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失声のスティープル  作者: 青山風音
番外編 こうして彼女はいなくなった
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第89話 山場のあとで

 病院を飛び出した私はすぐに近くの馬車へと駆け込んだ。

 当面の生活資金は長老から貰っていたし、“子供たちが捨てられる場所”という情報で行先は分かってもらえた。


「一体、あんな所に何の用があるってぇんだい?」

「は、早くしてよ……」

「それにその格好、ちゃんと医者に許可は貰ってるんだろうな? 俺はトラブルはごめんだぞ」

「早くしないと死んじゃうから……死んじゃうからあああああっ!!」

「わ、分かった! 分かったから! くそっ、ちゃんと金は貰うからな……」


 根負けした御者が渋々、馬に鞭を入れる。

 ポツポツと雨粒が地面を叩き始めたところで、ようやく馬車は進みだした。




 雨脚はますます強くなっていく。

 それに伴って私の心もまた荒れ狂っていた。

 不安や恐怖がいつまでも吹きすさび、足先から徐々に冷え切っていくような錯覚に襲われる。


「ストライク……!」


 彼が負けるとは思えない。セパとハクリリを圧倒したその勇猛な姿が、私にずっと告げている。

 でも、だからこそ不安なのだ。

 その圧倒された当人たちは自信満々に『できる』と言ってのけた。『今日中に』とも言った。


「きっとそうなんだ……」


 彼らが言うならそうなのだろう。

 あの二人は弱いものイジメが大好きで、それが油断に繋がる場合もあるかもしれないが、でも決して馬鹿というわけではない。計算高く、そして念入りなのだ。

 土の壁、砂煙、相手の足を狙った針。最初にニカワを虐めていたのも、ストライクを呼びだす手段だっとも言える。

 彼らは常に先のことまで考えて行動していた。

 そんな彼らが助っ人を加え、ストライクのことをしっかりと対策し、『できる』と言ってのけた以上は……そこには間違いなく勝算がある。


『あいつの弱点を知っていて、完璧に封じ込められる助っ人だよ』


 ハクリリはそう言った。

 弱点……ストライクの弱点?

 そんなものがあるとしたら、いくらストライクといえども……!


「おい、あんた! 聞こえてるか!?」

「っ!?」


 いつのまにか馬車が止まっていた。

 雨でびしょ濡れになった御者が窓を叩き、私に向かって呼びかけている。


「これ以上は無理だ! 危険すぎる!」

「い、今はどこなの?」

「あと五分も走れば到着するって所まで来てるが、ここから先には進めねぇ! 土砂崩れで道が塞がってる!」

「土砂崩れ……」

「そうだ! 雨も強いし、ここにもいつ崩れてくるか分からねぇ! 引き返すぞ!」


 私の返事を待つことなく、御者は運転席に戻っていく。

 その時、私はざわざわと身の毛がよだつのを感じていた。

 土砂崩れ……その不穏な言葉が私の脳に深く食い込んでくる。


「っ!? 何やってるんだ!?」


 御者が大声を上げた。後退し始めた馬車から私が飛び出したせいだった。


「お金、馬車の中にあるから」

「馬鹿を言ってんじゃねぇ! いらねぇよ、そんなもん! 早く乗れ! ここから逃げるんだよ!」


 ここまで運んできてもらっただけで十分だ。

 後は私自身の足で走ればいい。

 幸いにも道の全てが土砂で埋まっているというわけではなかった。

 あくまで馬車が通れないというだけで、端の方なら通り抜けられる。


「い、いいかげんにしろ! 本当に死ぬぞ!?」

「そうだよ、みんな死んじゃうんだ! 急がないと本当に死んじゃうんだあああああっ!!」

「ちくしょう、俺は警告したからな! 見殺しにしたわけじゃねぇからな! この馬鹿野郎おおおおおっ!!」


 二人の雄叫びが交錯し、雨の中へと消えていく。

 危険だとか死ぬだとか、そんなことを言われたところで私の足は止まらない。むしろ逆効果だ。


「土砂崩れ……土砂崩れ……!」


 セパの言う『今日中に』という意味。そこに『今日でなければならない』という意味が込められているなら、今のこの状況が答えだ。

 大雨で緩んだ地盤。土の魔法を使うセパなら、それを利用することくらいは──!


 ズッ────!!


 地面が大きく揺れ、私の足を止めた。

 この大雨をさらに上回る強大な音が、遠くとも近くとも呼べない私の先で鳴り響く。

 木々のへし折れる音が幾重にも重なり、地鳴りと共に世界を横切っていく。

 そしてそれが終わる。

 私の足は止まっただった。


「分かって……いたのに……」


 馬車を引き換えさせた軽微な土砂崩れ。きっとあれは邪魔者を立ち入らせないためにセパが起こしたものだ。

 だから、つまり、もう先を越されていて……!


「分かっていたのにいいいいいいいっ!!」


 山場はもう過ぎていた。私の前で過ぎ去っていったところだった。




 びしゃりびしゃりと、歩く度に音が鳴った。

 何度も足を取られながらも、私は泥を踏み越えてたどり着く。

 ラキュアが四年の月日を過ごした、その成れの果てに。


「みんな……」


 茶色の大波が全てを飲み込んでいた。でも本当の大波とは違い、飲み込んだものはどこか遠くへ流されることもなく、その場にへばりついていた。

 そうして残されたの泥の塊は、折れた樹木や砕けた瓦礫と一体化し、歪で気持ち悪い物体を形作っていた。

 そして時折、その中に別の色が混じっていた。

 こびりついていたであろう泥が雨で洗い流され、元の色合いを取り戻した状態で泥から飛び出し、垂れ下がっていた。

 それは小さくて細い……子供たちの腕だった。


「ううう……ああ……!」


 私の頬を涙が伝う。その涙はすぐに雨に打たれて消えていく。

 彼らが何をしたというのだろう。

 分かっている。そんなことは関係ないのだ。何もしなくたって人は人を傷つける。


「大人たちが……自分の都合で引っ掻き回して……!」


 エフィの言葉を繰り返しながら、私はまた歩いていく。

 もはや何も期待していなかった。子供たちのことも、彼のことも。

 だから彼の姿を見つけたときに私が発した声も、何の期待も込められていない嘆きの声だった。


「ストライク……」


 その体は泥にまみれているわけではなく、足を正座にした姿勢で地面に突っ伏していた。

 腹部には彼の剣が深々と刺さっており、衣服を赤黒く染めていた。

 そっと体に触れてみても、やはり温もりは残っていなかった。


「みんな死んじゃったから……?」


 ストライクの弱点はここに暮らす子供たちだった。

 彼らを守ることがストライクの生きがいだった。

 それを目の前で失った彼は絶望に押しつぶされ、そして自らの命を……?


「そんなの信じられない……ストライクが自殺なんて!」


 彼はそんな人物じゃない。

 そう心のなかで叫んでも、目の前の光景は変わることなくその場にあり続けている。


「ハクリリちゃん、ファイアの奴はどうした?」

「帰ったよ。もう自分の仕事は終わったってさ。ほら、あそこ。ストライクが死んでる」


 私の心中とは対照的に、ご機嫌な声が聞こえてきた。

 雨用のコートを着たセパとハクリリ。彼らがこっちを見て笑っている。


「おー、確かに。ちゃんと殺してくれたんだな」

「殺してなくなーい? 自殺だよ、あれ」

「いいんだよ、結果は一緒だ。……で、何かいるんだがあれは誰だ?」

「生き残りでしょ? 左手は無いし、顔は包帯でグルグル。重傷って感じ」

「にしては何か服がまともなんだよなぁ」


 包帯……そういえば巻いたままだったな。すっかり雨に濡れて、皮膚に張り付いて。

 手術から何時間が経ったのだろう?

 彼らの話を聞かなければ、私は鏡の前で笑顔の練習をしていたかもしれないのに。


「どうしてこんなことを……?」

「あーん? 何だって?」

「ストライク一人のために! どうして!?」

「ははっ、そいつはついでだよ」


 セパは何も分かっていない私を嘲笑うように言う。


「俺たちが欲しかったのは“ここ”、つまり土地だ。そのために邪魔者を追い払ったってだけで、別に殺したかったわけじゃねぇ。ガキ共とかは売り払って金に換えた方がお得なわけだしな。まっ、ストライクが断ったせいで無駄になっちまったわけだが」

「ねぇ、セパ。変なこと言わないでよ、気持ち悪い。別にあたしこんな土地(とこ)いらないんだけど。欲しがってるのはあのババアだけじゃん」

「そう言うなよ、ハクリリちゃん。そのババアが重度のワイン狂いなおかげで俺たちに金稼ぎのチャンスが来たんだぜ? こんな土地で本当に葡萄が育つのかは知らねぇけどな」


 …………。

 ワイン? 葡萄? 何それ?


「そんなことのためにミューシーは……グルーの奴らは……!」


 私の大切なものを()()奪っていった……!


「ハクリリちゃん、今の……俺は何も喋ってないよな?」

「うん。あたしもセパもババアとしか言ってない」

「じゃあ、なんでこいつは知ってるんだ? そのババアの名前をよ」


 セパたちの口調が変わる。

 別に私は口を滑らせたわけじゃない。隠す気が失せただけだ。

 ミューシーのことだけじゃない、私自身のことも同じ。


「『氷塊(アイスロック)』」

「っ!?」


 頭上に向けて氷を放つ。


「これで私は殺される側に入ったんでしょ? 違った?」

「お前、左手の無い体にその魔法は……まさかあの時の!?」

「私は……ラキュア!」


 空へ向けていた右手を顔に向け、覆っていた包帯を解く。

 顔だけではなく、私の心の奥底にある何かが解放されたような気がした。


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