172話 幹部会議
【Nest】本部。
幹部会議室。
現在ここにはトップである【鴉】を始め、【鳰】、【鶺】、【鸛】を除いた幹部四人が席についていた。
そしてさらには幹部の他に四人の一級がそこに集まっていた。
幹部でないながらも幹部相当の力を持つ者たちである。
彼らの地位は『特例』『特化』『特権』の三種を持った上で一級になると付くことが可能になるもので幹部とは別に設けられた高位の物である
それらは【非翼者】と呼ばれている。
五人いるこの階級だが一人はここにはきていない。
飛ばない鳥。羽のない鳥。もとは蔑称である。しかし、今日では裏幹部などと呼ばれ憧れの対象ともなっている。
ちなみに『特権』は他の『特例』『特化』を得たうえで一級になることで与えられるものだ。その為判断の是非は『特権』を持っているかどうかだろう。
そして、そのメンバーは。
一人は反魔力の使い手にして津田伊織の師匠である【黒帯】。
彼は、幹部ではないながらも、【Nest】一の反魔力の技量を評価されている。
二人目はモンスターの研究を得意としていて、【Nest】においての研修用モンスターを主に担当している【秋沙】。
彼女は幼い見た目とは裏腹に『開発部』を直接的ではないもののその気になれば指揮下に置くほどの権限を持っている。
三人目は現在多く確認されているダンジョンの管理を一気に賄えるもの【傀糸】。
ダンジョンやモンスターのランク付けから、ダンジョンに基づく情報は基本的に彼女の監修で行われている。
四人目は【Nest】内で違法行為を犯したものを収容する機関【蛇壺】を管理する【鉛檻】。
【Nest】内部にありながら独立した組織であり、場合によっては幹部ですら収容する。
そんな彼らが一堂に返して顔を並べる。
しかし、そこにいる者の表情は様々だった。
先の襲撃で怪我を負ったであろう【鵲】は包帯を巻き、いつもの柔和な笑みを消している。
【鳩】も同様に【鳰】の死に影響されてかどことなく表情が硬い。
そんな沈痛な雰囲気を壊すようにして発言するものが一人。
「【Nest】の幹部ともあろうものがこの様とはね」
いや、壊すどころか悪化させたかもしれない。
発言したのは【鉛檻】だ。
彼は二十代後半とまだまだ若いが、しかし、一組織の長としては軽率な発言であった。
いや、その場では年齢すら免罪符にはならないだろう【Nest】と言う組織の性質上ここに集まるものの中では特段彼の年齢は若くないのだから。
しかし、この行動は決して彼が未熟であるための発言ではなかった。
【鉛檻】だって、今回の戦闘の状況を正しく見極めていた。だが、そうではないのだ。
彼の組織である【蛇壺】は独立した組織である。それは幹部でも容赦なく収容できるようにとしたもの。で、あるならば仲良しこよしとも行かないのだ。
それは、皆分かってはいるのだが……
「じゃあ、君が居たら対処できたのかなぁ?」
我慢できるわけでもなかった。
力が優先されるこの世界で大した理性など身につかないのだ。いや、この環境を考えればよくやってる方ではあるか。
【鳩】は乗り出そうとして何とか自制する。頭の中に浮かぶのはイオの顔だ。「暴力に走ってはダメですからね」と彼女は言った。とは言え、イオ自身も人のことを言えるほど自制が効く人間ではないが。
「良いから、話を進めたら」
至極めんどくさそうにやや扇情的な服装の女性、【傀糸】は言葉を紡ぐ。
十代後半くらいの見た目の彼女は【鳩】の胸を見て舌打ちした。
別に【傀糸】の胸が小さいわけでもないのだ。本来羨むはずもなく彼女は【鳩】と同じと言っていいほど遜色のないものを持っていた。
いや、だからだろうか。対抗意識が芽生えていた。
「幹部でもない癖に」
「あ?」
そんな【鳩】声に気だるげな態度を消して、冷たい声を出した。
「ちょっと、やめてくださいよ」
「【鶯】君は黙ってて」
仲裁しようとするが【鶯】は退いた。何故って?怖いから。
「そもそも、あなたたちが幹部になれるのは血統のおかげでしょう?」
「おい、やめとけ」
【黒帯】は【傀糸】に注意するが聞く様子はない。
「そもそも、幹部になるには『鴉』と契約した過去の【巣】である者たちの末裔でないとならないじゃない」
「それは昔の話で――!」
白熱する二人を見て震える【鶯】だが仕方なくもう一度止めようと試みる。
「そうですよ。【鸛】さんだって昔からいますけど【鳥之目】も【鳥籠】も使えないですし。それより新しい幹部について話さなきゃじゃないですか?」
何とか話題の変更を試みる。
と言うか、他の皆は何をしてるんだと【鶯】は見渡そうとして、原因を作った【鉛檻】が優雅に紅茶を飲んでいるのが目に入った。
途端何かが切れるような音がして。
「そうだね。それについてはなそうとおもってたんだよ」
一瞬で皆は黙り、視線は一か所に集まる。
【鴉】がやっと喋ったのだ。
何故、今まで喋らなかったのかって?お昼寝中だったんだよ。
「そうですね。これからの作戦を実行するにあたって、欠員が出たままでは支障があります」
【傀糸】は先ほどの態度を改めて向き直り、そう言った。
「うん。でも、かいしちゃん。わざとあんなこといわなくてもいいのに……」
「すみません」
「うん」
【鴉】はあの日文化祭で見た姿から少し成長が見て取れるもののそれでも未だ幼女の息を出ない見た目だが、やはりと言うかトップであるだけの威厳を見せる。
それに、寝ている間の話も喰魔のことを考えれば聞かれてても特段おかしくもないが、こちらの行動まで見透かされているとは。
敢えて、この話を先にするように誘導したのがばれてしまったが、結果を見ればいいだろう。
「じゃあ、どうしようか。いつもはみんながすいせんするんだよね?」
どうだっけと、可愛らしく頭を悩ませる様子を見せてからそういう。
「じゃあ、だれかある?」
「あの、一つ良いですか?」
「ん?なに?」
【鶯】の発言に【鴉】が訊き返す。
「【鳰】さんから後任を伝えるように言われてまして」
「うん。いいよ。さいしゅうてきにはたすうけつだけどね」
「はい、分かってます」
【鶯】頷いた。
そして、紡がれたのは。
「現【鳰】の部下である、名瀬です」
名瀬。
その名前に多くの者が納得の顔を見せる。
彼女は実力はもちろんのこと判断能力に優れ、指揮を執るのが得意だということは有名である。
「ああ、もちろん僕、【鶯】の票もお願いします」
「私は賛成ぃ」
「儂も賛成じゃのう」
「俺からも発言をしたい」
「めずらしいね。こくたいさん!」
【鴉】は嬉しそうにして言葉を弾ませる。
普段あまり発言がないためうれしいのだ。
「俺があげるのは津田伊織だ」
「は?あの子?」
【鳩】はありえないと言った様子で【黒帯】を見る。
「あの子なら一回鳥取ダンジョンであったけど魔力量こそ多かったけど、強さで言ったら一級どまりじゃないぃ?」
一級と幹部および【非翼者】とでは大きく実力が異なる。
一部では一級から幹部が選出されると聞いてほぼ変わらないなどと考えている者もいるようだが、そう言ったものは【非翼者】のくらいについているためそんなはずもない。
それに、彼は良くて一級。それもどんなに頑張ってもトップには敵わない。
「あの、私も流石に彼はどうかと。【鳩】さんが言ったのが一年以上前のことだとしても私も先ほどの作戦前までの『七祭』での彼の活躍を見てましたけど。確かに一級では上位かもしれませんけど」
そういうのは【雀】だ。
彼女も何故か津田伊織ファンなのでよくしてあげたいが現実はそんなに甘くない。
「じゃあ、たすうけつをとろ!」
【鴉】そう言って多数決を取った。
結果。
名瀬賛成派。
【鶯】
【鳩】
【鵲】
【雀】
【鉛檻】
計五名。
津田伊織賛成派。
【黒帯】
【傀糸】
【秋沙】
計三名。
結果は名瀬だ。
「【黒帯】、君が弟子だからと贔屓することはないとは思うがどうしてだ?」
最後に聞こうとでも言うように【鉛檻】が言う。
そして、それを聞いていた【秋沙】はビクリと身体を震わせる。
完全に贔屓していたからだ。
「逆に聞きたいが、津田伊織とほぼ関係のないお前たちと俺ではどちらが正確に力量を測れると思う?」
しかし、【秋沙】とは対照的に動じる様子もなく【黒帯】は答えた。
そのせいか微妙な空気に支配されようとして――
――そこで、【鴉】が口を開いた。
「わたしもつだいおりくんにいっぴょう!」
予想だにしていなかった発言に皆が固まる。
そうだ、【鴉】にも票はあるのだ。
しかし、そう、しかしだ。
「【鴉】とも言えど、その票は一票です。ですのでこれは――」
無意味である。
同票にすらならない。
そう言おうとしたところで一人の少年が姿を現した。
「じゃあ、僕の票も入れて同票だね」
まだ精々高校生くらいの少年。
「誰だ君は?ここは、いや、日高蒼介か。ともかくここは君のようなものが来れるような場所ではない」
たまらず【鉛檻】は蒼介に言い渡す。
今はこんな子供に構う暇もない。
それに、黒服たちはなぜ通したのかと。
「そうじゃぞ。今は少し、大事な話の途中なんじゃ。若いのも結構じゃが少し控えては――」
「【鵲】さん。流石に耄碌し過ぎでは?」
【鵲】が優しく諭そうとしたところで蒼介はそう言った。
普段の彼からは考えられない言動。軽率で、浅はかで、それでいて絶対の余裕を持った言動。
「他の方なら別でしょうけど僕はまだ今に近い姿で昔あなたにあったでしょう。それに初めてあった時言いましたよね。本質を見ろと」
「その言葉――もしや、【鸛】か?」
それこそボケたかじーさんと皆が突っ込みたくはなったがそうではないのだろう。
一方蒼介はついこの態度をとってしまったことと、本質を見ろと言っていたのにその言葉は、などど抜かしたじーさんに頭が痛くなる思いだった。
「【鸛】おそいよ」
「すみません【鴉】さん。少々手間取ってしまって」
そして、更に【鴉】の言葉で真実味が帯びた。
「はぁ、って、皆早くしてよ」
ため息をつきながらも席に着いた蒼介は入り口に向けてそう言った。
「だって、お兄ちゃんが、もたもたしてて」
そして返ってきた声に蒼介よりも【鉛檻】が頭を抱えた。
「あなたが【鸛】だということは分かりました。ですが、何ですかあれはこちらは真剣にしているのですよ!?」
よく見れば顔の造形も同じで髪が白ではなく黒であることくらいしか違いがないことは分かる。しかし、他にも部外者を呼ぶのはいい加減にしてもらいたいと【鉛檻】は憤る。
「まあ、良いです。とにかく多数決では決まらないので他の方法を――」
「あーもう!先行くからね!」
またか、と。いい加減にしてもらいたい。そう考えた時入室してきた少女は言った。
「私もお兄ちゃんに一票!」
「君ふざけるのもたいがいに!」
「おお、じゃあこれできまりだね!」
「は?」
またもや【鴉】のもとへ『?』が飛ぶ。
「どうしてですか?……いや、まさか」
いや、まさか。そんなふざけた話があるはずない。
「あれ?なに?これって自己紹介とか必要?」
少女は首を傾げ言い放った。
「えーと。津田詩、じゃないや。【逆稲】。うーん可愛くない名前」
普通にダサいし。
そう彼女は呟くが、そんなものは多くの耳には入らなかった。
【逆稲】と言えば同じ【非翼者】ですら存在しか知りえない超火力を持つとされるものだ。
性別も年齢も不明。ただ判明していることは幹部、【非翼者】を含めたうちのたった一人の【巣】に連なる家系ではないもの。
つまり、あの日から短い間で頂点にまで届きうる唯一の存在。
そして、任務は単独。その性格は気まぐれと言われており、正体を知っているのは専属のオペレータ。そして、加工した音声のみで現場指揮をしている管制室にいるものが一端を知っていることくらいだ。
「じゃあ、きまりだね」
もう今更疑うこともなく皆が飲み込む。
【鴉】だけが全貌を知っている。だから、【鴉】が言うなら本物だ。
「これって、入っていいの?」
「良いんじゃない?」
次は何だと、半ば呆れ気味に皆が意識を向けようとした瞬間――
――魔力とは別の気配。
魔力を隠しても幹部クラスになればわかってしまうオーラのような。
幹部クラス。それも上位の者だ。
そして、身構え。
「お兄ちゃん遅ーい!」
「いや、すまん。なんか緊張しちゃって。っていうか本当に入っていいんだよな?怒られないよな?」
それは姿を現した。
特段変哲のない姿。
唯一目を惹くのはその濁ったような赤と怪しく光る紫。
しかし、分かる。
膨大な気配を。
違う。
コレではない。
これが津田伊織であるはずがない。
津田伊織を知っている【鳩】【雀】は尚更そう思う。
しかし、そんな緊張感をぶっ壊した奴がいた。
「あ!紗奈ちゃんだよね?」
それを発したのは【傀糸】だった。
そして、話しかけたのは注目の的である津田伊織ではなく、付き添うようにして入ってきた月宮紗奈だ。こいつは完全に部外者である。
「うん。久しぶり」
「久しぶり!やっぱ若い方も可愛い!あ、写真良い?行くよ?ほら?これどう?可愛くない?すっご」
「一度黙って」
「あ、ごめん」
「いいよ。私も伊織君に話し過ぎちゃうことあるし」
と、こんなことが行われて理解ができない他の面々。
「それより、記憶の方は成功し案だね?」
「大丈夫」
「よかった。あ、彼氏の津田伊織さんですよね。私、紗奈ちゃんのお友達やらせてもらっています【傀糸】と言います。あえて光栄です」
「ご丁寧にどうも」
「いえいえ!そんなそんな。紗奈ちゃんをこんなに笑顔に出来る人なんて私尊敬します!」
「あ、ありがとうございます」
そんなやり取りをして「ささっ」と伊織たちを据えあらせようとする【傀糸】。
もう、紗奈に対しては何も言われない。
「あたらしいかんぶは、つだいおりくんできまりだね!」
【鴉】は元気よくそう言った。
票を入れさせてもらえない【鶺】さん。




