122話 戦況は糾える縄の如し、而して運命は絡み合う
人ごみを掻きわけヒカリを見つける。
「ヒカリ!」
足を捻ったのか足を抑えながらうずくまっている。
「ごめん……足捻っちゃって」
ヒカリは助けに来てくれた喜びと反面トシユキの足手まといになってしまった申し訳なさでうつむく。
「何で謝るんだよ。無事でよかったって話なのに」
そんなことを言いながらトシユキはヒカリを背負おうとしてその身で覆いかぶさった。
「え?ちょっトシユキ君!?」
正直トシユキがしたいならなんて思ったのもつかの間、強力な気配にさらされる。
「――ぐっぁあああああ!!!!」
トシユキは苦痛に顔をゆがめ叫ぶ。
しかし、ヒカリにもその痛みは十分にわかった。
何故なら庇われていてもなおヒカリは感じたことなない激痛にさいなまれていたから。
後方で起きているのは鬼神アヤザミカミの召喚。
本来術者が受けてもひるむような気配を一般人が受けたのならどうなるだろう。
答えは死ぬ。
良くて後遺症どまりだろう。
しかし、稀にそれ以外の結果になることもある。
それは術者では到底起こらない現象。
ただの純粋な人だからこそ起こる奇跡。
トシユキを襲う神力はトシユキの肉体を分解し、再構成して行く。
そして、それはすべて置き換わる前に反応が終わる。
先ほど言った通りただの人でしか起きない現象。
神力によって置き換えられた体の人間は只人ではない。
だからすべて置き換わらずに途中でまるで耐性がつくように反応は止まる。
そして、庇ったヒカリも死んでいない。
鬼の神力が解放された時間はおよそ0.03秒だ。
トシユキのような反応が起こらずともほぼ神力を受けたのはトシユキのため無傷だ。
しかし、意識がないことを確認するとトシユキはヒカリを所謂お姫様抱っこをしてさっさと退散した。
「阿木君どう?」
そう訊くのは先ほどシトイと戦っていた式使いの男だった。
「トンナの死体から魔石を回収。妖刀ほうも回収しました」
硝子魔法の魔石と先ほどトンナを刺した刀を見せる。
「あいつは死んだか」
「ええ、しかし、計画通りシトイの土の魔石も手に入ってます」
案外部下を倒すのは簡単だった。
いくら能力を二つ持っているからと言っても完全に使いこなすことはできていない。
むしろ両方中途半端と言えた。
もちろん強いのだが何かに秀でたものには勝てない。
そしてこの男もそうだと阿木は考える。
式の使い手としては強いが求める物とは違う。
そして無造作に引き金を引いた。
銃程度では効かないはずの術者の胴に穴が開く。
「ガハッ……?何故?」
「【弧】のリーダーであるタケルさんからの命令だ。これからの【弧】にはお前は必要ない」
阿木は吐き捨てるように言った。
【鳰】たちは近くの林に入り一端休んでいた。
休憩と言っても疲れたとかではなく作戦を考えていたのだ。
それにフヅキの事情も聴いていた。
「だがそしたらフヅキが喰魔石を持ってるわけじゃないんだな?」
「はい、その筈です。それに恐らく父が最近夢中になってるものが喰魔石というものだと思います」
フヅキは恐らくそうだろうと考えていた。
フヅキは今腰かけている小さな神社の柱をさすりながら考える。
それだけの物を手に入れたのならあの変わり様にも納得がいく。
「それに実は私、今までは魔石を使わされてなかったんですけど。用済みなってどうせだからと思われたのか最後に使わされたんです」
「魔石の研究をしてたんだろ?なんでそこで初めて魔石を使うんだよ?」
魔石の研究をするのだから使ってみなければデータは取れないだろうに。
そう思っての発言だったがフヅキは首を振る。
「いえ、私の実験は魔石の親和性を調べる実験でした」
「親和性?」
「はい。親和性はどれだけその魔石と相性がいいかとかどれだけ力を発揮できるかとか様々な数値をひっくるめての総合値の高いものを基準としたもので、それを調べるのに直接魔石の使用の必要はありません」
「聞いたことがない」
【鳰】は【巣】に入るにあたって様々な資料を読み込んでいる。
実力がないからせめてと思いしたことだがその情報は知らなかった。
「正直私はかなめの所属する組織については良く知りませんでしたが父がこの技術を公開していなかったことは聞いています」
そのせいもあって長年外出できなかったんですけどねとフヅキは言う。
確かに情報をまき散らすような真似はそうしないだろう。
まあ、適度に学校には怪しまれないようにいかせてた様だ。
十分怪しいが不登校を頑張って直していると言えば一年に数日しかいなくても意欲は伝わり家に押しかけてくるようなことはないだろう。
「で、作戦だが。何とかこの事実を伝えアラキに――」
「いえ、私をその喰魔石の所有者として封印してください」
【鳰】の提案を遮りそんなことを言い出すフヅキ。
「なんでそうなる?」
「そうしないと百パーセント、かなめとアラキさんが戦うことになっちゃうでしょ」
この事実を話してもまず信じてはくれない。
フヅキを封印すれば一時的に争う必要がなくなる。
そうすれば何か良い方法が見つかると考えていた。
「それは仕方ない――」
「そんなことありません。かなめ、さっきあなたアラキさんと話していた時どんな顔してたか分かってます?」
そんなことを言われてもわからないと思う【鳰】。
「とても悲しそうな顔してましたよ……」
フヅキこそ悲しい顔をしている。
フヅキにはそれだけの思いがあった。
「どうしてそこまで……」
フヅキは【鳰】が作戦のために近づいているのを知ったうえでなお心配をしてくれている。
自分の身を捧げてまで。
一時的に戦うだけで解決するかもしれないのにそれすら自分の命と引き換えにして。
そう引き換えといてよいほどだった。
だって【鳰】が封印を解かなければさいあく出てこられない。
完全に命を預ける状態だ。
「そんなの決まってるでしょ」
そういって顔を近づける。
「好きだからですよ。結婚したいくらいには」
唇に柔らかな感触が当たる。
「とはいえ、私の前に男の子として現れてくれなきゃですけどね」
フヅキは立ち上がり冗談めかして「来世に期待かな」なんて言う。
それがなんだか【鳰】にはとても――
「さあ、追い付いてきたようですよ」
初めに出会った時のようなおろおろした雰囲気はなく、むしろこちらをリードするように手を指し出してくる。
【鳰】はその手を取り。
「そうだな」
ただ、それだけを呟いた。




