100話 鬼神アヤザミカミ
100話だ。やったー
主人公?
居ませんけど
「――おい、……おい、聞いてるか?」
いきなりかけられた声に顔を上げる。
視界に映るにはアラキだ。今は登校中、こいつ以外に話しかけてくる相手はいるはずもない。と、言ってもアラキと合流するのは学校からさほど離れた場所ではなく話すと言ってもごく短い時間の間だけだが。
「いきなりなんだ?」
「いきなりじゃねーよ。てか、話の途中にいきなり上の空のなる方がおかしいだろ!」
いきなりではなかったようだ。
まぁ、どちらにせよ、それこそいきなりどちらがおかしいとかの話はしていないのに人をおかしい扱いするのはひどいだろう。
「で、なんだ?」
「はぁ、いやいい」
「(面倒だな)」
「おい、口に出てるぞ」
いつの間にか心の声が出ていたようだ。
「そんなことより、お前大丈夫か?」
「だから話を聞いてなかったのは悪かったって」
こいつここまで面倒くさかったか?と内心思いながら適当に謝る。
もちろんこいつが面倒くさいのはいつものことだが、今日はなんていうか、しつこい。
「そうじゃねーって。行動もちろん気になるけど顔色だよ」
「……顔色?」
「そうだよ。お前今日鏡見たか?ひどい顔だぞ」
そこでふと昨日のことを思い出す。
そして忘れていたはずのあの日の記憶が一瞬にして頭を駆け巡る。
自身の能力により感知してしまった敵意がよみが――
いや、もうすでに何年も前にこんな恐怖克服している。
今更恐怖に飲み込まれるわけがない。
「……悪い、ちょっと顔洗ってくる」
かなめはできるだけ平生を取り戻した顔でそういった。
「……かなめ」
普段通りのトーン。普段通りの口調。
どれだけ本人が普段通りに努めたとしても完璧はない。
そんなことにアラキが気付かないはずもなかった。
すでにかなめは、"普通"ではないのだから。
結局かなめは早退した。
自身はそんなつもりは一切なかったのだが様子のおかしいかなめを見た周りが早く帰った方がよいと教師に勝手に伝えて引くに引けない状態になってしまった。もちろん同じクラスであるアラキも帰るように言っていた。
比較的真面目に過ごしてきたこともあるが、それに加え病気などにはなったことがなかったため早退など小中高合わせての初の経験であった。
「それにしても気遣ってくれた割に歩いて帰らせるんだな」
いや、迎えに来るような人は端からいないのだが。それでも何かあると思っていたかなめは一人そんなことを呟いた。
今は平日の昼間一人でしゃべっていても誰にも聞かれることはない。それをいいことに更に言葉が紡がれる。
「はぁ……表に出さないようにするくらいとうの昔に出来るようになったと思っていたんだが……」
完全に隠せていたと思っていただけに、昼神の者にもこれを見られていたかもしれないと思うと、今すぐそこのアスファルトにドリルで穴でも掘って入りたいくらいだ。
「いや今なら妖力でも使って掘れるかもな、ははは、……はぁ~」
現実逃避をしようとしてまた掘り返すとはなんとも滑稽だと自身でも思うが、それでもこんなことが言えるくらいに回復したとも取れなくもない。多分……いや、きっとそうだ、そうに違いない。
そう思うことにしたかなめは自身の家までの道を思い描きながら再度足を動かし始めた。
同日午後七時頃。
昼神家儀式場。
冬でないとは言え、この時間になればさすがに外は暗くなってくる。
それはこの儀式場も例外ではない。
正確には、この儀式場は屋内に位置するため昼夜問わず暗がりが空間を占めているので実際のところ前述とは関係ないけれど。
そんな暗がりの中に2つの人影があった。
両者ともにフードのようなものがついた服を着ている。
「タケルさんわざわざありがとうございます」
キ
「いいよ別に。アラキが気にすることじゃない」
先に話しかけた男の名前は稲津荒喜。かなめの友人にして術師の家である、稲津家の息子であった。
そして、それに答えたのは昼神尊琉だ。こちらもかなえに関係した人物であり、昼神家次期頭首であった。
「さっさと始めるか」
「はい」
タケルの言葉にアラキがうなずく。
今宵い行われるのは契約の儀である。
式神契約と呼ばれ、それが成功すれば使い手がどんなものであろうと一流と言われるほどに強力なものであった。たとえ、異能の存在すら知らぬただの人間であったとしても。
とはいえ、此処にいる二人はそういった力のいわば専門家。そんなことが起こるはずもなかった。
今回契約する式神だが、実のところ陰陽道で言うところのそれとは違う。
根幹にあるのはそのシステムだがこれは独自に発展した術であった。
「いきます」
アラキが儀式を始める。
一方タケルは後方に下がっている。というのも今回昼神は土地を貸しただけでこの術の関与する気はなかった。
そもそも、関与しようにも、この術はいわばお家芸、稲津の家の者以外には成功させることはできない。秘術でありながら違う家の者であるタケルを同席させることができたのはいくら研究しようにも模倣することは叶わないものだからということもあってのことだった。
そんな代物であるため、唯一関与できるのは妨害して失敗させることくらいだった。
「――――ッ」
床に敷かれた紙、そこに描かれた陣が反応し、発光する。
すでに準備は整っている。あとは降りてくるのを待つだけだ。
今回降ろすのは異世界の神であるという鬼神アヤザミカミの力の一端だ。
一端と言えども並みの術師では対処不能の領域にあるため出入口は結解によって封鎖されている。通例であれば鳰家が封印術を張るのだがすでに家はないため代わりの者が張っている。
青く輝いていた陣が赤く彩られる。
「――アラキ!」
「わかってます!」
いつ出てきても良いようにアラキは構える。
赤く輝く光は粒子となって宙を舞い、そのカタチを象る。
鬼。
そうとしか表せないものが今この瞬間この世に姿を現した。




