139話 科学者憎けりゃ白衣まで憎い
遅れて申し訳ないです。
モニターに映る体力ゲージがレッドを超えて0になると観客席から歓声のようなものと拍手が押し寄せるように耳をつんさぐ。
ちょっとムカついて、手加減しなかったがどうやらちゃんと怪我は負ってないようだ。
しかし、地面に伏せて起きてこないのが少し気にはなるが、審判がここは任せていいと言ってくれたので戻ることにした。
「伊織君お疲れ様」
「うん。紗奈もお疲れ」
早々に出迎えてくれた紗奈に言葉を返す。
抱き着いてくる紗奈を優しく引き離そうとするが離れない。というか、力が強い。
普段は、こんなことしないのになと思いながら紗奈を見るとなんか幸せそうだ。
幸せなのはいい事ではあるが、さっきここを抜けてから距離が近い気がする。
まあ、とは言え人のいるところに出るときには手を繋ぐだけで許してくれるようだ。
蒼介は飲み物を買ってきてくれたようで手渡してくる。
「サンキュ」
ありがたく受け取ると何故か紗奈が蒼介を睨んでいた。
「私が伊織君にしたかったのに」
ぼそっと何かを呟いたようだが良く聞こえなかった。
まあ、紗奈なら大事なことは何回でも教えてくれそうだから聞き返さなくても大丈夫かな。
――ジッ―ジジッ――
その時なにかノイズのような音が聞こえたような気がしてあたりを見渡すが何もない。
「どうしたの伊織君?」
「……何でもない」
大したことではない。
そう思って、今の言葉を返した。
だが一つ気がかりがある。
なぜか、今の音がこのあたり周辺からなっているようには感じなかったことだ。
さっきのはなんていうか、もっと内側というか。
それに、ノイズのような音なのにやけに生物的というか、無機物の出す音には感じなかった。
「左梁が勝ったてよ」
「へー」
「おいなんだよ、反応薄いなぁ」
隣に座る少年に話しかけるが思ったような反応が返ってこない。
いや、思っていたという意味でなら別に予想外でもないのだが。
「だって、分かり切ったことでしょ」
「お前友達いないだろ?」
「まあ、いないと言えばいないですけど、そういうアラキさんこそいるんですか?」
少年は難なく言葉を返して聞いてくる。
「アラキさんは高校中退らしいですけど」
畳みかけるとばかりに付けたされる言葉だが、アラキには効果がなかったようだ。
その証拠に、アラキは別のことを考えていた。
思い出すのは一人の友人。
「まあ、喧嘩中って感じだけど、それだけ仲がいい奴はいるぜ」
アラキは勝ち誇ったとばかりに言い放つ。
「それって、喧嘩別れしたってことですか?」
「まあ、そうともいうけど……でも、俺モテるし関係ないな」
「関係ないのは今の話でしょ。それに、何でモテるとか出てくるんですか?」
「はぁ?わかってねーなぁ。モテる奴ってのは人間性が優れてるんだよ」
「……人間性が優れてる?」
アラキに対して心底ありえないと言ったような表情を少年は向ける。
「おい、何でそんな顔すんだよ?」
「本当にモテたんですか?」
「信じてねーのかよ?俺だってよく女子とデートしてたんだぞ」
「で、毎回振られると」
「いや、振られてねーよ」
「じゃあ、ちゃんと付き合ったことはあるんですか?」
「まあ、そりゃ……」
アラキは思い返してみて気付いたがちゃんと付き合った記憶がなかった。
もちろんモテていたのは事実であるが、モテすぎるあまりとっかえひっかえしていたので最長三日しか付き合ったことがない。
というか、毎回デートだけやって、ついでにやることだけやって終わっていた。
「まあ、顔だけは良いのでモテてたのは嘘じゃないんでしょうけど、毎回泣かせてたんじゃんないんですか?」
「うっ」
頭にちらつくのは名瀬の顔。
というか、さっきからコイツ知っててやってるのではないかと思うほどついてくる。
と、アラキは思っているのだが友達についても恋愛についても言い出したのはアラキ自身だ。
しかし、何はともあれ、言われてばかりではいられないアラキも反撃に移る。
「お前だって、高校中退してんだろもう十七なんだから……ん?、あれ、お前散々俺のこと言ってたけど、高校どころか中学を中退してんじゃねーか!」
さらなる事実に気付いたアラキは叫ぶ。
自分が明らかに不利な分野で殴ってきていたことに驚いた。
自分のことを棚に上げて批判するとかネットじゃねーんだぞ、と。
まあ、あえてツッコませるために誘導していたのは流石にわかったので本気で思ってはないが。
「仲がいいのか悪いのか……でもそれぐらいにしといてください」
「ああ、ホウか」
背後から掛けられた声に応答し、声の主の名前を呼ぶ。
本名、右形ホウ。
阿木と共に端島を襲撃した人物の一人だ。
「卦都、お前もいい加減にしろ」
「はいはい」
ホウは少年――田梅卦都に注意するが適当な返事が返ってくる。
「すみません、アラキさん」
「いや、いいよ。阿木さんみたいに敬語を使われてもあれだし。それにこいつが初めみたいに俺を舐めてたらあれだけど今はそうじゃないし」
ホウは真面目過ぎるきらいがあるため、少し丁寧に説明する。
流石に今の会話をそのまま受け取ってるとは思わないが変な勘違いをされても困るので念のためだ。
それに、一番最初と比べればなんてことはない。
あの時は流石に舐めていたので少し力を見せてやったが。
「なら、いいですけど。阿木さんが呼んでいます」
相変わらず秘書みたいなやつだなと思いながら腰を上げる。
「ついてきてください」
今いるのは数あるうちのアジトではあるが、それでも道は覚えている。
しかし、どうやらホウはこういうことが好きらしいので案内させているのだ。
それに、今回は恐らく、アジトの中でも秘匿された場所であるためこういった役は必要なのだ。
通路を通り扉を抜けると開けた部屋に出る。
入り乱れた配管が壁を締め、さびれた雰囲気を醸し出している。
壁際にはスクラップのようなものが積み上げられている。
光源は高すぎる天井から日光のように降り注ぐスッポトライトだ。
何メートルあるかわからない天井にどうやって付けたのか、光が強すぎて固定部分を見て想像することもかなわない。
「アラキ、来たか」
阿木は軽くホウを労うと、アラキを見てそういう。
「呼び出したってことは準備ができたんですか?」
「ああ、あとは準備をしているタケルさんを待つだけだ」
アラキは待ちきれないとばかりに阿木に問い、それに対してそう答える。
「そう言えば、あいつらとはどうだ?」
「ん?ああ、【狐】の連中ですか?まあ、今は言うこと聞いてくれるくらいになりましたよ」
あいつらと聞かれてアラキは少年少女たちを思い出す。
卦都の時も思ったが、【狐】のメンバーは言うことを訊かない。
阿木の言うことは聞くのだがそれ以外の言うことには耳を貸さないのだ。
それでいて、若干知能、というより、精神年齢に問題がある。バカではないのだが、幼いというか。
タケルがその点は気にしないと言ってはいたが、本当に魔石の適性しか見ていない様なのだ。
とはいえ、力を見せるだけで認めてくれたのは楽ではあったが。
「で、相間は?」
本名、相間彰晃。
もと【Nest】開発部であり、2年前の青高文化祭で喰魔を呼び出すために画策した男だ。
ここに来るはずである相間の姿が見えなく、聞いてみる。
彼も恐らく呼ばれてるはずだ。
「ここにいますよ。すみません遅れました」
答えは当の本人から出た。
アラキはいることを確認すると軽く挨拶をするだけで目をそらす。
正直なところ好かないのだ。
馬が合わないというか、生理的に受け付けないというか。
外で使っている胡散臭い笑みと身内で会話するときの恐ろしく感情のこもった顔を見ているせいか、とても気味悪く感じる。
まあ、この件に関しては裏切るようなことはしないのは分かるが。
それともう一人受け付けない奴がいるのだが。
「アラキ君、私の心配はしてくれないのかい」
噂をすればと言ったところか完璧なタイミングで出てきたのは異常に顔が整った男だ。
「そういやな顔をしないでくれませんかね?私はあなたたちに今までたくさん協力してきたでしょう?」
そう言うのは、如月涼月だ。
魔石を専門とする研究者であり、その分野における権威ともいえるほどの人物である。
ここには、【鳰】との一件の後に、家が抑えられ研究成果と引き換えに入り込んだ。
ある意味では古参だ。
「ほら、さっき話していた【狐】の子たちだって、私の力がなければ見つけられてなかったでしょう」
事実だ。
実際、適性を調べるなんてことができるのはこの世で多々一人、この男だけだ。
親和性を確かめることができたからこそあのメンバーを集められたのだ。
「その節はどうもありがとうございました」
阿木が代わりにお礼を言う。
とはいえ、直接的に世話になったのは阿木なので変ではない。
「いや、気にしないでくれ。私としても興味深かったですしね」
涼月をしても自分のしたいことをしたまでであったため本心だ。
「まあ、そんなことより私は話したいんだ。七月二十八日。来るべき日の計画をね」
涼月は興奮気味に言葉を放った。
全く関係ないけど自転車で並走するのはやめようね。
二人なら気づいてないんだろうなとかは思うけど、四人は許さん。




