第93話 偽善
「……お、お爺さん?」
「何だ?」
「い、今……何て言ったんですの? ラキュアさんはウルシア──」
「エフィよ、まさか本気で言っているのか? ギルド・カートリッジお墨付きの人材とはいえ、やはりそなたはまだ年相応の子供らしいな。無論そうでなければ、わしも信頼して依頼してはおらんが」
長老は呆れた口調で言う。
「わしの目的は最初から決まっている。遺伝子にカビが生えた出来損ないの息子共から、我が栄光の象徴たるグルーの財産を守ること。いいか? ここが重要なのだが……グルーの財産だ。決して我が一族の手を離れることになってはならん」
「そ、それは聞いているんですの。だからお爺さんは、残る相続者のウルシアさんを探そうと……」
「そうだ。だが、ここで“ウルシアが生きている”などと、そんな一縷の望み……いや幻想・戯言の類にうつつを抜かすほどわしは耄碌しておらん。エフィよ、そなたは欲しいものができたら夜空を見上げて流れ星を探すのか? まずは確実で現実的な手段を考えるだろう?」
「その手段って……!?」
「年頃の近い乞食を適当に見繕ってウルシアに変えてしまえばいい。顔と体が破損した死にかけの個体なら、そこにウルシアの面影が無くとも誰も気には留めん。生存の知らせが無かった理由づけにもなるしな。その乞食からしても金と人生が手に入る千載一遇の機会となるのだ、断る理由はあるまい。それに乞食というものは贅沢ができん。あの息子共よりも長く、グルーの財産を守ってくれるだろう」
…………。
「実際、ペッグはよくやってくれた。義手の扱いも含めて、あれほどわしの要望に合致する個体を探し出してくるとは」
「ちょ、ちょっと待つんですの! ペッグさんが連れてきたのは本物のウルシアさんですのよ! その根拠だってちゃんと言っていたじゃないですの! それにエフィもウルシアさんから色々とお話を聞いて……!」
「そんなものは全て作り話だ。疑われた時のためにシナリオを作っているだけだ。そういう意味でもペッグは本当によくやってくれた」
「そ、そんなこと……」
「これで分かっただろう、エフィよ。あの娘はわしのことなど、どうでもいいのだ。いくら見た目を包み隠そうと、その実態は金に目がくらんだ卑しい虫けら。ウルシアの死骸に巣くう下劣な寄生虫よ」
…………。
……………………。
波の音が聞こえるな。
穏やかで規則的で。
どんな心の持ち主が演奏したらあんな音が出せるのかな。
「ラキュアさん!!」
「…………」
座り込んで海を眺めていた私の背中に、エフィが抱き着いてきた。
彼女がどんな顔をしているのかは見なくても分かった。
「ごめんなさい……ごめんなさいっ!」
なぜ彼女が謝るのかは全く理解ができなかったけど、それをわざわざ口に出すのは無粋だと思った。
「お爺さんは気づいていなかったけど……でもエフィには聞こえていたんですの! ラキュアさん、さっきのこと聞いていたんですのよね!?」
「…………」
「ごめんなさい……エフィは……!」
「もういい」
私の帰る場所は最初から存在しなかった。
なんてことは無い、それだけのことだったんだ。
「大丈夫、まだ私にはニカワがいるから」
「え? ニカワちゃん?」
「ニカワが私の生きる理由になってくれている。ニカワがいるから、まだ私はいなくならずに済んでいる」
エフィには何のことか分からないだろう。
人間が自分からいなくなっていくなんて……きっと分からない方がいい。
「ちょ、ちょっと待つんですの!」
「エフィ?」
エフィは私の背中から手を離すと、一目散に屋敷の方へと走っていった。
何だろう? 私、何か変なこと言ったかな……?
「おや、ラキュアよ。こんな所にいたのですか。もう義手は馴染みましたかな?」
入れ替わりにペッグが現れる。
私を探し出した張本人……か。
「長老はあんたに何を依頼したの?」
「む? ……あぁ、ウルシア嬢の捜索のことですかな?」
ペッグは誇らしげな顔で言う。
「いやいや難しい依頼でしたよ。四年前に亡くなった少女の偽物を連れてくるなどと。大富豪の考えることとなると、さすがの名探偵ペッグにも想像がつきませんな。だからこそ知的好奇心がそそられるのですが」
「……やっぱり、私が生きてるとは思わなかったんだ」
「えぇ、正直に言うとその通りです。あの辺りに顔を出したのは、長老の要望する候補が多いと見込んだため。本物のウルシア嬢に出会えたのは予期せぬ偶然でした。ですが謙遜するつもりはありませんよ。名探偵たるもの真実に出会う強運を持ち合わせているのは至極当然なのです」
「…………」
私の心中も推理できない自称名探偵は、そう言って胸を張った。
彼は本気で私をウルシアだと思っているのだろうか。
「おっと、話しているうちに船が来たようですよ」
遠くに見えた船体はあっという間に大きくなっていき、そして到着を鳴らす汽笛が響き渡る。
義手の受け渡しが終わった今、私たちを引き留める者は誰もいない。
「忘れ物はありませんかな?」
「無いよ……何も」
エフィは何やら走っていってしまったけど、そんな急用だとは思わない。
船にも船の都合というものがあるだろうし、私一人の都合なんかでこの何も無い島に留まり続けるのも可哀そうだ。
そう思って私は、若干の自暴自棄な思考ではあったが、船に乗り込む。
私とペッグの乗船を確認すると、船はすぐに島を出発した。
「ラキュアさん!」
「……!?」
私の眼前に突如として包帯が伸びてきた。
見ると、港でエフィが息を切らせながら包帯を伸ばしているのが見えた。
包帯に巻き付いているのは……手紙?
「ギルド・カートリッジのウェバリーさんは知っているんですのよね? パーチメントに帰ったらすぐにこの手紙を渡してほしいんですの」
「私が? うん、分かった」
「忘れないでラキュアさん! エフィはあなたの味方ですの!」
さらっと流そうとした私に対して、エフィは声を張り上げる。
「お爺さんがあんな風に考えてるなんて思いもしなかった! 大人たちの都合はエフィの思った以上に大きくて……! だからお願い! すぐに渡しに行くんですの! ラキュアさんのためにも! ニカワちゃんのためにも!」
「わ、分かった……わかったから!」
思わず気圧された。
何だ? 傷心の私にお使いを頼むような人ではないと思っていたが、やはりただのお使いではないのか?
船はゆっくりと島を離れていく。
エフィは息を整えると私に向かって柔らかく微笑み、ぺこりと一つお辞儀をした。




