第85話 守りの戦い
「悪かったな、遅くなって」
私の足から針を抜き、ストライクはニコリと笑う。
ごく自然で日常的な笑顔。でも、私にはその表情を浮かべることがどれほど難しいかよく分かる。
守りたい誰かを安心させるための笑顔。
他人を守るために戦ってきた男の魅せる一流の技術。
激高して先手を打つことしか考えていなかった私は、自分の未熟さを痛感させられることになった。
「ストライク、私……」
「気を抜くなよ、ラキュア。まだあんたの戦いは終わっちゃいないだろ?」
ストライクの視線が動く。
土の壁、氷の塊、そして力なく横たわる子犬。
「いいか、ラキュア。あの子犬はあんたが守るんだ。それがあんたの戦いだぜ。あの二人との戦いは俺が引き継ぐ。いっさいの手出しは無用だ。いいな?」
「う、うん……」
よろめく体でなんとか立ち上がり、私はそっとストライクから離れた。
また針が私を狙ってくるのではと身構えたが、そんなことはなかった。
土の壁は溶け込むように地面と戻っていき、あの二人が姿を現す。
私も子犬も既に眼中にない、という態度だった。
「よう、ストライク! 随分と待たせるじゃねぇか! 俺は待ちくたびれたよ! なぁ、ハクリリちゃん?」
「うん。さっさと用事、済ませて帰ろうよ。あたし弱いものイジメは好きだけど、それ以外にやることない所ってキラーイ」
「何だあんたら? 俺はあんたらとは初対面だ。まずは……いや名乗らなくていい。それより何の用かを聞かせろ」
「おいおい、そのポーズは何だよ? お前、本当に聞く気あんのか?」
剣の切っ先を向けながら話すストライクに、セパは苦笑交じりに言う。
「ったくよ、しょうがねぇな。じゃあ単刀直入に言うけどよ、俺たちと組んでもらいてぇのさ。お前の協力があればデカい金が稼げんだよ」
「…………」
協力を要請するにしてはあまりにも図々しい態度だった。
まるで昔の友人と酒の席でするかのような物言いだ。
ストライクも貧しい立場にいる以上、一応は話を聞いてみてはいるが……。
「ここにはたくさんのガキがいるんだろ? そいつら全員、俺たちによこしな。売り払って金に換えてやる」
「『焦突』!」
ストライクの剣が赤く光り、火の渦を纏う。
そして言葉を返すことなく、セパたちの方へと走り出す。
交渉は決裂した。
というより、こうなることはセパたちも分かっていたはずだ。
最初から自分たちの目的のために、ストライクを始末する腹積もりだったに違いない。
「『目配針』!」
「ふんっ!!」
射出された針を、ストライクはいともたやすく払い落としていく。
魔法を唱えるタイミングも、針が飛んでくる角度も丸見えだ。
彼にとっては大したことではない。
「セパ!」
「はいよ、ハクリリちゃん。『土隆起』!」
「またそれかい? 『亀裂炎走』!」
再び盛り上がる土の壁。
そこに向けた剣の切っ先から大きな炎が噴出する。
その炎は次第に、何本もの紐のような形状へと変化。
そのままタコの触手のようにうねりながら壁へと伸びていき、そして貫く。
「うおっ!? あづっ! あっちぃなこれ!」
ボコボコと破裂音を響かせながら、壁に穴が開いていく。
そうして人一人分のトンネルができあがると、その向こう側で大げさに飛び跳ねるセパの姿が見えた。
「セパって言ったか。魔法で生み出したにしては魔力の込め方が雑すぎる。この程度の壁なら、うちのラキュアの方がずっとレベル高いぜ」
「はっ! 笑わせんなよ、ストライク……!」
パタパタと火の粉を払いながら、セパが言う。
「確かに『土隆起』にはちっぽけな魔力しか込めてねぇ。あんまし大量に込めると疲れるし、他のことに集中できなくなるからな。ちょうど、今のお前みたいに! 『砂土流煙』!」
「っ! 砂煙か……!」
セパの放った大量の砂煙が、ストライクの全身を覆いつくす。
「噂通り、魔力操作は不器用みてぇだな! さっきの炎の魔法に関しちゃ、完全に足が止まってたしな! 一つの魔法に割きすぎなんだよ、魔力も集中力も! 俺は違うよ?」
その言葉通り、セパは砂煙も土の壁も維持したまま次の魔法の姿勢に入った。
地面に手を付き、そっと目を閉じる。
「『震土流』……!」
……なんだ? セパは何をしている?
地面に手を付き、じっと砂煙の向こうを伺っているような……!
「ハクリリちゃん、そこだ!」
「『金縛針』!」
セパの指差した方向へ、ハクリリが針を放った。
まさか今の魔法……ストライクの居場所を探知したのか!?
「ぐ……あっ!」
「ストライク!?」
「だ、大丈夫だ……何もするなラキュア!」
ストライクの呻き声。
ハクリリの攻撃は確かに命中していた。
「はははっ! ナイスヒットだ、ハクリリちゃん! 右足から崩れ落ちたぜ!」
右足……わざとか?
私の時はどうだった?
最初の一発は単純にその場を動いていなかったから右肩を狙えた。
二発目は、最初の針に込められた自身の魔力を基に狙いをつけた。
そして三発目。今回と同様にセパが探知して、ハクリリに方向を教えた。
あの時も狙いは足だった。
「足の動き……いや、振動……!?」
セパの魔法、おそらく地面を通して振動を観測しているんだ……!
だからこそ狙いは足に限られた!
「これでお前の足は封じた。砂煙の中でせいぜい考えてろ、俺たちがどこからどうやって攻撃してくるのかってなぁ! 『冥土竜蹄』! ハクリリちゃん、準備──」
「とっくにできてるよ。『人踏針』!」
セパの両手が暗褐色の土に覆われ、鋭利な爪を形成する。
さらにはハクリリが魔法と共に空高く飛び上がる。
あの土の壁は身を守るものではなく、よじ登るものだったのだ。
そして彼女の両足は、これまた鋭利な針でびっしりと覆われていた。
「ス、ストライク……!」
もう彼らの攻撃まで時間が無い。このままではストライクは……!
でも、この状況……私は彼に何を伝えればいいんだ!?
セパの爪? ハクリリの針? あるいはハクリリが上から襲──!
「ラキュア!!」
「っ!?」
砂煙が晴れた。
ハクリリに狙いをつけさせるため、セパが魔法を解除したのだ。
そのセパはストライクの背中側で爪を振りかぶっていた。
ストライクの視界には、セパもハクリリも入っていない。入っていたのは私だ。
そして、その表情を見た瞬間、私は……言葉を飲み込んだ。
音もしない一瞬の時間。ストライクの頭部に針が、背筋に爪が突き立てられた、まさにその瞬間。
「『爆撃狼煙』……!」
一つの魔法が呟かれ、閃光が走った。
耳をつんざく爆発音に、顔中に吹き付ける熱風。
私は、自分が新たな怪我をしていないことが信じられないほどに、強い衝撃を受けて地面を転がりまわった。
例えるなら風船が膨張して、膨張して膨張して膨張して、セパとハクリリの接触によって破裂した。そんな感じだった。
「な……んだよ……これ……反撃魔法……!?」
全身から血を流しながら、セパがよろよろと立ち上がる。
もう一人のハクリリは気絶しているのか、大の字に寝ころんだまま微動だにしない。
「よう、セパ。もう俺の右足は動くようになってるぜ? 撃った本人が倒れれば魔法の効果は終わりってわけだ」
「ぐ……ぐぐ……!」
砂煙の中でストライクが浮かべていたのは勝利を確信した笑みだった。
彼が私に向けたその笑顔のおかげで、私は彼の言葉を思い出した。
『あの二人との戦いは俺が引き継ぐ。いっさいの手出しは無用だ。いいな? 』
ストライクは最初から分かっていたのだ。
まともに戦えば、セパとハクリリなど相手にならないということを。
そこに私が介入してしまえば、ハンディを背負うことになるということを。
「ひっ! や、やめろ……来るな……!」
「俺は義賊で通ってる。相手の命を奪ったりするつもりはないが……あんたはまだ元気そうだな。それに卑怯そうだ。このままじゃ、ここにいる子供たちの安全は保障できないよな」
「やめろって……やめろってんだ馬鹿野郎!」
セパが死に物狂いで走り出す。
逃げるつもりでないのはすぐに分かった。
彼が向かっていったのは子犬の方だった。
もちろん人質にするためだ。
「ワン! ワン!」
「はははっ! 犬畜生が! 怖くねぇぞぉ、ぜんっぜん怖くねぇ! ほら俺の──」
「大丈夫、私が守るから」
子犬と目が合う。
その子犬の心が落ち着いていくのを感じた。
混乱はない、私の心の方もそれは同じだ。
なぜならストライクが既に私に頼んでいたのだから。
「『サウナ・クラーター』……」
セパは忘れているだろう。それ以前に気にしたこともないかもしれない。
最初に私が放った『氷塊』は土の壁に防がれ、それからどうなったと思う?
「答えはそこにある」
今も地面の上に佇んでいる。
わざわざ魔力を放出して維持している。
「そうだ、やれラキュア! あんたの──」
「私の戦いは終わっていない!」
チラリと自分の右肩を見る。
血が流れている。
自分の脳が冷静になっていくのが分かる。
今の私なら何にだってなれる!
「ぶぐえぇっ!!」
塊は割れ、解き放たれた破片がセパの全身を撃ち抜く!
今なら分かる、私のチカラは……大切な友達を守るためのものだ!




