103話 屍鬼
「【巣】に属しているものなら知っていると思ったけど、まぁいいか、僕は幹部【鸛】、用件は……そうだな、昼神かなめを殺しに来た」
「あ?」
目の前にいる少年の言葉に本人でなくタケルが声を上げる。
「?……ああ、ごめん。君のことは知らなかったから」
そんなことを言う少年は申し訳なさそうに笑う。
「――まぁ、でも、まずはこっちかな」
【鸛】は一歩踏み出す。
「いくら幹部と言えど――」
こちらを相手にしようとしない行動に苦言を呈そうと口を開いた。
いくら幹部と言えど先ほどのかなめの命を奪うという発言は看過できない。
それに幹部というなら尚更だ。膨大な力をもつ幹部ならば人ひとり殺すことくらい簡単なことだ。
だから、事情を詳しく聞こうとしたのだが。
「じゃ、一瞬でいくから。痛くはないと思うけどね」
すでに自分を追い越し背後に、更にはかなめの横を通り過ぎようとしたあたりでそう言った。
【鸛】は手のひらに光を灯し、かなめの胸に当てる。
「――ッ!?」
そして、それを認識する前に身体の活動が停止する。
その瞬間、昼神かなめは死んだ。
「か、かなめ。おいっ、かなめ!」
放心していたアラキだが我を取り戻し、駆け寄る。
身体を揺するが反応はない。
アラキは混乱の中で原因たる【鸛】を睨みつけようとしたところで、その相手は口を開いた。
「ああ、蘇生させるから大丈夫だよ」
そういえばとばかりに少年はそういった。
「――ッ!本当なんですか?」
先に説明しておけよと思いながらも、大事なことなので余計なことを言わず問いかける。
「本当だよ。申し訳ない。何度もしてると説明を忘れちゃうんだ」
何度もこんなことする機会が訪れるのかは謎だが今はいい。変なことを言って気が変わっても良くない。
「まぁ、でも許してとは言わないけど仕方ないんだ。完全に一度殺さないと、装ってもバレちゃうからね」
【巣】の術師の中のごく一部には自身の身体にある術式を埋め込まれている者がいる。
それは、生死を感知する術式。
昼神かなめは、旧鳰家の人間でありながら一般社会に属そうとしているものである。
そのため彼は監視対象であり術式が埋め込まれている。
この術式であるが正確には生死を感知するだけのものではない。
大まかにいうと行動を監視できるというものであり、例を挙げるなら、昼神かなめが妖力を使用した履歴もすでに残っている。
そして、生死はこの監視されている行動の1つであるに過ぎないと言えるのだが、この生死においては重要な役割を担っていた。
それは、生死によってこの術式のオンオフを判断しているということ。
つまりは、被術者が死亡した場合、術が解けるということだ。
そして、再び蘇生しても術は発動しない。
なぜならば、証拠を残さぬように術式は完全に消されるからだ。もし仮に完全に消滅しなくとも一度解けた術は壊れ使い物にはならないが。
「――ああ、でも、肝心なのは完全に殺しきらないといけないことなんだよね」
長々と説明していた【鸛】はそういう。
「要は、心臓を止めただけじゃダメってわけ。それこそ、心臓止まってから、心臓マッサージで息し始めて解けたらバカみたいだしね」
そういって、かなめの胸にもう一度手をかざす。
「それこそ本当にこと切れてからじゃないと」
再度、手が発光し、かなめの身体が痙攣する。
「がッ――げほっ、げほっ」
胸に手を当てられた次の瞬間、自分が倒れこんでいることに気付く。
「――いったい何が?」
近くにいたアラキが説明してくれる。
事情を大まかに理解した後、タケルが口を開いた。
「それで、どうやったんです?」
先ほどの態度とは変わり、敬語で話しかける。
敵対する相手でもないし、先ほどの話を聞く限り偉い人のようだと察したかなめはこの態度の変わりように納得した。
それはと対照的に不思議そうな顔をして【鸛】は口を開いた。
「さっきから喋らないから驚いたよ」
不思議そうな顔をしたのはそういったわけのようだ。
確かにかなめも少し違和感を感じていた。
意識を取り戻した時だって、いつもなら「大丈夫か」くらい声をかけてきてもおかしくないはずなのにかなめが起きたとたん目を離した。それはまるで、かなめではなく蘇生術自体を注視していたように見えた。
「まあ、簡単に言うと時間を巻き戻した、かな。ああ、でも君にはできないよ。というか、体が耐えられない。適正……というか組み合わせ的にね。僕だってこれで打ち止めだし」
「打ち止め?」
「そんなに気になるの?……まぁ、いいけど。簡単に言うとこれは神様から借りた力だからストックがなくなって使えない。それと、もしストックが残っててももう耐えられないし、限界を超えて使ってもまず不発に終わる」
「なぜ、そんなものをオレに?」
かなめは思わず質問する。
だが、そんなものをなぜと思うのも当然だろう。
「なんていえばいいかなぁ、う~んと、これからお世話になるからかな?」
「お世話?」
よくわからないことを言われ、首を傾ける。
「それも言ってなかったね。君を殺したのは他でもないんだ。それは君に幹部――つまり【鳰】として【巣】属してもらいたいんだ」




