111話 正式名称だと思っても商品名だったことは多々ある
頑張る(つむり)
「はぁ、やっと終わった」
【鳰】はぐったりとした様子で背もたれに体重をかける。
さっきまでクッション性抜群の椅子で寝ていたのだから疲れの一つや二つ取れていも良いと思うがそんなことはなかった。
むしろ先ほど目覚めてからの方が疲れが増している。
「やっぱ似合うな。【鳰】」
アハハ!と豪快に笑うのは元高校の友人であり、現在部下であるアラキだった。
そんな彼が似合うと言ったのは今の【鳰】の格好である。
そしてそれだ【鳰】にとっての疲れの原因だった。
「笑い事じゃねぇぞ」
こちらの気も知らずに笑う様子に苛立ちを覚えそうになる。
「でもやっぱこう見るとお前を女子だと勘違いしたあいつの気持ちもわかるな」
その話をしていた時は笑っていたが、今になってその時の学友の気持ちが少しわかるような気がしたアラキだった。
対する【鳰】はその本人と面識ないどころか今現在は在学してないので少し懐かしいくらいの感想しか抱かなかった。
「本当は私が出来ればよかったんですけど……」
その声をたどるとアラキと同じく部下である名瀬が近くまで来ていた。
名瀬はこの二人より1つ上の年齢の少女である。
「私だと顔が割れている可能性があるから……」
名瀬は申し訳なさそうに言う。
というのも、今回接触を試みる如月フヅキという人物は多かれ少なかれ【巣】という組織の存在を知っているものだった。
フヅキは【巣】を支援していてこちらの事情を把握している者の娘だった。
そして、【鳰】の部下たちは巣の中でも実力者の中でも優秀な者たちであった。
なにも適性があるというだけで幹部の部下という地位につけるわけではないのだ。
本来部下であるものは実績がないと基本的になれないのだ。
ほぼ実績がないのもがなるとしたら魔物が人の目に触れるほど世界にあふれた時くらいだろう。
とどのつまりアラキですら優秀と呼ばれ組織内でも有名であるという事実からわかるように幹部の部下である限りこの任務には向かないのだ。
ちなみにアラキは同年代の中で飛びぬけて優秀であり組織全体で見ても上位に位置する実力者である。
そして、なぜこんな大物を何人も従えている幹部である【鳰】がこの役をやるかというと、前述の条件に当てはまらない――つまり組織内でも顔が割れてないのだ。
それはいきなり組織に入ったこともあるが何よりこの組織内で彼の情報はかん口令が敷かれている。
それは厳重なもので性別年齢すべてが秘匿されている。
ちなみにこれは一時的なものだがこれを促したのが【鸛】だということを【鳰】は知らない。
「いや、仕方ない。オレしか適任者がいなかったんだ」
そう、今回の任務は【鳰】しか適任がいなかった。
本当に完全に情報が辿れないのは彼一人くらいだった。
「というか何か用があって来たんじゃ?」
彼女はあまり仕事が終わらないうちにだべるタイプではないのでそう訊く。
少ない期間だが一緒に仕事にいて気付いたことだった。
「そうでした。稲津、アンタまだ仕事終わってないでしょ?」
用があったのはアラキの方だったようだ。
本人はやっべって顔してる。
「もうちょっと休憩……って、うぉっ」
なんとかもう少しさぼろうと説得を試みたアラキだが話のキャッチボールすらボールをキャッチしてもらえず手を牽かれ退場した。
「じゃあ失礼します」
そういって名瀬はぐいぐいとアラキをひっぱっていった。
「かなめさんでもそうやって怒ったりするんですね」
フヅキは意外そうに笑う。
そんな声をかけられ意識を正面へもどす。
【鳰】ではなくかなめと名乗っているのは組織内で【鳰】という名前自体は情報が出回っているからだ。
「オレだって人間だしな……」
そんな感情のない化け物にでも思われているのだろうかと【鳰】は思う。
「いえ、変な意味じゃないんです。なんていうかクールな印象があったというか」
今度こそ不快にさせたのではないかと弁明する。
それに服装も可愛い系というよりカッコいい系だったことや顔つきをみてなんだか大人っぽく見えなんだか感情をむき出しにしなさそうだなとイメージ付けをしたいた。
「それに服装もなんですけど口調も男の子っぽいし」
そんなことを言う彼女だがこの発言から【鳰】がかなめが普段の口調で話していても男だとバレていないことがわかる。
しかし、なぜ、明らかに違和感が生じるであろう口調を使っているのかと思われるかもしれないがこれにも事情があった。
女装をするにあたって注意することは口調の他にもいろいろあった。
【鳰】は【鳩】に言われた通りに注意事項を守った。
まずは立ち方やまた膝の角度、仕草、様々なものがあったが、それらを見事にクリアした。
そしてフヅキとの初対面の際も完ぺきだった。
仕草もろもろから偶然を装った出会い方まで。
しかし、それらを完璧に行うことは簡単なことではない。
そしてミスった。
初対面の第一声。
抑揚も仕草も完ぺきだった。
しかし、1つ、口調だけが問題だった。
同時にさまざまな自身の文字道通り一挙手一投足に至るまで意識を張り巡らされていたせいで注意が散漫になったのか口調くらい練習するほどのことのねぇと思ったのがいけなかったのか普段通りの口調で話していしまった。
結果的にはなぜかフヅキには受け入れられたのだが。
「なんか、こんな反応するなんて新鮮な気がするな」
トシユキは購入したコーヒーをすすりながらそういう。
カフェに入った経験なんかなかったトシユキだが一人じゃなければ流石に購入の際ミスらなかった。
しかしSML以外のサイズ表記は某カフェだけだと思っていたがそこ以外でも使われていたことに驚愕した。
「そうだね。普段学校ではそれこそトシユキくんが言ってたように完璧美少女って感じだったからね」
そんな姿を見ていたからこそあの女性を前に慌てたり様子をうかがっていたことに驚いたのだ。
ちなみに、今いる場所はあの二人の入っているカフェの隅の席。
そこにカップルのていで潜入していた。
そのせいで――というかそれとカフェに入るという初めての経験でトシユキはすでにボロボロだった。
嘘でも恋人の振りができたことの喜びで計審を保っている状態だった。
「というか中に入って正解だったな」
外では会話が聞こえないので当たり前だが情報省の差に違いがある。
外のガラス越しに除いたほうが姿は見やすかったが、今回ばかりは見るより聞いた方が早かった。
「そうだね」
そして、やはりカップルとして入れたことが何よりも良かった。




