124話 風を銘肌鏤骨
すっかり夜も明けるころ。
タケルは林を歩きアラキに聞いていた小さな神社まで歩いて向かう。
案外近かったようですぐに目的地に到着する。
もう人も寄り付かないような神社に来るとそこに一人膝をつく少年がいた。
「よう、かなめ」
タケルは空虚を眺める【鳰】に近づく。
「……どうしてここに」
【鳰】はゆっくりと首を回すとこちらを見る。
タケルが来たことを認識したのかそんなことを言う。
「ちょっとな」
タケルは何でもないかのようにそういい【鳰】の隣に腰を下ろす。
「ほら、コーヒーでも飲むか?」
そう訊くと返事もせずに弱弱しくそれを受け取る。
「どうしたかなめ。失恋でもしたか?」
少し冗談めかして言ってみたが少しビクリと反応して見せる。
「まあ、いいか。少し用があったんだ」
「オレに……?」
「そっ」
【鳰】の頭をなでる。
「今までありがとな」
そういって彼は能力を発動した。
彼の発動した能力は言うなれば神の力。
他の神を呼び出そうとし。
昼神家の人たちを生贄として呼んだ神から授かったもの。
本来ならばアラキでなければできない技だがそれは発動だけで実際に呼び出すのはある程度タケルでも調整できたためアラキがいなくても発動で来た。
しかし、なにかがいけなかったのか呼び出したのは想定した神とは違った。
だがそれでも神の力には変わりないきわめて強力なものだ。
使用するのは記憶を操る力。
正確には制限する力。
いつぞやに【鸛】が言っていた力の回数というのもなんとなくわかる。
恐らく与えられた回数は二回。
昼神家で使用したのが一回、そして今から使用するので二回目となり弾切れとなる。
とはいえ、本来手に入れようとしていたものではなく偶々手に入れた力なので惜しくはない。
タケルは器用に能力を上手く加減をしながら使用する。
一回目でほぼ完全に力の使い方は分かっている。
制限する記憶は喰魔石に関する記憶と阿木について。
正確にはフヅキが所有しているという記憶。
喰魔石についての資料の情報やフヅキについては忘れることはない。
そして阿木については作戦の要になる可能性が高いため消しておく。
「こんなとこか」
神の力と言ってもというか、だからこそというか。
きれいさっぱり消すのは簡単でも細かい事は難しい。
タケルに出来るのはこのくらいが限界だった。
「またな、かなめ」
意識を失った【鳰】をその場に寝かせて歩き出す。
タケルも今や追われる身、そう悠長にもしてられない。
「これから暫し俺らは身を潜む」
タケルはアラキたちに合流しそう宣言する。
「それでなんだが阿木は戦力強化のために新しい人員を探してくれ」
タケルの言葉に阿木は頷く。
「人数は集めなくていい。回収した魔石に適性があるものをまず集めてくれ。多少精神が未熟でもいい。あとは適当に頼む」
「わかりました」
阿木は頷くと魔石を二つ手の上で転がす。
「あとアラキだけど」
「俺は強くなりたいんで自分で行動してもいいですか?」
アラキは何か考えるようにそういう。
「まぁ、いいだろ」
タケルはあっさり了承する。
戦力を強化するという意に従っているため何も問題はない。
「じゃあ、阿木は仲間を集めたら組織として活動できるように適当にそいつらを運用して慣らしといてくれ」
「了解です。【弧】とは違う組織としてまずは運用します」
「あ!あと名前決めましょうよ」
アラキはひらめいたように言う。
「名前?」
「そうっすよ。【弧】以外にも新しく組織を作るなら名前が必要でしょ」
「なにか候補はあるのか?」
本当はあまりこいつに任せたくないが仕方ない。
もともと【弧】もアラキが考えたのだ。
曲がった【巣】を正すためにこの名前にしたのはいいが、読みがユミだ。
あえて読んでいるのだが無知をさらしているような気分になる。
「前から決めてたんですよ。阿木さんの組織が【狐】で俺は一人だから【孤】ね」
「全部こじゃねーか」
「でもいいでしょなんだか統一感あって」
そういうアラキだがタケルからすれば見間違えやすいだけだと思った。
翌日。
記憶を失い倒れていたと言うタドルに【鳰】は会いに行った。
「初めまして、タドルと言います。幹部と聞いてましたが随分若いんですね」
別人のようなタドルをただ見返す。
「ああ、気分を害さないで頂きたい。何故か名前と【巣】のことは覚えていますので年齢に疑問はありません」
そういったタドルは何故か苗字は思い出せないのに不思議ですよね、なんて言う。
「単刀直入に言うが俺の部下にならないか?」
此処に来る前にタドルは今までのような力を出すことはできないと聞いていた。
しかし、それでも幹部の部下としての実力は残っている。
何も情だけでそう言ったんじゃない。
そう思うが実のところただの我儘だったのかもしれない。
「ええ、喜んで」
そうして元昼神家当主タドルは一介の幹部の部下に成り下がった。
数か月後。
【巣】は【Nest】へと名前を改めた。
そしてアラキの妹である美紀は市問家に引き取られた。
二人の親がいないということと市問家と仲が良かったこともあるが幹部部下であるシトイの死亡により美紀を迎えその事実を忘れたかったのかもしれない。
そして彼女は兄のあとを継ぐように【Nest】幹部の部下となった。
それと同時に幹部トンナの死亡後後釜としてその息子――ハヤトはトンナとして同じく部下になった。
「美紀ちゃん」
「うん」
「俺、魔物も悪い奴も皆倒すよ」
「うん」
「それで絶対俺と同じような思いをする人が出てこないようにする。美紀ちゃんは?」
「私はお兄ちゃんみたいな人たちを助ける」
「助ける?」
「うん。お兄ちゃんだってそんなことするような人じゃないもん。あ、もちろん隼人君も助けてあげるよ」
「俺はいいよ……」
ハヤト――トンナは笑った。
『名前覚えるの大変かと思いますけど案外一度覚えちゃえば基本的に人が変わっても血縁関係の人が来るのでそれ以降は楽ですよ。ほら、例えば私の息子が来てもトンナでしょうし』
【鳰】がいきなり自己紹介で名前を覚えられるか、なんて考えていた時にトンナが言ったセリフだ。
「ホントにその通りになったな」
【鳰】は一人呟く。
「ど、どうかしたんですか」
「いや、何でもない」
【鳩】に聞かれはぐらかす。
「それにしても驚きました。案外乗り気だったんですね」
そういって【鳩】は【鳰】を見る。
というのもあの任務が終わっても【鳰】は女装をしたままだった。
それどころか【鳩】にやり方を教えてくれと頼んだのだ。
まあ、【鳩】は嫌がるどころか感動したのだが。
「まあな。この姿くらいしかアイツとのつながりがないからな」
【鳰】はある顔を頭に思い浮かべる。
「じゃあ、今日はここまでです。【鳰】さんの上達が早いのでもう一人でも結構できるようになりましたね」
【鳩】の言葉に「まあそうだな」と頷く。
「それよりこれから幹部会議じゃないか?」
「あ!そうでした」
【鳩】は忘れてたのかそんな声を上げる。
「先行くぞ」
【鳰】はそういって部屋を出ていく。
「待ってました」
部下の名瀬が声をかける。
「悪いな」
【鳰】はそう短く言い歩き出す。
歩いて行くとドアの前に立つ男たちが見える。
彼らは会議中如何なる邪魔も入らないようにこの部屋を守るものたちだ。
それゆえに一級。
側まで行くと男たちはドアを開ける。
「どうぞこちらへ」
「ああ」
そして開かれたドアに足を踏み入れた。




