153話 闇は炎の副産物でありながら血肉となる
第一試合が終わりを告げた。
結果は夜鳥五偉子の勝利。
彼女はまだ本気ではないようだし相当強いだろう。
『では次は第二試合です!!』
『次も楽しみなカードだね。私もわくわくしてきました!』
試合開始をする際はもちろん戦闘風景が映し出されるのだが試合の合間などは解説席の風景が映し出される。
するとこの二人が映し出されるわけで必然的に喜んだセキレイさんが映し出され――まあ、つまり喜びのあまり弾むそれが会場の男子の熱気を上げた。
しかし俺はそんなことはない。
俺は誇り高き男であるため紗奈以外の女性では堪えないのだ。
堪えないというか反応したら不味そうなので反応しない。
きっと反応した時が俺の死に時だろう。
「伊織君」
「ど、どうかしたか?」
いきなり名前を呼ばれ返答が上ずってしまう。
「伊織君もうそろそろ試合の準備した方がいいんじゃない?」
「あ、ああ、そうだな」
そういえばそうだった。
俺は第三試合だからこれから始まる試合のすぐ後だ。
どれだけかかるかわからないがもうそろそろ行った方がいいだろう。
「じゃあ、行ってくるよ」
「頑張ってね」
紗奈に送り出された俺は関係者通路から下の階に降りて控室に向かう。
迷いそうでもあるがネストに支給された端末が誘導してくれるので迷うことはなさそうだ。
というか廊下に点々と置かれたモニターもリンクしてナビしてくれるので地図が読めなくても心配なさそうだ。
まあ、室内で地図というほどでもないが。
控室は入れ替わりと言うこともあるが個数的に全員が入るだけあるらしく誰かと同質になることはない様だ。
「それにしても便利だな」
つい独り言をしてしまうがそれだけにいろいろと整っていた。
冷蔵庫にある飲み物から始まり、弁当、本があり家庭用ゲーム機まで置いてある。
運営はどれだけここで待たせるつもりなのかとも思ったが魔法の類を使う俺たち同年代の子供は割と傲慢になるのでそれくらいしなければならないのかもしれないとも考えた。
まあ、個人的にはこれらの類を要求するような人間ではないと思っているが、俺の生活力の無さやその他もろもろの欠点がこの方向に向いていたらありえなくもないのでそういう人も特段珍しくないかもしれない。
いや、よく考えてみたらこれらの欠点は元々だったような。
『第二試合が終了いたしました。第三試合に出場する選手は準備を開始してください』
そこでアナウンスが流れ思考は中断される。
俺は飲み物をもらい口の中に含んだ後ナビに従って進んだ。
『さあ、早いものでもう一回戦第三試合ですね。【鶺】さん』
『楽しい事って早く終わっちゃうよねぇ。でもでも、まだ始まったばかりだから皆盛り上がってくださいね!!』
更に会場が盛り上がる。
厚い壁がある此処からでもよく聞こえる。
それだけに人が多いということか盛り上がっているのか。
まあ、どちらにしてもここから出れば俺は開始の合図を待つだけだ。
光に目をつぼめながら通路から出る。
見上げれば人人人で圧巻だ。
正面から出てきたのは金高の生徒だろうか。
『では、第三試合!金高惣木霊兎選手対赤高津田伊織選手!試合開始!!』
開始が告げられた。
金高1年惣木霊兎と言えばだれもが知ると言わしめることもできるほどの人物だ。
円卓である。
佐梁千里という名前で少々かすれているがそれでも存在感を示すこの男は相当な実力者であった。
円卓で言えば三番手というところだろうか。
とは言え、二番手と言われる人物とは僅差であり完全な格下というわけでもない。
どちらが勝つかわからないと言えるほどには力が均衡していた。
そんな霊兎に対するは津田伊織。
津田伊織と聞けばこの会場にいる7分の一、その更に一部分の生徒は良い顔をしないだろう。
『新人戦』で彼は逃げたのだから。
彼らはそう認識している。
勝手に心酔して勝手に神格化したものたちは特にそうだった。
しかしそれは一部の割合だけであり他は違った。
そして、さらにこの会場で言うのならばそんな意識を持っている他校の生徒はゼロに等しかった。
そのうえで生徒たちの予想は惣木霊兎の勝利であった。
最近津田伊織の実力が本物だということは赤高以外でも広がっていた。
それだけに彼の知名度は高かったのだ。
しかし、それと実力は話は別であり純粋な戦闘能力では惣木霊兎に分配が上がると考えた。
『では、第三試合!金高惣木霊兎選手対赤高津田伊織選手!試合開始!!』
試合が始まればわかることになる。
彼の能力は霊能魔法。
闇属性の魔力を使い霊を具現化する。
「……来い」
彼が一言呟けば魔力によって受肉した巨大な髑髏が現れる。
まるでがしゃどくろとでもいえそうないでたちををしていることからその名前を与えられている其れは圧倒的な魔力を有していた。
『いきなり出ましたね!霊能魔法!』
『魔法って基本単純な現象を起こすものが多いから珍しいですねぇ』
「がしゃどくろ遣れ」
霊兎が静かに呟くとそれは動く。
矮小な人間を恐怖に陥れようと手を振り上げる。
しかし――
それを阻むのは紫炎。
津田伊織だ。
彼は動くこともなく炎を具現する。
そして、見ていた者たちも気付くことになる。
あれは津田伊織が得意とする《闇炎》と呼ばれるものとは違うと。
《闇炎》というのは意外と有名である。
謎の人狼とのバトルを繰り広げた動画の一番の盛り上がりどころともいえるそれはこの場にいるもので知らないものなどいなかった。
垂れ流される膨大な魔法。
黒く禍々しいそれは当時画面の前にいた人たちを魅了した。
今でこそ無駄遣いだということがわかる其れではあるがあの頃はただ単に圧倒された。
いや、今だからこそあの魔力量が異常だということがわかる。
そして、理論上彼がなぜ《闇炎》以外の際に出せる火力を出していないのかはずっと議論されてきた。
何故、あれ以上の火力を炎魔法の使用時にしないのかと。
できない理由が何かあるのかとも考えたがそれよりも気になって仕方なかったのは彼が《闇炎》の無駄をなくしてそれを放った時に出るであろう火力であった。
それが今目の前で再現されている。
炎は黒ではなく鮮やかでそれでいて怪しさを併せ持つ紫で渦を巻いて亡霊を火葬する火力は凄まじいものだった。
霊兎が焦りを見せて更に魔法を発動する。
「クッソ!龍神!」
愚かにも神を語るそれは、しかし龍にふさわしい威厳のある姿であった。
司るは水である。
闇属性でありながら霊能魔法を通してなら他の属性ともいえる芸当もできる。
それに加え実体化している髑髏はまだしも霊体のまま運用している龍神には同種の魔法しか届かない。
これが彼の強みであった。
応用も効き理論上大抵のことを出来るそれは無敵と言わざる負えなかった。
そして、紫炎を消そうと動いたところで彼は気付く。
燃えているのだ。
炎なのだから当たり前だとかそういう話ではない。
実体化していない龍神が燃え、霊が作り出した水までもが燃えているのだ。
『これはいったいどういうことでしょう!?』
『確か霊体には基本攻撃は聞かないはずよね』
「お、おい!何をした!」
彼にしては珍しく声を荒げる。
「なにって燃やしてんだよ」
意味が分からないと言いたげに津田伊織は首をかしげる。
見ればわかるだろうと。
「そうじゃない!同種の属性じゃないと干渉はできないはずだ!」
「いや、闇属性だろその魔力、ならできるし」
わからなかった。
彼の魔法は炎じゃないかと。
津田伊織は二属性を持つ術師だ。
それはすでに予想されて最近ではそれは皆の共通認識になっていた。
それでもこれは正式な情報ではないため霊兎の脳裏にはよぎらなかったのだ。
不確定な要素は排除するという判断は間違っていない。
しかし、今日、今に限っては悪手であった。
「あと話なげーよ」
痺れを切らした津田伊織は容赦なく燃やした。
彼の魔法は『暗い炎』であり『燃える闇』である。
であるならば闇と炎の両属性を持つこの魔法は霊に干渉ができるのだ。




