13話 安田浩二41歳自宅警備員
今までで1番長いらしい。
12月23日動画サイトにある動画が投稿される。
タイトルは『待って、いきなり現れた狼とうちの生徒が闘ってるんだけどwwwwwwwwwwwwww』となっている。
無駄に多い"w"とその後につけられた、頭の悪そうな文を際立たせる。
そんな動画を発見した、安田浩二41歳自宅警備員は少し気分を害し低評価と批判的なコメントを書いてやろうとサムネイルをタップする。
サムネイルには中学生くらいであろう男子生徒とその手には刀のようなものが握られている。
盗撮のようだし顔ぐらい隠してやれよと少年に少し同情する。
そうえば、ネットでも魔法だ何だと騒いでいたなと思い出す。
広告が流れ動画が始まる前に低評価を押しておく。
どうやら同時視聴するような形式らしくライブ配信のようにリアルタイムでチャットが打てるようだ。
「なら、チャットで荒らしてやるか」
ちょうど後数分で始まるようだ。
水を飲もうとしてコップをとり、空のコップだったことに苛立ちを覚えながら椅子のすぐ横に置いてあるダンボール箱から、天然水を取り出し直接口をつけ飲む。
「ちっ、ぬりーなぁ、つぅか、待機人数多くないか?」
同接、300人越え。
割と多いななんて思いながらカウントダウンが始まったのを確認する。
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1
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「始まった」「キター」「カウントダウンうざくね」「お、始まったな」「つーか、広告うざい」「これ盗撮じゃね?」「同じ学校だから大丈夫だろ」「いや、広告なかったら、無料で見れんだろアホか」
カオスだな、よく考えてみれば安田浩二42歳自宅警備員は同時視聴なんて、今まで推しの配信くらいしか見た事なかった。
もちろんチャットなど推しへの労いの言葉と「草」「助かる」「てぇてぇ」くらいしか書いたことがない。
安田浩二41歳自宅警備員は舐めていた。
コメント欄がカオスな動画は見たことあるがチャットになるとまさかここまでとは。
そもそも、安田浩二41歳自宅警備員が動画や配信を見始めたのはつい半年前だ。
そんな、安田浩二41歳自宅警備員にはここで書き込むのはハードルが高すぎる。
「なんかいきなり空光ってね」「俺も家の近くで似たようなの見たわ」「あれSNSで話題になってたやつ?」「俺んとこ遠くからしか見えなかったから新鮮だわ」『俺そもそも家出ないから知らない』
「は、はは、書き込んでやったぞ!」
安田浩二41歳自宅警備員は喜ぶ。
ちなみに、一ヶ月は外出てないから本当だ。
「嘘乙」「こどおじきも」
安田浩二41歳自宅警備員の心は傷付いた。
こんな世界知らない。
ゆかりんの配信ではそんなこと言う奴はいない。
だか、安田浩二41歳自宅警備員はめげない、何故ならば安田浩二41歳自宅警備員は並みの安田浩二41歳自宅警備員ではないからだ。
だか、今しばらく休憩だ。
「ぐっろ」「なんか変なポーズしてた男の子の手取れたんだけど」「腕チョンパ」「変なポーズw」「変なポーズはかわいそう」「ホワッ」「なんだあれ」「おれしってる!おおかみだ!」『CGだろ』――――――
今度こそと安田浩二41歳自宅警備員はチャットを打つ。
この手のものには、こう返すのが良いとゆかりんの配信でも行っていた……多分。
これなら批判されないだろう。
「情弱乙」「ニュースくらいみろ」――――――
ダメだったようだ、安田浩二41歳自宅警備員の心はまたもや砕け散った。
「奥になんか、赤いのいねぇ?」「ほんとだ」「武器も持ってね?」「お、狼が赤いやつを囲ったぞ」「あれ、化け物同士仲良くないの?」「化け物って……首飛んだ!!」「首チョンパ」――――――
「なんかグロくないか?」
ちなみにだが、安田浩二41歳自宅警備員にグロ耐性はない。
「なんか棒突き刺した」「ウホッ」「ウホッ」「ウホッ」「棒から、し、黒いのが」「なんか死体飲み込んだ?」――――――
「うわ、もう魔法じゃん」
「なんか黒くなったカッケェ」「俺もあれ浴びたらかっこよくなる?」「首再生してるけどどうなってんだ?」「俺もあれ頭につけたらハゲ治る?」「俺の頭も?」「あ、僕のもいいっすか?」「あ、俺試したことあるけど、もっと周りからに人いなくなったで」「んなわけ」「どっから取ってくんだよ」「本当だって家の近くの電柱の脇に落ちてたから、画像より茶色い気がしたけど多分肉眼なら同じ」「いや、多分お前つけたやつ、うんk」――――――
「つーか怖」
もはや、安田浩二41歳自宅警備員にらコメント欄など見えていなかった。
画面越しでもかるじる威圧感。
何でこいつら平気なんだろうかと思う。
それは、安田浩二41歳自宅警備員が特別なだけで一般人にわからないのも仕方なかった。
この威圧感は極めて魔力的なものであり、本来ならある程度魔素に触れたもの、例えばモンスターとの戦闘、高濃度の魔素への接触などを果たさない限り感じることはまずない。
それを無くして、と言うか外にすら出ていなく空気中魔素にほとんど触れたこともないことを考えればそれは才能とも言えた。
安田浩二41歳自宅警備員は気付くことなく、この子供部屋で少なくとも親が亡くなるまでは過ごすつもりであるため多分日の目は見ない。
「狼こっちきたぞ」「投稿できたからには無事だろうが逃げるくらいしろよ」「はっや」「何処にだよ」「せめて窓際から離れろって話」「負傷者結構出るんじゃね」「たすかに」「いや、負傷者は3人とかしか出てないぞ」「あ、関係者か?」「ネタバレすんなよ」「殺すぞ」「コメ欄怖」――――――
コメント欄が殺気だってるが、安田浩二41歳自宅警備員は黒くなった狼の殺気に怯えていた。
「こ、こぇ、直で見たら失神しそう」
「お、なんか上の回から飛んできたぞ」「人?!」「なんか刀持ってて草」「つうか、四階から飛び降りて突き刺すとかエグくね色んな意味で」「ぜってぇいんきゃじゃん」「津田伊織、13歳、中1、インキャ、多分友達一人」「個人情報くさ」「絶対本人の許可取ってねぇだろ、面白いから良いけど」「やっぱ中一だよな、身体能力どうなってんの?」「ガキだな」――――――
安田浩二41歳自宅警備員は驚いた。
生身の人間ではありえない動き動きに素人臭さが残っているがそれを上回る身体能力でゴリ押ししている。
「おっ、火出した」「かっけぇ」「俺も出したいな」「俺の髪も魔法で何とかなんないかな」「魔法は単一属性なんだろ、そいたら無理だろ」「残ってる数本の毛を燃やすだけww」「そしたら神属性探さないとだな」「つよそー」「わざわざ、それ手に入れて髪生やすだけは草」「よし、いくか」「いくな」「手に入れたら俺も生やしてくれ」「こうして彼は去っていった」「そして、この後彼を見たものはいなかったと言う」「草」「草」「草」――――――
「すげぇ、カッケェ」
その頃安田浩二41歳自宅警備員は津田伊織のその姿に魅入られていた。
中学生なんて可愛げもなくイキっててうざいだけだと思っていたが、安田浩二41歳自宅警備員はその考えを改めた。
「おっ倒した」「すげぇな」「俺でもできる」「氷?」「イケメンだぁ」「ウホッ」「ウホッ」「ウホッ」「ひ、火の子も悪くないよ」「火の粉みたいで草」「悪くはないが、イケメンではない」「ただ、魔法のせいで俺はイケメンじゃない方に惚れている、火のほうがかっけぇし」「あ、氷だろ?」「ヤンのか?オラ!ア?」「てめどこ中だこら?!」――――――
「カッケェ」
安田浩二41歳自宅警備員はもはやそれしか言えなくなっていた。
少年が刀を振り回すたびに舞う炎か、よりそれを引き立てる。
「なんか、鎖もつええな」「地味だけど」「日高蒼介、イケメン、男女共にモテモテ、炎のやつの唯一の友達、あと殺す」「イケメンw」「最後私情混ざってて草」「蒼介様の棒が!」「槍な」「炎のやつほぼぼっちじゃねえか、仲良くできそうだ」「お前今日から友達な」「これ実際どっちが強いの?日高君と……ヅダ君だっけ?日高君はサポートに回ってるっぽいけど」「空中分解させようとしてて草」「俺らにわかるとでも?」『津田伊織様のお名前を間違えるとはけしからん!』「なんかヤベェ奴いる」「さっき、CGだろ、とか言ってた奴だよな」「魅入られてて草」――――――
安田浩二41歳自宅警備員はもう一度言うが既に魅入られていた。
というか、さっきまでの記憶はない。
いわば、新安田浩二41歳自宅警備員となった安田浩二41歳自宅警備員にはチャットなど恐ろしくもない。
「なんか、炎と一緒になんか漏らしてね?」「なにあの黒いの」「え、本当にうんkだったのか」「だから言っただろう、電柱脇で拾ったと」「おい、帰ってきてるじゃねぇか」『津田伊織さまはうんこなどしない』「おい、直接言うな」「やっぱやべーな」『津田伊織様はトイレに行かない!』「昔のアイドルかよ」――――――
「なんか、炎と混ざって黒くなってね」「俺も昔やったなダークフレイム」「確かに、俺は黒炎だったが」「足はっや」「炎で加速してんのか?」「普通バランス取れなくね」「顔面でスライディングする未来しか見えん」「刀折れたぁ!」『津田伊織様ぁァァァ!!』「うるせえ」「あれ、もう一本」「どっから出てきた?」「アイテムボックス的な?」「魔法だけじゃないのかよ」「まだ、発表されてない又は発見されてない説」『津田伊織様ぁァァァ!!ご無事で何よりです!!!』「こいつうっせえな」「次は……大斧ォ?」「デカくね」「もてなくね」「動かせなくね」「持ってるしうごいてるうぅ?!」「お、一撃浴びせた」「ん?」「あれ?」「無傷?」「てか、どこ行くんだ」「刀じゃねあれからなんか出てたし」「いま、すごい音しなかった?」「めっちゃ飛んだ」『津田伊織様ああああああ!!!!』――――――
安田浩二41歳自宅警備員は発狂した。
コメントはもう音声入力に切り替えている。
「あ、おわた」「なんか、引きづられてったぞ」「あ、後ろにイケメンが」「なんだ、ただのイケメンか」『日高蒼介様、ありがとうございますぅぅう!!』――――――
安田浩二41歳自宅警備員はみくびっていた。
イケメンだからといけ好かないと思ってしまった自分が恥ずかしい。
聞けば津田伊織様の唯一認められた友達だと言うではないか。
『二人とも最高ううう!!!』「でも、もう近づけないだろ」「いや待て、津田のよこ」「ちゃっかり、刀取ってて草」「さすが、イケメン」「イケメン関係なくて草」「でも、あの二足歩行狼どうすんだ?」「つうか、なんか、楽しそうにじゃっべってんな」『どうか、私目にもその御声を!!!』「敵前だろ」「もう死にそうだから諦めたんだろ」――――――
「なんか、動かなくね」「怪しいな」「なにあの女の人」「津田伊織発狂」「どうした、美人見ておかしくなったか?」「【鳰】と言うらしい、こう見えても男」「お、男?」「そんな、いや、むしろ良い」「それな」「と言うか女よりいい」「ひぇっ」――――――
「校庭から離れて何すんだ?」「なんか策でもあるんじゃね」「なんだ、あの光」「かべ、というより、馬鹿でかい円柱か?」「あれを狙っていたのか?」「驚いてるし、違うんじゃね」「あっ、狼だ」「なんか、津田伊織に尻尾振ってね?」「はぁはぁしてる気もする」「もしかして」「欲情?」「なついてる?」「欲情じゃねぇよ」「なんか楽しそうにダイブしたな……あっ」「あっ」「あっ」「あっ」「あっ」『津田伊織さまあああああああああああ!!!!!!!』――――――――
安田浩二41歳自宅警備員は絶望を感じていた。
だが、そこにまだ光は残っていた。
「津田伊織は次の日つまり、今日の朝生存確認されてるらしい」『よかった生きててええええ』「生きてたんか我」「よかったな」「ちなみに、場所は位置情報によると、他県の郊外」「何故そんなところに」「壊れてんじゃねえの」「あれじゃね、世界各地での大規模転移」「あー、ニュースでやってたな」「日本は比較的少ないっぽいけどな」「海外はえぐいって聞いた」「海外は広いからたくさんなっているだけだろ」「知らんけど日本って割と大きくね」「そんな大きくもないだろ」――――――
「転移?」
安田浩二41歳自宅警備員は首を傾げた。