大な人形はボロクはあるがローブを身に着けまるで人間の用だ。
身体にまとう風がローブを翻すも顔は隠れ見ることは叶わない。
だが、風の威力はすさまじく、それが着地した構造ビルの外壁が悲鳴を上げるほどだった。
まるで、その光景は台風の中地面が割れてマグマが噴出したような。
まるで、人知の及ばない神話のような。
すなわち、自然そのものと言えた。
「何だあれは……?まずい!?」
『どうかしましたか』
「マジかよ……どうやらあの二体は仲間じゃないみたいだ」
喰魔を知らないものは、それらが仲間同士だと考えていた。
つまり、それ同士では敵対しないと。で、あればこちらから攻撃を行わなければ被害は少なく済む。
そう思っていたのだが、目の前で起こるのは化け物同士のいがみ合い。
白い、樹木の化け物が高熱――いや、視界がゆがむほどの灼熱を発し、ローブの巨人が風の刃で大気を斬る。
それらがお互いに気付いた瞬間にはもう遅い。
「この街が消えちまうぞ」
男は無意識にそうつぶやいた。




