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失声のスティープル  作者: 青山風音
番外編 こうして彼女はいなくなった
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第88話 白い空間

 ホワイトアウト病院。私の整形医療のために案内されたその病院は、グルーの長老が手配するだけあって現実味の無い世界だった。

 壁や床は染み一つ無い真っ白な状態で、一つ一つの部屋がとにかく広い。

 名前の通り、吹雪の雪山に放り出されたかのような錯覚すら受ける。

 そして行きかう人々は、やはりというかこぞって高そうな衣服に身を包んでいた。


「私なんかがいていいの……?」


 ぽつりと言葉が漏れた。

 病院ということでニカワは宿でお留守番をしてもらっているが、連れてこなくて正解だった。

 私のような見た目の人はあまりに目立ちすぎる。

 周りの全員が団結して私を淘汰してくるのではないかと不安でいっぱいだった。


「ここの病院には一級品の技術(うで)と器具が揃っています。包帯一つにも魔力が込められておりましてね、これが効くのですよ。人間の治癒力というのですか、それが大きく引き上げられるのです。そして何より信頼できる」

「その分、高いんでしょ?」

「えぇ、それはもう──」

「不潔な臭いがすると思ったらペッグ! こんなところで何をしているざます!?」


 声の大きな一人の婦人が私たちの会話に割り込んできた。

 顔は見覚えが無かったが、声には覚えがあった。

 その声を聞くだけで鳥肌が立っていくのを感じる。

 忘れもしない、この女は……!


「おや、ミューシー殿。奇遇ですな。もちろん仕事ですよ。この名探偵ペッグ、実は弁護士でもありましてね。ここに入院されている患者に──」

「客がいるってわけざますか! いいですわねぇ、そこのお宅は! まともな流れで遺産が相続できて!」

「む?」

「うちのご老体ときたら、まだご存命ざましょ!? あんな惨めな姿でいつまでも! 何が楽しくてそんなに長生きしたいざますかねぇ!?」

「あ、あー……ゴホン。うむむ、いやはや……」


 ミューシー・グルー。私の人生をどん底に叩き落したうちの一人。

 なんて暴言を吐く奴なのか、それも命を扱う病院という場で。


「で、それはこいつにも同じことが言えるざます! 吐き捨てられたゲロの臭いがプンップンするざますよ!」


 ミューシーが苦虫を噛み潰したような顔で私を睨みつける。

 さすがに鼻が利く。どうせ外見しか見ていないのだろうが、この女が私という絶好の攻撃対象を見逃すはずがない。


「あんたみたいな掃き溜めのゴミが、何を期待してここに来てるざますか? いくら体を治したところでゴミは人間にはなれないざますよ! ぶふうっほっほっほ!」

「ああー、ミューシー殿はいかがされたのです? どこかお体の調子──」

「はっ! 貧乏人は気楽でいいざますねぇ、自分を磨く義務が無いのだから! わたくしのような人間は自分の輝きを保つために毎日が多忙だというのに!」


 とてつもなく不快なことに、この女の目的も整形ということだった。

 いや、私と一緒に括るべきではない。そんなことをすればこの女の口は永遠に閉じなくなることだろう。

 ペッグもそれは分かっているようだった。


「いやいや勉強不足でお恥ずかしい限りですな。ちなみに、この子は私の協力者でしてね、ちょっとした情報集めを──」

「あぁ、道理で! ゴミ溜めを探すにはうってつけの人材ざますね! でもペッグ、あんたにもゴミの臭いが移ってるざますよ! その臭いでうちのご老体も窒息してくれればいいざますのにねぇ、おっほっほ!」


 唐突にミューシーが背を向けて歩き出す。

 言いたいことを言い終えたので帰る、ということらしい。

 のっしのっしと足音が聞こえるかのようだ。

 揺れる肥満体が小さくなるまで長い時間を要した。


「ラキュアよ、そなたの考えてることは分かりますぞ」

「誰だって分かる……名探偵じゃなくても」


 私は強い口調でペッグを牽制する。

 今の私の心中を察した程度で自分の知性を自慢しようものなら、偉そうに伸ばすであろうその人差し指を圧し折ってやる。

 それくらいには私は荒れていた。


「ここは一つ冷静に、論理的に行きましょう。この院内ではミューシー殿と出くわす危険性がある。それが分かったのは大きな収穫です」

「……元から院内をうろつく気はないから」


 とはいえ、あの不快な声を常に警戒しておいた方が良いのは確かだ。

 ウルシアの正体を知られてはいけない相手だから。

 幸いにも、あの女は遠くから声を荒げて侮辱してくる類の人種だ。

 声が聞こえた瞬間、顔を隠して逆方向に逃げる心構えでいよう。


「さて、ミューシー殿が戻ってくる気配もありませんし、行きましょうか」


 ペッグに連れられ、私は既に予約済みという治療室へと向かう。


「はじめましてラキュアさん、私が──」


 四十ほどに見える、穏やかな印象の医者が私を迎えた。

 私を見ても顔色一つ変えないあたり、さすがはプロと言うべきか。

 あるいは私が思っているほど、私の整形は難しくないのかもしれない。




 しばらくは病院と宿を往復する日々が続いた。

 幸いにもミューシーと出くわすことはなく、私の整形は順々に行われていった。

 そのうちペッグの付き添いもなくなり、ベッドでの眠りにも慣れた頃だった。


「おはようございます、ラキュアさん。いよいよ最後ですね」

「はい、お願いします」


 顔の整形。今日を境に、私の顔はウルシアに戻る。

 それを“元に戻る”と表現していいかは分からない。

 私自身を含め、この年齢に達したウルシアの顔を知る者はこの世に誰一人としていないのだ。

 ニカワは私のことが分かるだろうか。

 遺言状が公開されるまでに、グルーの親族たちは私をウルシアだと看破したりしないだろうか。

 一度、ペッグを通して助手のラキュアだと紹介してもらった方が安全ではないか。

 色々なことが頭の中でグルグルと渦巻いていく。


「お疲れ様でした」

「え……?」


 気づけば手術は終わっていて、私の顔は包帯で巻かれていた。


「ではいつものように四時間ほどリラックスしていてください」

「は、はい……」


 魔力を込めた包帯。そのおかげで包帯が取れるまでの時間は大幅に短縮されているのだが、これしか知らない私にとっては長い時間だった。


「……これで最後」


 包帯でグルグル巻きとはいえ、もう自分の見た目に引け目を感じることはない。

 むしろ包帯のおかげでミューシーとの遭遇を恐れることなく過ごせる。

 そんな思いが私の足を動かす。

 ちょっとした時間潰しのつもりで、私はこの広い病院内を歩いてみることにした。




 ──そして何の因果なのか、私は出くわしてしまうのだ。


「それで? あんたらに奴が倒せるざますか?」


 心臓がビクリと跳ねた。

 病院内のある一室。わずかに開いていた扉から聞こえてきた声は……次の声を聞くまでもない、忌まわしきあの女の声だった。


「完膚なきまでに返り討ちにされて、その治療のためにここに来ている……そんなあんたらの話に説得力があると思ってるざます? 本当に奴を倒せるざますか?」


 何やら不穏な会話だった。

 あの女が言っているのは、自身の十八番である自慢でも侮辱でもない。

 私はそっと部屋の入口で耳を傾ける。


「心配いらねぇよ、今回は頼れる助っ人がいるんだ。それもとびきり相性が良い助っ人が。なぁ、ハクリリちゃん?」

「そうそう、あいつの弱点を知っていて、完璧に封じ込められる助っ人だよ」


 ……!!

 部屋の中は覗けないが、この二人の声にも聞き覚えがある。

 セパとハクリリ……!

 ということは、倒そうとしている“奴”というのはまさか!?


「だからよ、他のチームに依頼する前にもう一度、俺たちにチャンスをくれよ。もちろん報酬は当初のままでいいから」

「ふん、気に入らないざますね! 一度失敗しているくせに同じ条件だなんて、面の皮が厚いんじゃあないざますか!?」

「厚くはねぇよ。助っ人の分を入れたら俺たちは三人。それを二人分の報酬で受けるって言ってるんだ。お得だと思わねぇか?」

「金の問題じゃあないざます! あんたらが信用できないって言っているざます! 本当にストライクを始末できるざますか!?」

「できるさ。今、この瞬間に頼んでくれりゃ今日中にな」

「……ほう」


 どこか遠くで雷が鳴った気がした。

 病院の窓から見える景色はいつのまにか灰色の雲に覆われていた。


「なら今日中に限り、あんたらをもう一度だけ、信用してやるざます!」


 私は既に走り出していた。


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