110話 洗濯物から長い髪出てくるのは正直だるい
「はぁ……」
【鳰】はふとため息をつく。
【鳰】は疲労ののたまったせいか凝り固まった自身の肩をもむ。
「大丈夫ですか?」
対面に座る少女にそういわれキョトンとする。
「何が?」
「いえ、ため息をついていたから気になって。余計なお世話でしたか?」
少女はつい口出ししてしまったことに悪く思った。
まだ、数度のお茶の場だが踏み込み過ぎてしまったのかと考えながら。
だが、【鳰】は今の発言で自分がため息をついてしまったことにやっと気づいた。
そして、自身の疲れように内心驚愕しながら言葉を返す。
「いや、そんなことはない。自分でも気づいていなかった」
「そうですか?少しなら慣れし過ぎたかと……」
「そんなことねぇよ。ってか、これくらいで怒る奴なんていないと思うけど」
「そうですか……?」
そこまでかと思うほどに心配する少女に目を合わせる。
「ああ、そうだ。むしろ喜ぶのが大半だと思う」
【鳰】はそういう。
元来、親などの行き過ぎた過度な心配は子供からすればうざったく思えてしまうこともあるが、そんな関係性のない【鳰】がらすれば怒るなどという選択肢は『心配』という言葉を前にして皆無であった。
心配性の親がいなければ家族を失わずとも似たような感性を抱く可能性はゼロではないが【鳰】はその比ではなかった。
「そうですか……!」
ついに三度目の同じ言葉の使用に踏み切った彼女だがその表情はさきの二言で見せた不安が混じる表情ではなく、屈託のない笑顔だった。
「まぁ、今怒りたい相手は他にいるしな」
【鳰】は鬱陶しい長い髪をかきあげ、タイツで隠れたすらりと伸びる脚を組み替える。
そして、こんなことになった原因、【鳰】と同じく幹部である【鳩】を思い浮かべた。
そして、対面に座る少女――フヅキは首を傾けた。
数日前。
「おい、おかしくないか?」
気分よく眠っていた【鳰】が起き、一番最初に言った言葉がそれだった。
無駄に寝心地の良い椅子に座りながら彼は対面をのぞき込む。
長い髪に整った顔――それは美少女だった。
だが、この目で美少女を拝めて幸せ、というわけにもいかない。
なぜならば、【鳰】の目に映るのは紛れもない美少女ではあるがそれ以上にそれが鏡の中に映るのが【鳰】という事実は、時代、環境、感性によっていとも簡単に変わる評価よりも普遍的なものだった。
「に、似合って……ます!」
そして、【鳰】のそばに佇む少女――【鳩】は正反対ともとれる感想を述べる。
しかしそれは必然なことと言えた。
なぜなら、この結果は【鳰】が確実に嫌がることを嬉々として【鳩】に行った結果だったからだ。
その実、【鳩】はとても満足していた。
【鳩】はその恐ろしいほどに凹凸のない身体であることや目立ちたがらない性格も相まってぱっと見芋っぽく見える。
しかし、それは目立ちたくない一心で地味に見えるように身だしなみを整えていた結果だった。
その行動があえてのものだと気付くためには彼女の服装や装飾などをひとつひとつ切り取ってみた方がわかりやすいだろう。
そのひとつひとつが選び抜かれそして何一つ目立ちすぎることなく存在感を放っている。
そして、逆に埋もれることもない。
その技術ともとれる絶妙な感覚で成り立っていた。
とはいえ彼女も派手なものや、人の目を引くファッションが嫌いなわけではない。
むしろ好きであった。自身が着るとなると話が変わるだけで。
そして、そんな時、【鸛】から新しく幹部になった【鳰】が変装のツテを探しているから協力してくれないかと頼みが来た。
【鳰】といえば少し前に遭遇した時のことを思い出す。
下手な女子より綺麗な顔をした男、そんな印象だった。
そして、思いついたのだ。
女装させて自分ではできなかったファッションを【鳰】で試そうと。
そうして引き受けた【鳩】だが当初思い描いていた派手なものはできなかった。
そもそも女装ですら拒否しそうな印象だったので眠った隙を見計らい無理やりやったのだった。
とはいえ、不満な出来ではなく、それだけに集中したおかげか結構いいものが出来ていた。
強いて不満な点を挙げるとするならばまさかの顔が綺麗すぎてメイク入らずだったことだろうか?
まさか【鳩】もノーメイクにするとは思わなかった。
その分細部にこだわったのだが。
「似合ってるとかじゃなくて、何でこんなことになってんだよ?」
今回の任務はとある少女との接触。
決して、更衣室に忍び込んだりするような性別が限定されたものではなかったはずだ。
「女の子は知らない男の子に声かけられてもそう簡単にはついてこないです」
【鳩】は憎ましいほど整った顔面をぶら下げてる【鳰】から目を離しつつそういう。
「それに、今回は相手も警戒してる可能性を考えれば同性である方が警戒されにくいと……思います……」
だんだん声を小さくしながらそういう。
そもそも、仲良くなるにしても同性の方が接触しやすいことは間違いない。
男から話しかけられれば警戒もしやすいし、快く受け入れたとして意識されやすい事には変わりない。
しかし、どんな理由だとしても小さくなっていく声には効力が半減していく。
「でも、他にもあるんじゃないか」
だから、相手の意見を言わせる隙を与えてしまうのだが。
「とりあえず服はこれにしましょう」
「いや、まて――」
「あ、こっちがいいですか?でもこれはあまり合わないと……」
今この時においては関係ないようだった。




