167話 捲炎重来
頭が張り裂けそうな感覚がやっとやむ。
痛すぎて吐くかと思ったが我慢できた俺を我ながらほめてあげたい。
どうやら俺はアデゥシロイ――と言うか他の世界線の俺の記憶を見せられたわけだが、まあ特に前世の知識を思い出した主人公よろしく自我が変わるわけでもない。
もちろん記憶と言っても限りなく経験に近かったから、例えば向こうの世界で覚えた体術が体にしみこむ的なことは起きてはいるが、性格が変わるわけじゃない。いや、若干影響は受けてはいるが。
あくまでまず俺がいてすでに形成された人格がいるから異世界転生のようにはいかない。もしこれが魂を入れ替えるとかなら違ったかもしれないが。
と、そこで自分の――アデゥシロイの身体が崩れていることに気付く。
これは記憶の譲渡の代償による『死』だ。
『死』は肉体までその意味を含む。だから、心臓が止まってもその身体が朽ちるまで『死』続く。
だが、まあ、いいか。
身体を乗り移ったようなもんだから別に悲しくもないし。と言うか自分だし。
そう思うと、バカみたいに自分におびえていた俺はなんとも滑稽ではあるが。
まあ、いい。
俺は崩れ去る身体を無視して唯一残った装備ともいえるベルトをはぎ取る。
「やっぱ、これだよな」
身体に合わせてサイズが変わるアイテムではあるが、やっぱこれに刀を着けると安心感が増すな。
そんなことを思いながら俺は刀の付与効果を使って回復する。
魔術ってのは便利だ。
「……ど、どういうことだい?」
「あ?」
ああ、千里か。
完全に忘れていた。
そうか、癖で回復してしまったがこれってルール違反だったりするのだろうか?
「もしかしてルール違反か?」
「まあ、そうだけど」
「あ、そうなんだ。じゃあ、失格でいいよ」
もう正直どうでもよかった。
それより紗奈に会いたいな。
さっき会ったばっかだけど記憶と言うことは感情も付随しているらしく、アデゥシロイであった俺に引っ張られてそう感じる。
「いや、僕は君と戦いたいんだ」
「はあ?いいよ。俺の負けで」
それより紗奈がさっき記憶を譲渡したあたりでここからいなくなってることの方が重要だ。
「それはできない。せっかく良いところだったんだから」
「そこまで言うならちょっとだけ」
いいのかわからんが審判も何も言わないしな。
「でも、すぐ終わらせるぞ。ゲロ臭い転移のにおいが蔓延してて気分が悪いんだ」
どうやら転移に対して悪感情がでかいせいか気分が落ち着かない。
俺自身は助けられてしかないが、相当焦らされたあっちの俺はすっかり嫌いなようで、まんまと俺は影響される。
こいつ本当に邪魔だな。
『七祭』に現れたアデゥシロイの登場によって一大事になるかに思われた会場では未だ逃げ惑う人の様子などは見られなかった。
しかし、それも仕方のない話であった。
幹部でも苦戦するそれは早々に自害したのだから。
と、言う風にほとんどの人は捉えていた。
そして、荷物をそこからはぎ取った津田伊織。
更にポーションか。回復までし始めた。
これで失格。しかし、そんなルールも知らないあたりも津田伊織らしいとも言えた。
だが、相手である佐梁千里は続けようとした。
しかし、それに反応する者はいない。
止める者など先のアデゥシロイの登場でこの会場には存在しなかった。
動ける幹部であっても、そんなことをしている暇もなく状況把握やらなんやらに追われていた。
そして、それは津田伊織の承諾によって始まった。
そこで、彼が何か違うことに気付いた。
先ほどまで一方的にやられていた男には見えないたたずまいで。
まるで、簡単に勝てると言いたいような。
千里が動いた。
黒い雷を伴って。
しかし、それより早く、伊織の刀が動いた。
放たれるのは二刀の太刀。
それすなわち二刀流であった。
本気を出した。そういうのとは少し様子が違った。
本気を出したとか、そういう感じではない。もっと根本的に違う。
例えるなら、中身が変わったような。
そして、流れるように放たれるのは魅せる剣ではなく、殺すための剣。
しかし、それは殺意などなく。
ただ、邪魔なものを払うような。
そして、ついに刀を収めた。
何故だと、そう思ったとき、身に染みて理由が分かった。
千里には刀を使う必要がない。
次の瞬間放たれたのは今まで見たこともない火力の紫に輝く炎。
少し明るいそれはピンクにも見えなくない。
それは、今まで見た彼の炎が児戯に見えるほどのものだった。




