158話 ■9話 A été dupe
王都に着いた俺はまず市民権を得るために泣く泣く持っていた首飾りを担保にして仮発行をしてもらった。
首飾りからは刀だけ出しておいた。
正直、あまり人に渡したくなかったが、まあ、仕方ないと思い、返してもらえるならと預けることにした。
流石異世界と言うかなんというか、冒険者ギルド的な『傭兵ギルド』なるものがあるようでギルド証があれば市民権の代わりになるらしい。
と言うことで来たのだが。
「よう、にぃちゃん!アンタ新人か?」
「ええ、まあ。今から登録しようかと」
ゴツイおっさんにそういわれて、登録しに来たのだと話す。
案外見た目通りではなく、優しそうな人だった。
「どうせなら俺が案内してやろうか?」
「いいんですか?」
「ああ、いいぜ。これもベテランである俺様の仕事でもあるからな」
そういって、高笑いしたおっさんに頼むことにした。
おっさんは俺を先導してカウンターに向かう。
カウンターには制服を着た女性が立っていた。
「よう!セルリ!」
おっさんは受付嬢に気安く話しかけた。
「なに?」
対する女性はぶっきらぼうに答える。
こういうのってニコニコしているようなイメージだがそうでもないのか。
まあ、海外の店とかでも場所によっては日本ほどはサービスが良くないとき聞くし。
「新人だよ。登録したいんだってさ」
「そう。じゃあこれ書類。書いて」
そういって出されたのは一枚の紙。
「名前と魔術を書くんだ。これを書いたら完了だ」
「魔術?」
聞きなれない。というか、あっちでは蒼介に訊いたときは存在しないと言ってたもの。
それを聞いてつい声に出る。
「なんだ?知らねーとは言わないよな?」
「いや、魔術くらい知ってるけど。俺そんなん使えないんですけど」
魔術と言えばほぼ魔法のようなものだろうから何となくは分かるが、使えるかと言われても無理としか。
と言うか、逆にこっちに魔法がない可能性もある。
てっきり、ダンジョンとかモンスターとかがこの世界から来ていたとか思っていたが同一の世界でない可能性もある。
「魔術が使えないだ?」
「はい……」
「そうか、まあ、時々いるけどよお」
「ないとダメなんですか?」
「ダメってことはないがちょっとモンスターを倒すのは苦労するだろうな」
正直、魔法で代用しようと思っていたが、それくらいならいいだろう。
少し、モンスターを倒しにくくなるくらいで、登録できなくなるわけじゃない。
「じゃあ、名前だけで」
俺は名前だけ書いて紙を差し出す。
『言語理解』あるため文字を書くことはできる。
「お!文字書けんのか!?」
「ええ、まあ」
「もしかして、いいとこの出か?通りでそのきれいな服を着ているわけだ」
そういわれて全身を見る。
確かに、ブレザーこそないものの、今の俺の服は制服で、周りの人たちのように汚れが目立った服ではない。
「別に、そこまでいいとこの出じゃないですけどね」
異世界で俺の服が高級品なんて都合のいいことがあれば貴族に扮しても良かったが、今の俺は只服が綺麗なだけだ。
取りあえずそういっておく。
「これがギルド証」
「あ、あざす」
そうこうしているうちに一枚のカードを渡される。
そこには大きく記号が書かれている。
元の世界で言うならアルファベットの『E』と言ったところか。
まあ、要はランクだ。
「昇格は試験を受けることになるから。あと、その前に実績が無いと受けられない」
「そうですか。ありがとうございます」
取りあえず、お礼を言っておく。
「よっし!じゃあ次は依頼だな!」
「依頼って薬草集めとか?」
「ククッちげーよ。ダンジョンだよ。ダンジョン」
おっさんは笑った後にそういう。
ダンジョンと言うとあっちの世界と同じ感じだろうか。
と言っても、俺はゴブリンのとこしか言ったことはないが。
「まあ、本当なら。依頼なんて受けなくてもいいが、こういうのは初めに覚えておくのがいいだろ?」
そういったおっさんは俺の首に手を回してズカズカと掲示板に近づいていく。
よく見る感じで乱雑に張られたそれから一枚をとってまたカウンターに戻る。
「これ頼むわ!」
「これ?そいつにはまだ早い」
「はあ?上のランクの傭兵がどうこうすれば行けるはずだろ?」
「え?ついてきてくれるんですか?」
「あ?当たり前だろ!」
おっさんはそういってくれる。
わざわざ、俺のためにここまで。
金が入ったら何かおごろうかな。
と言うことで、次の日、と、行きたいところだったが、ダンジョンへは今日行こうと言われた。
「すまんな。明日は用事があるんだ」
「いえ、ついてきてもらえるだけありがたいですよ」
そういってお礼を言っておく。
何の見返りもなくここまでしてもらって起こるわけにもいかない。
「で、ここは?」
「ここは、地下迷宮型の中でも一番深いと言われるダンジョンだ。まあ、流石の俺様でも中層までしか行けないがな」
ダンジョンと言っても俺のはいったことがあるものとは規模が違うらしい。
とは言っても仕組みは同じなのでこの世界のダンジョンがあっちに現れたかもしれなかった。
「あ、そうそう。このダンジョンには転移陣ががあって前に来た階層行けるんだ」
「そうなんですか?」
「そう、そして、俺様が同行すればお前もそこに転移できる」
おっさんは転移人に指を指す。
頑丈そうな石版に触れると発光しだす。
「でも俺、下の強いモンスターなんて倒せませんよ」
「いや、一旦行くだけだ。心配するこたねぇよ。転移先はセーフエリアだ。俺だってパーティ組まなきゃそんなところでモンスターと戦うなんてできねぇよ」
「でも、どうして?」
「そりゃあ、一回行けばお前も転移できるようになるだろ?そしたら何かと楽じゃねーか?」
そんなものだろうか?
まあ、言ってもセーフエリアなら危険もないしいいか。
そう思い、俺は石版に乗る。もちろんおっさんもだ。
次の瞬間視界がゆがみ薄暗い空間に出た。
ここが中層か。
とは言っても感動もないが。
俺が上の方で苦戦していたならともかくまだ戦ってもいない。
感動などしようもなかった。
――その時だった。
背後にいやな気配を感じ振り向こうとして、俺の背中に激痛が走った。
「ぐぁあ――!」
俺は転がりながら状況の把握に努めた。
あたりには血が。
でも、傷は浅い。
落ち着け。
なにがあった?
ここはセーフエリアだぞ。
「チッ避けんなよ」
そこでやっと俺をここに連れてきた男の仕業だと気付く。
おっさんは剣から血を滴らせながらこちらを睨む。
「どうして……?」
「あ?どうしてだ?はあ、これだからボンボンは」
そういって至極気に入らなそうな顔をする。
「あのなぁ?そんな上物の服着たガキがいたらそりゃ狙われるだろ?」
「上物って……これくらいの服は王都にはあるって……?」
そこでやっと馬車のおっさんに騙されたことに気付いた。
傭兵だから、汚れてもいいようなボロイ服でいるのかと勝手に勘違いしてたが違った。
きれいな服ってのは清潔な服ってことじゃなくて、高そうな服ってことか。
「ああ、それと変な気起こすなよ?さっきは転移陣は一度行ったとこに行けるって言ったがそれは自分で降りたところまでだ。だからお前はここから出られない」
わざわざ、説明してくる。
その方が楽に殺せるからか。
それとも絶望でも与えたいのだろうか。
「まあ、仮に俺を倒しても魔術も使えないお前じゃあここのモンスターに殺されて終わりだな!まあ、俺でも一人じゃ死ぬんだ。恥ずかしがることじゃねぇぜ!」
そういって、笑う。
そして満足したのか剣を持って近づいてくる。
「じゃあ、死ねや!!」
振り下ろされた剣は俺を狙うが俺だってそう簡単にあきらめるわけには行かない。
俺は持っていた刀でそれを受け止める。
「チッガキがァア!!!」
激高した男は魔力を集める。
恐らく魔術とか言う奴だろうか。
まあ、でも。
「《闇炎》」
遅い。
黒く禍々し炎が身を焦がす。
だが、そんなことは気にせず男を燃やすことに専念した。
火だるまになった男は醜く喘ぐ。
あぶられることにより激痛を催す。
筋肉の収縮によって骨が折れ。
それでもまだまだ彼は死なない。
いや、死ねない。
これは魔法だ。
燃やすのは魔力で酸素ではない。
窒息はおろか中毒ですら死なない。
とにかく燃え尽きるまで死ねないのだ。
唯一の救いはこの炎が消えない事だろうか。
二か月前。
ゼリホが消えた。
こいつは普段中堅パーティに属しているが黒い噂の絶えない奴だった。
彼が好んでするのは初心者狩り。
そして、彼が消えたあの日も登録に来た子供に教えるふりをしてダンジョンに連れ込んだ。
ご丁寧に依頼を受けてついて行かざる負えない状況にして。
大方、殺すなりして身ぐるみをはがすなりしたのだろう。
しかし、あの日以降彼は行方不明だ。
翌日彼を探していたパーティメンバーが騒いでいた。
当時は、それなりに話題にもなったがもうみんな忘れている。
当のセルリも相変わらず不愛想に働いている。
まあ、これにはそうするように上から言われいているため仕方なくではあるのだが。
余計なトラブルを起こさないためにはこうしなければならないのだ。
この世界では伊織のいた世界と違い。
丁寧に人と接するより不愛想に接した方が面倒が少ないのだ。
特に男関係で。
そんなこんなでもう二か月。
皆が忘れていたころ現れたのだ。
ゼリホが?
いや、違う。
そいつに連れられてダンジョンに行ったはずの少年が。
服はボロボロで上にマントのようにして魔物の皮を羽織っている。
行きに持っていた刀はモンスターの持っていたものに変わっていて、何より目を引くのが、赤い瞳だった。
濁ったような、その目はより濁りを濃くして、顔つきが変わっていた。
少年はカウンターまで来ると無造作に戦利品と思わしきドロップアイテムをカウンターに置いた。
収納されていたのは腰巾着型のアイテムボックス。
とても高価なものとされていて、持ち主は恐らくゼリホだ。
「これ、換金できる?」
彼は久しぶりにしゃべったのだろうかかすれた声でそういった。
つい凄みを感じて気おされそうになる。
「できま――できる」
敬語になりそうなのを無理やり直してそう答えた。
「ねえ、何処まで潜ったの?」
つい興味本位でそんなことを訊いてみる。
普段は必要のない会話はしないのだが気になってしまった。
「おっさんに中層まで飛ばされて、そこから上がってきた」
「中層から!?」
いつにもなく出た声も気にする余裕はなかった。
中層と言えばあの男がパーティを組んで向かうようなところ。
そんなところから一人で来たというのか。
「まあ、回復薬はおっさんがたくさん持ってたから」
驚いていたことに気付いてかそんなことをいう。
しかし、それは理由にはならない。
怪我以前に精神面の話なのだから。
あんな空間に二か月もいるなんて少なくとも自分は無理だと考える。
「これ、報酬」
「ありがとう」
計算が終わり取ってきた金を渡す。
彼はそれだけ言うと去っていった。




