第87話 修復の見込み
プレーン能力。私もストライクから聞いただけで詳しくは分からないが、剣技や魔法とは異なり、万人が手に入れられるものではない、その人だけの能力。
私も魔法をかじっているから分かる。
今のエフィがやってのけたことに魔力は感じ取れなかった。
それに魔法の場合は魔力の放出を止めたり、魔力が底を尽きれば効果は消える。
エフィが同じ要領で長老の命を伸ばしているというのなら、魔法では説明がつかない。
魔法には無い永続的な効果……プレーン能力だ。
「どうですの? これがエフィをエリートたらしめる『ピックニック・パッド』ですのよ。ほら、すっかり元気になったんですの。ニカワちゃんって言うんですの? かわいい子ですのね」
「クゥン……」
あっという間にニカワの心をも掴んでしまった。
なんと優しい能力なのか。
「……ゴホッ、エフィよ。なぜそなたを呼んだか忘れたか?」
「お爺さん?」
「わ、私の体を……ぐっ! ごはぁっ!」
「そ、そうでしたの! お爺さんの一大事ですの!」
「そんな犬、に、構ってる暇、が、うぐおおおおおおおおおっ!!」
長老が突如として胸を押さえながら転げまわる。
今この場で死ぬ、と言っても過言ではない状態だった。
「一旦、出ましょう。ウルシア嬢」
ペッグに連れられ、エフィだけを残して長老の部屋を出る。
悲痛な呻き声は、扉を閉めても聞こえ続けていた。
「一日に何度もあのような事態に見舞われています。自ら命を絶てればどれほど楽でしょうか。ウルシア嬢、全てはあなたへの思いからなのです」
「エフィでも治せないの?」
「うーむ、既に手遅れらしいのですよ。あまりに長い間、病魔に蝕まれてきたために、もう元の姿を失っているとのことです」
「私のために……」
死んだ方が楽なのは分かっているのに、地獄のような現在を繰り返す。
いつ来るかも、明るいかも分からない未来を延々と待ち続ける。
それがどれほど困難なことか、私はよく知っている。
「私が救うよ。長老を……みんなを」
「そう言っていただけると、この名探偵ペッグ、知恵を振り絞ってそなたを見つけ出した甲斐があったというものです」
ストライクたちだけではなかった。
私が救いたい人は、私にしか救えない人は……ここにもいたのだ。
私は強く右手を握りしめ、窓の向こうに広がる青空を見つめた。
エフィが治療を終えて戻ってきたのは、私がリビングルームで紅茶をご馳走になっている時だった。
「お待たせしたんですの。あれ? ウルシアさんだけですの?」
「トイレに行ってる」
タイミングの悪い人だ。
いや、今は好都合か。
私はエフィに自分のことを話した。
「ええっ!? ウルシアさんも!?」
「うん、『サウナ・クラーター』って名前を貰った」
私は自分の紅茶のカップに手を触れ、その能力を発動させる。
すぐに紅茶から湯気が立ち上り始めた。
「……きっと極限状態に置かれたことでウルシアさんに秘められた才能が開花したんですのね」
「そうかもしれない」
「よく頑張ったんですのね……! もう大丈夫ですのよ、ウルシアさんはこれから幸せになるんですの」
自分よりも年下の少女に抱きしめられる。
忘れていた温もりが蘇っていく感覚だった。
……ずっと抱きしめる側だったから。
「エフィ嬢!? 何をやっているのですかな!?」
「ひぇっ!?」
トイレから戻ってきたペッグが大声を上げた。
本当にタイミングが悪い人だ。
……というのは置いておいて、どうしたというのだろう?
驚いたにしては随分と深刻な口調で、それどころか咎めるような雰囲気すら感じさせた。
「あぁ、悪く思わないでいただきたい」
私の心に浮かんだ疑問を見透かすように、ペッグは言う。
「実はですな、ウルシア嬢。そなたのその左腕、それと体中の火傷のことなのですが……エフィ嬢に治していただくわけにはいかないのです」
「え……!?」
ペッグが申し訳なさそうな口調で説明したところによると、長老の指示だということだった。
曰く、例の“事故”から生還したウルシアが無傷のはずがない。
ウルシアを名乗るためには、その人生に何かしらの痕跡を残しておかなければならないのだ。
「エフィも反対したんですけれど……もしエフィが治したせいでウルシアさんが偽物扱いされるようなことになったら……」
「エフィ……」
「うう、ごめんなさいですの」
「もちろん不便をかけないよう手は尽くしますぞ。何もそのままでいろというわけではない、後から証拠を出せる状況を作れば良いのです」
「証拠って……?」
「医者の診断書ですよ」
ペッグはこれからの予定を説明してくれた。
まず私は全身の火傷を修復しなくてはならない。
もちろんエフィの力を借りるのではなく、正式な手続きで医者の治療を受ける。要するに整形手術だ。
整形といっても別人に代わるわけではない。傷跡を復元するだけで私は私のままだということだった。
「ニカワに嫌われちゃったら……」
「なに、犬の嗅覚をもってすれば同じことです。見た目が変わっても、そなたが主人であることは変わりませんよ」
そしてもう一つ、私が取り戻さなくてはならないのが左腕だった。
こればかりは手術云々ではどうにもならない。
長老の出した答えは義手だ。
グルーの財産でしか手の届かない、超が何個もつくほどの高級品を手配中だと言う。
「宝石が埋め込まれた腕にされちゃったら……」
「そういう意味での高級品ではありませんぞ。ちゃんとした腕ということです。正確な動き、そしてもちろん見た目においても、本物の腕と代わりありません」
「見た目で高級品ってバレたらそれこそ強盗に狙われちゃうんですしね」
「その通り。義手の操作には魔力が必要とのことですが、ウルシア嬢は魔力の扱いが繊細で優れていますしな。きっとすぐに馴染むようになりますよ。あぁ、それともう一つ!」
ペッグはそれが一番重要だというように言った。
「遺産相続の場となるまで、ウルシア嬢の存在は秘匿しなければなりません。なにせ長男夫妻を始めとした他の親族はそなたの生存を知らないのですから」
「そう……だね」
それは確かにそうだ。ウルシアの生存は他の親族にとって恐怖にしかならない。
遺産相続の件もそうだし、一度は成立した四年前の完全犯罪が蒸し返される可能性も出てくる。
尤も、蒸し返したところで既に手遅れで立証も不可能なわけだが、犯人側がそう冷静に開き直るとは限らない。
最悪の場合、再び口を塞がれることになるかもしれない。
「どうしてですの? ウルシアさんは何も悪くないのに、どうしてそんな逃げ惑うように生きていかなきゃいけないんですの……!?」
「いいのよ、エフィ。それが最善だと私も思うから。それに私はウルシアじゃない、ラキュアだから」
「そうですな。そなたはラキュア、この名探偵ペッグの助手なのです。しばらくはそういう形で参りましょう」
当然、この島に住むわけにはいかない。
私はパーチメント王国内でペッグが滞在する宿に身を寄せることになった。
「ではそろそろ島を離れるとしましょう」
話が済むと、ペッグはあっさりと帰り支度を始めた。
表向きは、遺言状と遺産周りの話しかしない弁護士。それ以上を勘ぐられないように滞在時間も最低限に留めているとのことだった。
「あ、あの……ラキュア、さん」
「……!」
エフィからすれば名残惜しいだろうな。私も同じ気分だ。
「エフィ、またね……って感じじゃないよね。この顔で会うのはきっと最後だから」
「……そう、ですのね」
エフィはしばらく逡巡した後、私の手を取って言う。
「エフィは味方ですの。たとえウルシアさんでもラキュアさんでも、エフィだけはあなたの味方ですのよ」
「え……?」
「あなたがここにいるのは、大人たちがあなたの人生を自分の都合で引っ掻き回してきたからですの。そして、それは今もなお続いていて……! でも、エフィだけはあなたの意思を尊重するんですの! それだけ……伝えたかったんですの!」
そう言ってエフィは私の手をそっと離した。
彼女の言葉。そこに込められた真意。それが分かるのはもう少しだけ後のことだった。




