112話 白秋
「それにしても【鳰】さんにあそこまでさせなくても良かったのでは?」
【鳰】の部下であるスキタはあのとてもいやそうにしていたまだ二十にもならない上司を思い浮かべた。
まぁ、それも仕方ないともいえるのだが。
女装の趣味があるならともかくそうでないならばしたいとは思わないだろう。
なまじ顔がいいだけに女装ということを完全に差し引いても美少女の部類に入ることだけが救いだろうか。
スキタとしてはその女装がいかに失敗していようともバカにしたり笑ったりするような趣味は持ち合わせていないが【鳰】本人としてはそういった点で悩む必要がなかったことは幸いだろう。
そもそも、見抜けないほど完璧だからこそ、この役になったのだが。
「まぁ本人の意思がないのにやらせるのは良くないよね」
そんなスキタの声に言葉を返したのは【鸛】だった。
彼は【鳰】を連れてきた人物でありながら今回のことを見越してか【鳰】の情報を遮断した張本人だった。
そのせいで【鳰】の顔を知らないものは幹部にだっている。
話は変わるがなぜ【鳰】の部下であるスキタと【鸛】がこうして話していることには理由があった。
本来、幹部の部下というものは自分の上司以外の幹部とは接触しない。
しないというよりそんな機会がない。
部下というものは幹部に常に付き添い行動しているからだ。
ではそんな部下である彼が――部下たちの中でまとめ役を担っている彼ほどのものがここにいて話をしているかと言えば【鸛】に直々にお願いされてのことだった。
お願いとは簡単に言えば【鳰】の現状報告などだった。
もちろん【鳰】からの報告も聞いているが客観的な視点は必要だった。
それに【鳰】ではなく部下の様子に至っては上司よりもはるかに詳しい情報がわかるだろう。
例を挙げるとすれば名瀬だ。
名瀬は部下の一人で仕事ぶりは優秀そのものだ。
そんな彼女だが【鳰】などの目上の者には比較的敬語を使ったり丁寧な態度をとるがアラキなどの自分と同じくらいあるいはそれより下の者に対しては分かりやすく口調を変える。
そんなことは至極当たり前のことだしそのおかげで仕事仲間同士での距離感が縮まりやすいまどいい結果は出てるが【鳰】の立場からでは見えにくいものだった。
対してアラキのような誰にでも同じような態度をとるものは【鳰】からでも様子がわかりやすい。
それはどちらがいいというより(正直名瀬のほうがいい)ということでもないがこういったこと話知るためにはスキタのような常に全員と関わるような人物が必要だったのだ。
こういった情報を得ることで【鸛】はいつでもサポートできるようにしていた。
「ですが他のものを使えればよかったのですが」
やはりそう思ってしまう。
そんな様子のスキタを見て【鸛】が口を開く。
「でも仕方ないよ。君だって知ってるだろ。今回の任務は今までの一般術師のための任務ではない」
【鸛】の言うとおり、これまでの任務は慣れない【鳰】のために気配された比較的簡単な任務であり部下たちの実力をもってすれば一人でも過剰戦力なところを八人全員を使い処理していた。
しかし、今回の任務は【鳰】の顔が割れていないという理由だけで選ばれたわけではない。
「今回の任務には現自在確認されている二つの喰魔石のうちの一つそれに大きくかかわる情報の入手も入ってる。そう簡単に外部の調査会社に頼めるものでもない」
外部の調査会社と言っても通常のそれではない。
それは魔法およびその他の異能の調査のために作られた組織でありもちろん構成員もこちら側の人間だ。
であるならば問題ないという考えは全くの逆だ。
なぜなら、喰魔石というものはそれ一つだけであらゆる魔法的組織に対して抑止力になる。
それ一つだけで組織のパワーバランスが崩れる。
なぜ、【巣】が一大勢力と言われるのか。
なぜ、政府から独立した程度の集団が千年以上も力を持っていたのか。
それは、【巣】――当時【烏合之衆】と呼ばれた時代から現在に至るまで喰魔石を保有していたからだ。
そんな代物だ。そう簡単にそれにつながる情報があることすら悟られてはならない。
「それに数年後とか案外嬉々として女装してそうだと思うけど」
「そんなことないと思いますけどね。相当嫌がってましたから。でもこの格好なら先日の様子を見るに部下たちの士気は上がりそうですけどね」
「まぁ、たしかに」
【鸛】は見てきたかのように思い浮かべた。
「なぁ、聞いたか?」
「なにが?」
変装をといてソファに自分の身体を預けた【鳰】に対してアラキが声をかける。
「あれだよ。俺シトイさんから聞いたんだけど【巣】が変わるらしいじゃん」
アラキの口から出たシトイは同じく部下の一人で年齢は十九の少年のことだ。
アラキ――正確には稲津家と市問家は付き合いがあり家同士が仲がいいそのせいもあってアラキはよくシトイと話しているようだった。
「ああ、オレも少し聞いた」
当たり前に話だが幹部の方が情報が入ってくる。
そのためその程度のことは知っていた。
「というか幹部は本来ならその会議に出席していて当然なんだがな」
今回名前を決めるにあたって幹部は全員出席した。
【鳰】は情報を洩らさないために出席しなかったが。
「まぁ、話だけは聞いてはいたが」
「じゃあ、話は早いけどさ。どうよ?」
「どうとは?」
「そりゃ名前だよ」
そんなことは【鳰】もわかっているが、それに対しての感想などなかった。
「だってさ、【Nest】だぜ?」
「だぜっていわれてもな」
だから何だと。
「えーなんか微妙じゃないか?」
「そうか?【巣】も大概だろ」
というか生まれたころから【巣】という存在が人生の中心にあったアラキたちはどうか知らないが、【鳰】からすれば【巣】ってなんだよって話である。
なんか、貫禄もないしダサくね?と。
まぁ、【Nest】も直訳だがこっちはありそうだし。
「でも【Nest】って直訳だろ?」
アラキも同じことを思ったのかそういう。
「あーでも」
そこでふとあることを思いついた。
部下であるアラキと違い【鳰】は幹部であり直接情報を得られるため会議の流れまで知ってるのだ。
それがどうしたという話ではあるのだが。
「この【Nest】って名前【鴉】の娘が英語がいいって付いたらしいぞ」
これは裏話ってやつだが背景には【鴉】の娘もかかわっていた。
たしか今は四、五歳だっただろうか?
「え?もしかして俺殺される?」
アラキの顔色が一気に悪くなりそんなことを口走る。
「いや、そりゃねーだろ」
そう【鳰】は思ったのだが。
「お前知らねーのか?【鴉】は娘に甘いって噂」
「知らねーし噂かよ」
「それだけじゃねー他の幹部も相当甘いらしい」
そうなのかとぼんやり考えた時に【鳰】ふと気づいた。
「そしたらオレ幹部の中でも新参者で発言権ねーから助けられないな」
仕方なく差し出すことにしようと付け足す。
「ひどくね?」
そんなことことを言うが第一会話が訊かれてないので大丈夫だろう。
そこでポケットから携帯が震え取り出す。
「お、愛しのハニーからか?」
「ハニーじゃねーしあっちは俺のこと女と思ってるだろ」
「知らねーのか?俺前に女子高に前にナンパしに行ったとき女同士のカップル見たぜ」
「そういう話じゃねー」
「ちなみに滅茶苦茶釣れた」
「きいてねーし」
「話聞いてたら男に飢えすぎて正直誰でもいいと言われたときは泣いたが」
そういえば真面目に返してしまっていたがよく考えたら高校に通っていた時はほぼスルーしていたと思い出す。
本当に家族がいなくなった今人に飢えてたりするのだろうか。
「夏祭りか……」
「おい、聞いてる……ってもしかして誘われたのか?」
メッセージアプリには『夏祭り一緒に行きませんか?』と書かれている。
「そうか……もう春か」
「ちげーし夏だ」
今の季節は夏だ。
「たしかに俺の妹より遅いし夏くらい妥当か」
「そういう意味じゃねー。てか妹――えっと美紀ちゃんだっけ」
【鳰】はおぼろげな記憶をたどる。
たしか鳰家の屋敷に行くときにエンカというスーパーの前で会っている。
「そうそう、付き合ってはないっぽいけど仲良くしてる子が……」
話しながらアラキが視線を移す。
そこにはコップを持ったトンナがいた。
トンナは三十くらいのイケオジだ。
「もしかして話の邪魔をしたかな?」
「そんなことないですよ」
アラキはそういう。
「それは良かった」
「トンナはドリンクサーバーか?」
「はい、そうです。コーヒーを」
トンナはコップを持ち上げそういう。
ドリンクサーバーと言ったが実は今いる場所はちょっとした休憩スペースだった。
そこにさぼりに来ていたアラキと【鳰】がいたのだ。
【鳰】は仕事はほぼ終わらせた状態で休んでいるのだが。
ちなみにドリンクサーバーという名のポットとインスタントコーヒとかではなくガチの奴だ。
「あ、そうそう今美紀の恋愛事情を話してたんですよ」
「トンナは知ってんのか?」
【鳰】はいきなり妹の話をしだしたアラキにそういう。
「ああそれは多分相手がうちの息子だからでしょう」
答えたのはトンナだった。
そういえばトンナには息子がいるとこの前任務の時に聞いた。
初めは緊張をとかそうとしてくれたのだが話し続けたので黙らせた。
ちなみに男で中学生だ。女子ならともかくこの年頃の男子でかわいいだのなんだの話していたのは珍しいと思った。
「そんなつながりもあるのか」
【巣】は家同士のつながりもあってこんなことは珍しくないのだが【鳰】にとっては新鮮だった。
ちなみに【Nest】の名称に正式になるのはもう少し先だ。
「ええ、美紀ちゃんには仲良くしてもらって助かってます」
「そんなことないすっよ。あ、こいつメッセージで如月フヅキに夏祭り誘われたらしいですよ」
アラキは自分のことのように謙遜してから話を戻した。
「おめでとうございます。これで任務も順調ですね」
トンナは想定より【鳰】が対象と親しくなれていることを喜んだ。
「でも、もう夏ですか……」
時間が過ぎるのは早いなぁと呟く。
すでに【鳰】が来てから時間が経ち夏になっていた。
今はすでに夏休みにも入ってる。
その証拠に学生勢は普段は学校が終わってから本部に来ていたのだが今は朝早くから集まっていた。
「それはそうと返信はなんてしたんですか?」
「あ、やべ」
トンナの言葉でまだ自分が返信していないことに気付く。
「おい、既読無視はまずいだろ。急いで送れ」
「ああ」
とりあえずオッケーの返事を送る。
するとすでに既読が付き楽しみにしていると帰ってきた。
「お前、これ多分返信忘れてたらまずかったな」
「任務がおじゃんになるとこだった」
ふうと気が抜ける。
「ですが結果オーライですよ。せっかくですから楽しんできてくださいね」
「楽しむ?」
トンナの言葉に首をかしげる。
【鳰】には今の言葉がわからなかった。
「【鳰】さんは高校中退でしょ。しかも一年の春。まだテストだって受けてないのに。そしたら楽しい事とか経験する機会を失ってしまったわけでしょ。体育祭も文化祭も修学旅行だって。術師の家に生まれたって体験できる者なのに……」
トンナはこのころにしか体験できない数々のことをふいにしてしまって可哀そうだと思っていた。
そもそもこの道を選んだのは本人ではないのだ。
「だからどうせ同年代の女の子とデートするんです、もちもん任務には変わりありませんが楽しんだっていいでしょう」
「そんなもんか」
「そんなものですよ」
「そういえば中卒だったなオレ……」
「……」
そんなことを今更思い出した。
前半文章増やそうと頑張ったけど後半は面倒くさく……
自分が望んでないのに青春がないってやだですね。インキャも同じこと思ってますよ。インキャもなんの定めかどれだけ望んでも青春は手に入りませんから。ぼっちなんてもっと悲惨ですよ。誰も話せないから常日頃の業務連絡すら来ない。




