第91話 二回目の殺し
心は静かだった。それは足元に転がるセパを見ても同じだ。
これはせいぜい少し場所を取るだけの石ころ。足を取られないように気をつけないと。それくらいの感覚だった。
ストライクの遺体に針を刺させたときの方がずっと心が傷んだ。
『ラキュアのチカラは大切な友達を守るためのものだ。自分の恨みを晴らすために使っちゃいけないぜ』
かつて彼に言われた言葉が頭に浮かんだが、やはり私の心は動じない。
彼はどんな思いで自らの命を絶った?
彼が守ってきた子供たちはどんな思いで迫りくる泥の波を見つめていた?
私一人の恨みなんてあまりにちっぽけだ。そんなものとは比較にならないほど、ここには多くの思いが溢れている。
「だから私は戦うんだ……!」
私が戦わなければみんなの思いはどこにも行くことなく消えてしまう。
「みんなの思いを守るために……私は戦うんだあああああっ!!」
「ま、待って! 降参! 降参するよ! お、お願い……!」
「あ……?」
ハクリリは慌てふためいた口調でそう言いだした。
閉塞感を失ったようによろよろと脇に移動しながら、怯えた目で私を見つめている。
……今更、この女は何を言い出すのか。
「あたし、し、死にたくない……!」
「お前が殺した人も全員そう思っていた」
「ちゃんと罪を償うから! 奪ってしまった命は全部、背負って生きるから!」
「何人いたか数えてもいないくせに」
「待ってよ! ストライクはあの時、見逃してくれたよ! あたしを殺すってことは、あなたの恩人の思いを無下にするってことだよ! そんなのストライクだって喜ばないよ!」
「……!!」
もういい。こいつの命乞いには何ら価値が無い。
これ以上、余計な時間を割かずにさっさと攻撃に移った方がいい。
「ただし、こいつを処理してからね」
「え? せ、セパ……?」
「『氷塊』!」
セパの体の下に手を回し、魔法を放つ。
氷塊がセパを乗せたまま上空に飛んでいくが、その途中で一部を解除。そうやって成人男性という重たい荷物を目的の位置まで移動させた。
落下の衝撃で泥が跳ね、雨などと一緒にハクリリの顔まで飛び散っていく。
だが彼女の瞳は閉じることはなく、セパの行く末を注視し続けていた。
ズドッ!!
──破裂音と共に地面から針山が飛び出し、セパの体が引き裂かれた!
「やっぱり“そこ”か。私がお前の方に向かえば通過するよう罠が仕掛けられていた」
「くっ! こ、こいつセパを利用して……!」
「私はね、さっき竜巻に襲われていた時、ずっとお前の方に集中していたのよ。セパと違って、お前は何をしてくるか予測できなかったから。そうしたらお前が魔法を唱える度に地面から音が鳴って、そのうちの一つがちょうど“そこ”だった」
「っ……!!」
「時間の無駄なのよ。方向を調整するために足がよろけた振りして、私を怒らせようとストライクの名前を出して。お前の命乞いに価値なんて無いってことは最初から分かりきってるのよ!」
「…………あー、はいはい。分かりましたよーだ」
ハクリリはペロリと舌を出し、イタズラのバレた子供のような表情で笑った。
直後、私の周囲に潜んでいた針山の罠がその姿を表す。
「これがあたしの『地鳴鶯針』。魔力を込めれば手動で出せるんだよね。もう隠す必要も無いし、全部出しておくよ。どうせ“全部”なんて言っても信じないだろうけど」
聞こえた音の回数と針山の数は一致している。
でも当然、信じない。針山の一部はまだ地中、という戦術もあり得る。
「ていうかさ、分かってたならもっと早く言ってくれなーい? あんな恥ずかしい演技する羽目になって、馬鹿みたいじゃーん。あたし弱いものイジメは好きだけど、弱いものぶるのってキラーイ」
「相方がこんな無様な姿になったっていうのに素っ気ないものね」
「あー、いいのいいの、そういう関係だし。セパがあたしの立場でも同じ感じだよ」
そうだろうな、愚問だった。
『なんだよハクリリちゃん、呆気ねぇな』……なんて声が聞こえてくるようだ。
「ところで、あたしがなんでセパと組んでいたか分かる?」
「……?」
「あいつはね、雨の時にチカラを発揮するタイプだったの。この土砂崩れだって晴れの日には起こせなかったんだから。それで、あたしはというとー『空雷針』!」
ハクリリが戦闘の構えに入る。
今度は何の針だ? 氷塊を壁の形に変えれば防げるか?
──否、針を飛ばす必要は無かった。周囲を囲む針山が鈍い光を放ち始め……!
「ぐあっ!!」
足の裏から頭の先まで、一直線に衝撃が走った。
私の体はピンと直立した姿勢のまま、後頭部から地面に打ち付けられる。
柔らかい泥がクッションとなってはくれたが……今の一撃は……!?
「で、電気……雷……!?」
「そう、あたしもセパと同じで、晴れより雨の方が得意なの。針から放出させた雷は濡れた地面を通って相手の体に向かう。罠を見破ったなんて勝ち誇ってたけど残念! 針山に囲まれている時点でもう勝負は決しているのよ!」
「ぐ……ううっ」
まだ体が震えている……立とうにも足腰に力が入らない。
必死に手だけを振り回して、私はハクリリの方を睨みつける。
「ちなみに雷の威力は魔力で調節できる。弱いものイジメから強いもの狩りまで便利な魔法よ。この意味が分かる?」
「く、く……ぐっ」
「そうそう、さっきはあたしに命乞いの時間をくれたことだし、そっちにもチャンスをあげないとね。存分にやってみなさいな、うふふっ」
ふざけた話だ。
魔力で調節できるということは、即死させるのも苦しませて殺すのも自由自在ということ。
ここで私が命乞いをすれば、ハクリリは喜んで“死なせないように”雷を放出させるだろう。
「はぁ……はぁ……!」
「その体で氷の魔法を撃ったところで無駄よ。あたしの所に氷が到達するよりも、あたしの魔力が雷に変わる方が早い」
「へぇ、そう……?」
右手をハクリリの方へ構える。
彼女は気に入らない様子だった。
氷の進行を止めるために、すなわち私の魔力を止めるためには、確実に私を気絶させられるほどの雷でなければならない。
つまり大好きな弱いものイジメができなくなったのだ。
「だから何? あたしが勝つのに変わりはないのよ?」
「『氷塊』!」
撃つ。それが自分の命を終わらせるスイッチのボタンであろうと、私は撃つ!
「ふん、終わりね」
針山は光を放ち……!
「っ!? ぎゃああっづあああァァァーッ!!」
ハクリリの叫びと共に針山の光は消えた。
彼女は顔面を両手で抑えながら、途切れることのない声を上げ続けている。
あの場所は“あれ”が飛び散った場所だ。
セパの死体が針山の出現する箇所に落下した時、その衝撃で泥が跳ね、雨などと一緒に飛び散った場所。
「あづっ熱いィィィーッ!!」
ハクリリの顔に命中していたのは、セパを飛ばした氷塊の一部だ。溶かした後に雨に紛れる程度の量を、一部だけ解除せずに残していた。
そして、その水の中にはまだ発動していない熱源が混ざっていた。
氷を水に変えたからといって、『サウナ・クラーター』で仕込んだ熱源を全て使い切っているわけではない。
「隙ありだ! 『サウナ・クラーター』!!」
「このクソザコのゴミカスがァァァーッ!」
氷塊から槍を解き放つ。
同時に死物狂いのハクリリが、ようやく雷の放出を開始した。
「あぎっ……」
ブチンという高い破裂音が鳴った。
倒れ込んだハクリリの喉からはおびただしい量の鮮血が放たれていた。
そして私は……!
「あつっ……くぅぅ……!」
汗塗れの姿で立ち上がった。
雷の攻撃を遅らせるために、私は『サウナ・クラーター』で周囲の地面から水分を全て蒸発させていた。
「勝った……の……?」
べシャリと何かが泥を叩く音がした。
針山が消えて、突き上げられていたセパの肉体が地面に落下した音だった。
長く降り続いた雨は止み、周囲に静けさが戻っていく。
それはとても穏やかで、同時に残酷な世界だった。
泣き叫んだり、痛がったり、ストライクを呼んだり。そんな子供たちの声はどこにも存在しない。
全ては終わった。もうここには何も残っていない。
「ストライク……、……?」
振り向くと、彼の遺体はそこには無かった。
セパの竜巻で飛ばされたのか、少し離れた木にズボンや靴が引っかかっているが見えた。
「……あ……っ」
その姿を目の当たりにした瞬間、私の息が詰まる。
彼の遺体は……あぁ、一体どうしてこんな……変わり果てていたのか。
焦げ付いた臭いと黒い煙が私の顔を刺す。
そこにあったのはおよそ人とも呼べない、黒焦げの炭のような物体だった。
「うああああ……あああああああっ!!」
私の恩人は、死後にもう一度、殺された。
二度目の死はあまりに予想外で、あまりに凄惨だった。
「『氷塊』!」
私は泣き叫びながら魔法を放つ。
既に死んでいる犯人に向かって……もう一度、殺すために。
氷塊は槍となり、ハクリリの顔を撃ちぬいた。
「お前のせいだ……『氷塊』! お前のせいだあああああっ!!」
ハクリリは最期の瞬間、無我夢中で雷を放出した。余計なことを考える余裕はなく、ただただ全ての針から最大の威力で。
そしてその中には……ストライクに刺さっていた針も含まれていた。
「『氷塊』! 『氷塊』! 『氷塊』! ああああああっ!!」
私のその行動は魔力が切れるまで続いた。




