162話 ■13話 parler à dieu
「お前か、アデゥシロイちゅうんは」
「ああ」
目の前に顕現したのは金に首を誇る鬼だった。
細マッチョでイケメンと言ういで立ちだ。
肌が赤くなければただのイケメンだ。
「もっと反応してもいいんだが。俺たち神が姿を見せるのは相当珍しい事わかってんのか?」
「いや、知らなかった」
「はあ、まあいいか。で、何しに来た?」
知っているだろうに。
神はこういうことをしたいらしい。
「来たのは元の世界への帰還が目的で――」
「まあ、知ってたけど、そういうことなら俺の専門じゃあない」
知ってたなら、というか、無理なら尚更さっさと言えよ。
時間がない次に行こう。
そう思い席を立つ。
「おい待て小僧。俺が出来るわけじゃねえが、紹介ならしてやるぜ」
「紹介?」
その言葉に足を止める。
「ああ、特別だ。お前の喰魔に免じてな」
「喰魔?」
「なんだ?知らねーのかよ?」
有り得ねーみたいな顔をされる。
「喰魔ってのはお前の魔石に住まうものの話だ」
「は?」
「お前、珍しく『炎』と『闇』が融合してるくせにホントに知らねーのか」
「ああ、混合魔法のことか?これは勝手になったからわかんねーよ」
ある日ぶっ倒れてそうなっただけで俺にわかることなどない。
「そいつらは、神でない癖に、俺らと同じ階位の生意気な奴なんだよ」
教えてやると言って話始めた。
『炎』である俺の喰魔は神話の時代龍だったらしい。
ドラゴンってやつだ。
そしてそいつと恋仲にあったのが『桜』と言われる女神だ。
種族と言うか概念的に全く違う二つが愛し合うとは不思議なものだが、事実そうであるため仕方がない。
次に『風』だ。
そう呼ばれるのは大精霊のなれの果て。
実態は本来なく言わば存在としては『自然』だった。
そんな『風』と敵対していたのが『灼』だ。
実のところ本来生まれるはずのない自我が『風』に発現したのは『灼』が関わってたりするがそれはいい。
『灼』は樹龍と言われる龍だった。
そして二属性が調和するという稀有な例であった。
と言うのも『灼』は『炎』と『桜』の子なのだ。
そして、父である『炎』と仲が良くない。
正確に言うと何万年の月日が経っているのに未だに反抗期のようで父親が嫌いなようだ。
だから、『灼』が一方的に攻撃してそれを『炎』が相殺するのが常だった。
『水』と言うのもいたがそれはそれで『炎』、『風』と仲が悪かった。
見た目は人魚で海を縄張りにしていた。
他の者とは滅多に関りを持たない『霹』がいた。
彼が根城に下のは空だった。
種族は唯一の元人間であった。
そして、アヤザミカミが最も気に入らないのは『黒』というものらしい。
それは元神であり喰魔になったものであった。
見た目は足が三本ある鴉で、いわゆるヤタガラスと言う奴だった。
そしてこいつが他の者たちを神と肩を並ばせるまでに昇華した張本人だった。
紗奈は長老から話を聞いていた。
一刻も早く動きたいところではあるがここを出たのは半年前、急いでも変わらない。
情報を集めることにした。
長老にここのことを訊いてみるととある神話のようなものを教えてくれた。
正確には神話とは少し違うらしいが神々の世界だということは間違いないらしい。
伊織も同じことをここで知ったと言っていた。
ならば、聞くしかないだろう。
「――そして、その世界には、七の喰魔様がおられた。いや、まだそのころには喰魔という名前はなかったのじゃ。しかし、ある日、『黒』様が他の六柱の皆様と共に降りられたのじゃ」
そういって、集落に伝えられる壁画を見上げる。
「――天より落ちし光の柱は魔石を運ぶ」
壁画には空から落ちる光の柱が無数に描かれている。
あの日見た光景だ。
そのうち七つは魔石のようなものが細かく描かれていてきっとそれが喰魔石だとわかる。
それにしても少し気になった。
「落ちる?」
あの日の光景を見たからこそわかる。
あれは落ちるというより、降るに近い。
特に大きな意味はないがそう思った。
「あれはたしかに落ちたのじゃ。いや、落とされた」
そして、それを話すにあたっていきさつを話し始めた。
「七柱の皆様が喰魔へとなるにはまず理由があったのじゃ。当時のことが記された文献には神々との戦いの記録があったのじゃ」
そして、移り変わって、別の壁画へ案内される。
恐らく、先ほどのものより見る順序で言うのならばこちらが先なのだろう。
壁には先ほどの喰魔たちの特徴と一致する七柱と恐らく神々だろうと思われるものが描かれていた。
「原因は、七柱の皆方が神と同格に昇華されてしまったことが始まりだったのじゃ。神々はその性質上自身の力を貸すことがあっても同じ次元に至らんとするものには存在を許さない」
「だから、戦争?」
「そうじゃ。しかし、これはちと分が悪かった。七柱の皆様がいくら神々と肩を並べたとはいえそれは階級の話だったのじゃ。力の差で言えば古い神には遠く及ばなかったそうじゃ」
次の壁には追い詰められる七柱。
そして、その次に移る。
「七柱の皆様の依り代や身体は滅ばされてしまい、何とか精神体という不安定な状態でその存在を維持していたのじゃ。そんなときじゃ。わが集落の土地神である鬼神アヤザミカミ様が七柱の皆様に提案したのじゃ」
「提案?」
「その提案と言うのは自身の魔石化を可能とする術のことじゃ。それを使い離脱をする、そういう提案だったのじゃ。その代わり依り代を見つける必要があったり、行動に制限が出たりと不自由はあるものの七柱の皆様はその申し出を受けたのじゃ」
「ちょっと待って。たしか、さっきの話では鬼神と喰魔は仲が悪いって」
「それは少し違うのじゃ。アヤザミカミ様はあの方たちを気に食わないと言ってはいたが、それはその程度のことで他の神々のように存在の消滅までする必要があるとは考えていなかったのじゃ」
そういった長老を見て紗奈は更に問うた。
「さっきから気になってたけど何でそんなに詳しいの?詳しい経緯はまだわかるとして鬼神の細かな性格、そしてその様子だと直接愛ってるように見えるけど」
「そりゃあそうじゃ。直接聞いたことじゃしな」
そういって長老は話した。
実のところ伊織が鬼神に会えたのは鬼神から喰魔の気配を感じて話したいと言われたからだった。
しかし、そうでなければ本来そうやすやすと会話はおろか姿を見ること、存在を認識することさえ許されないのだ。
許されるのは巫女たるこの長老だけだった。
だからこそ、伊織は鬼神に話を聞いたのに対して紗奈は長老から聞いていいるのだ。
「で、落ちたってのは?」
「ああ、術をその時発動したんだが、まあ、いろいろあってな」
鬼神はそういって曖昧に返す。
「行使したのは実質的に俺と『黒』の野郎だ」
「なぜ二人も……いや、逆か。なぜ他の六柱は何もしない?」
「それは簡単だ。俺が神で『黒』も元神だからだ。あの術は神力が無きゃまず使えねぇ。まあ、そもそも神じゃなきゃ権限自体ないんだがな」
そういって、何処からか取り出したヒョウタンを呷る。
「それで、それに気づいた他の神は追撃を掛けるようにして『神柱』を落としたんだ」
「神柱?」
「あれだ。簡単に言うと魔石と魔物の輸送装置」
「もしかして、あの魔素で出来た光の柱か?」
「ああ、それ。まあ、あれは簡単に言うと喰魔が落ちた先で依り代となる存在を潰すためのものだな」
潰すと言われてよくわからなかった。
「なんで、それで魔石まで落とすんだ?」
「順番に話すから待て。まず、神はあいつらの進路を塞いだ。魔素のない世界に繋いだんだ」
そういって、また酒を一口、口に含む。
「魔素があれば万が一の場合、力の行使がされるかもだしな。んで、現地の人間に喰魔を邪魔するように魔石を送る。魔石は一個までしか使えないからそれで喰魔の入る隙をなくすわけだ」
「まあ、実際俺だけだっただろうなあんなことになったのは」
二種類の魔法は貴重らしいし。
「で、ついでに魔物も送って人間の量を減らすわけだ。しかし、誤算が一つあったのは確かだ」
「誤算?」
「ああ、まあ、本当に偶々だったんだろうが『黒』と『風』は違う地点に落ちた」
「違う地点?」
「実際には時点だな。約1100年はずれたっぽいな」
「あの日より前に魔石はあったってことか」
「まあ、そうだな。お前から見れば1100前か。人間にとっちゃ大昔ってわけだ。まあ、そのおかげで時間に介入しなきゃいけなくなった」
まあ、そりゃそうか。
片方だけ潰しても意味がない。
「それで、時間神の奴らに頼んだんだが、若干ずれちまったんだ」
「つーか奴ら?」
「それは良いだろ。まあ、一応有名なのが三柱いる。で、『黒』たちの方へそこら一体への魔石の転送。もう片方には惑星規模で仕掛けたわけだが、魔石と魔物の転送に差が出ちまった。『黒』たちの方に至っては魔物の大半が遅れなかった」
「何かあったのか?」
「ああ、そもそも、この世界の神は全知全能はいない。ここにいるのはそれぞれに特化した奴らだけ。まあ、それは良いんだ。手分けすれば」
「でも、何かあったと」
「そうだ、まず俺たちがお前らの世界へ干渉するには空間神の力が必要で更に時間神も使う。そこまでは良いんだ、でも、問題はあっちにも神がいたということ」
神と言って思い当たるのはやはり宗教的なあれだろうか。
「まあ、自我はなく、言うなれば、秩序といったところか」
「あ、そういう」
法則みたいなものだった。
「まあ、それで結果的に、お前ら視点だと魔石の出現から魔物が運ばれるまで結構な時間があったわけだ」




