第94話 たきつける
パーチメント王国へ帰港すると、私はエフィの言ったように、すぐにギルドへと向かった。
ペッグは、あれで意外と忙しいとのことだったので、やってきたのは私一人だ。
人もまばらな建物内で、私はすぐに目当ての人物を見つけた。
ウェバリーの方も私に気づいたようだ。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「私、ラキュアです」
「っ!? え……!? そ、そう……」
明らかに狼狽した様子でウェバリーは言った。
一応、面識はある。ペッグがギルドを介して受諾した“遺産を継がせる少女を探す”という依頼の達成報告のために、連れてこられたのだ。
ラキュアという名前もその時に、“名探偵の助手”として紹介されている。
「もしかしてこの顔のせい?」
「腕! 腕もです!」
あぁ、そういえばそうだった。
てっきり私のことを忘れていたのかと思ったが、忘れていたのは私の方だったな。
「し、失礼。取り乱してしまいました。しかし、なんとまあ……さすがグルーといったところでしょうか。そちらが噂の義手ですね。私も実物を見るのは初めてです」
「あ、あの! 世間話に来たわけじゃなくて……エフィがこれを!」
話が長くなりそうなので、私はすぐさまエフィの手紙を差し出すことにした。
ウェバリーは署名を確認すると、すぐにペーパーナイフで手紙を開いていく。
「確かにエフィの署名ですね。しかし一体、何の連絡でしょうか? 今週の定例報告は昨日のうちにもう……、……!?」
手紙を読むなり、ウェバリーの眉間に皺が寄り始める。
かと思えば訝し気に、手紙と私の顔を交互に見比べている。
「あ、あの……一体何が?」
「それを聞きたいのは私の方です。エフィは何を……ふむ……」
ウェバリーはしばらく考え込んだ後、思い出したように言った。
「ラキュア様、犬を飼っていますか?」
「えっ!?」
私はニカワをギルドに連れてきたことはない。
なのに……どうして?
「飼っているのですね? 毛の色は?」
「え、茶色……ですけど」
「っ! そういうこと……!? ちょっと待っていなさい!」
ウェバリーは慌ただしく席を立ち、職員専用の扉の奥へと走っていく。
そう時間をかけることもなく、彼女は一枚の紙を手に戻ってきた。
「落ち着いて聞いてください。まず、エフィの手紙をあなたもご覧になるのです」
「……!?」
エフィがウェバリーに当てた字はお世辞にも綺麗ではなく、時間に追われて走り書きしたような、そんな不穏な印象を受けた。
そしてそこにはこう書かれていた。
『ここ数日で長老・グルーがギルドに依頼したことをラキュアさんに教えてあげてほしい。彼が言うには、ラキュアさんはまだ乞食時代の未練を断ち切れていない。ウルシアになりきれない危険性がある。その対処をギルドに依頼したとのこと』
……なんだこれは?
長老が何かをギルドに依頼した?
私が断ち切れていない……未練?
「当ギルドの規則により、依頼を受諾した書類を部外者に公開することはできません。そのようなことをすれば当ギルドの信用に関わりますので。ですからこれはあくまで世間話です」
「な、何のこと……?」
「ラキュア様が飼っていらっしゃる犬の名前ですが、実は聞いたことがあります。ニカワというそうですね」
「っ!? な、なんで知ってるの!?」
「落ち着いてください、ラキュア様。これは世間話です」
ウェバリーは主張している。私の情報をどこからか知ったと、世間話という形で主張してくれている。
そして話の流れを考えれば、その情報源は一つしかない。
「ギルドへの依頼状……!」
もう一度、エフィが書いた手紙に目を走らせる。
私が断ち切れていない未練、その対処をギルドに依頼した。
……対……処…………!?
「その犬はラキュア様の滞在先でお留守番をしているのですね? そして、そこはおそらくペッグ様の滞在先と同じ。ペッグ様と距離の近い方なら知っているでしょう。」
距離の近い……例えば長老とか……!
「その滞在先ですが、実は私も最近、知りました」
「っ!!」
私はもうウェバリーに背を向けていた。
心臓が破裂しそうなほど打ち震え、吐きそうなほどの不快感を堪えながら、懸命に走っていた。
長老はギルドに提供した情報。ニカワの特徴と居場所。
そして依頼。ニカワの……対処!
「まだ奪うのか……あいつらは……あいつらはあああああっ!!」
これが最後だった。
本当の本当に最後だった。
ニカワがいなくなったら、今度こそ私には何も残らない──!
「ニカワ!!」
慌ただしく部屋へと駆け込む。
ニカワはそこにはいなかった。
代わりに一枚の紙切れが床に落ちているのが見えた。
「手書きの地図……! どういうこと!?」
依頼を達成するだけならこの場でやれば済むはずだ。
なぜわざわざ場所を移して、しかも飼い主にそれを伝える?
「…………」
悩んだって仕方がない。
今の私に選択肢は無いのだ。
指示された通り、地図の場所に行くしかない。
「ニカワ……」
爆発的な焦りが落ち着くと、今度は恐怖がやってくる。
最悪の人生を送り続けてきた私でも決して慣れることのない感覚。
もしも、もしも、と不吉な未来が頭に浮かぶたびに、私は必至でそれをかき消そうと頭を振り、その度に平衡感覚を失って倒れそうになる。
随分と時間がかかってしまったかもしれない。
手紙に書かれた場所は、たいして広くもない廃れた倉庫のような場所だった。
水洗いもされていない無色透明なガラスの空き瓶が散乱していて、その中のいくつかは割れた状態だった。
「クゥン……」
「っ!? ニカワ!?」
消え入りそうな声が私の耳に飛び込んだ。
すぐさまその方向に駆け寄り、私を呼ぶ子犬の姿を捜す。
「ニカワ! どこ!?」
でも、その姿は見えなかった。
おかしい、隠す場所なんて無いはずなのに。
散らかっているのは空き瓶だ。土やら飲み残しやら多少の汚れはあっても、大部分は透明で、陰にニカワがいるなら分かるはずなのに。
「ニカワならここ」
「っ!?」
後ろから女性の声が聞こえた。
ほとんど同時に空き瓶の一つが宙を舞い、その人物の方へと飛んで行った。
よく見ると空き瓶には蓋がされていて、その蓋の部分に細い糸のようなものが繋がっていた。
「お、お前がニカワを……!?」
私の目の前に現れた人物は、想像していたよりもずっと小柄で、私と何ら変わりない体格だった。
何重にも服を重ね着しているようだが、それでも痩せ細っているであろうことが分かる。その服も到底、高い物には見えない。
そして顔には……誘拐犯の伝統というものだろうか。灰色のマフラーを口元から頭まで巻き付けていて、目出し帽のような格好を演出していた。
「そう、あなたの部屋から攫ってきた」
その声は明らかに女性の声だった。年齢も私と近いかもしれない。
そう思うと少しだけ恐怖が和らいだ。
「犬は人間の言葉を喋らない。依頼状に書かれた条件の犬はこの子だけだったけど、それがニカワという確認はしておく必要がある。だからこうして飼い主に名前を呼ばせるまで生かしておいた」
「ニカワはどこなの!?」
「さっき言った」
「……!?」
相手の女性がこれ見よがしに空き瓶を掲げる。
その中に入っているのは……土じゃない!? わずかながらだけど動いている!
「ま、まさか……!? ニカワが小さくなって瓶の中に!?」
「その通り。これなら逃がす心配は無い。いつでも手を下せる」
「ぐっ……お前っ!」
魔法か? それともあの瓶そのものに秘密が……?
どちらにしろ彼女の主張は明白だ。
この犬の命は自分の手のひらの上にある。お前の大切な物は自分が好きな時に壊すことができる。そう言っている。
それがあまりにも気に入らない。
「一体、どうしてこんなことを!? ニカワが生きていたら何がマズいって言うの!? 私は本物なのに! 本物になりきれない偽物なんかじゃないのに!」
「何を言っている?」
「ふざけないでよっ! お前がグルーの長老から依頼を受けていることは分かっているの! 自分の都合のために私から大切な物を奪い続けててきた一族! 両親を、ストライクを、子供たちを! そして今度はニカワまで! お前の一族はずっとそうだあああああっ!!」
怒りが溢れてくる……駄目だ落ち着け。
どうせこいつは長老の考えなんか知らない。頼まれた仕事をして金を貰うだけの関係だ。
私の心に積もってきた恨みつらみなんて分かるはずが……!
「ふ……ふふふっ!」
「……!?」
「やっぱりそうだった! ふふ、あははははっ!」
何がおかしいのか、その女性は突如として笑い出した。
「この犬を攫う時に宿帳を見たから名前は知っていたけど、今ので確信した」
「な、何がよ!?」
「まだ気づかない? ならこれでどう?」
「え……!?」
女性が顔に巻いたマフラーを解いていく。
色あせた灰色の髪がめくれ上がる。
この髪の色と顔を……私はどこかで……!?
「私だよ、ラキュア」
「焚火……ちゃん!?」




