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失声のスティープル  作者: 青山風音
番外編 こうして彼女はいなくなった
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第84話 弱いもの

 私がラキュアを名乗り始めてから四年後。

 既に同年代の子供たちは全ていなくなり、私はストライクに次ぐ年長者となっていた。

 とはいえ私たちと共に暮らす子供たちの数は一向に減ることはなかった。

 誰かがいなくなれば、別の誰かが来る。

 顔ぶれが変わっても合計の数は変わらない。

 どうやら私のいる世界は、私が思っているほど無名というわけでもないようだ。

 例えばある子供はこんなことを言っていた。


「ママが読んでたの……ストライクの本。それで僕をここにって……」


 『捨てられた子供たちの暮らす場所』。

 それ自体はもう世の中に知れ渡っている言葉だ。

 それを彼らは言い換えたり、継ぎ足したりする。

 『子供を捨てる場所』。

 『“死体を捨てても文句を言わない、そんな”子供たちの暮らす場所』。

 そうやって子供たちはここへと集められる。


「『便利なゴミ箱』って、ママがそう(言っていた)……どういう意味……?」


 いつかその言葉の意味を知ったとき、この子もまたいなくなるのだろうな。

 私はそんなことを思いながら、ただ一つの手でそっと彼の頭をなでた。




 ──そして、その日もまた。


「ラキュアお姉ちゃん、大変だよ!」

「あっち? 分かった!」


 子供たちの悲痛な知らせを受け、私は()()子供を迎えるべく走っていた。

 こういう時は大抵が怪我をしているパターンだ。

 ジャンのいる病院へは他の子供を向かわせた。

 あとは私が急ぐだけ。そう思っていたのだが……!


「ワン! ワン!」

「ほらもっと鳴けよ! そんなんじゃ悲しみが伝わってこねぇぞ? お前、やればできるんだからさぁ!」

「ねぇ、セパ。その辺にしておかなーい?」

「は? なんでよ? ハクリリちゃん、好きだろ? こういう弱いものイジメ」

「あたし犬ってキラーイ。下品だし不潔だし、人間の言葉喋んないしー」


 …………。

 子供はいなかった。

 大人が二人、子犬が一匹。

 彼らは何者だ? 大人なんてめったに見ないのに、そのうえ子供を捨てに来たというわけでもなさそうな雰囲気だ。

 セパと呼ばれた男の方はツルツルとしたスキンヘッドを光らせており、黒とワインレッドを基調とした服の上に、鋼鉄製の防具を着用している。

 一方でハクリリと呼ばれた女の方は青い長髪。ボディラインを強調した色っぽいドレスは鮮やかなピンクの蛇柄で、ギラギラと不快に光っている。


「ほら、セパ。狙い通り、話が通じそうな奴が来たよ?」

「んだよ、ボロボロじゃねぇかよ。こんなんで通じるのか?」

「さっきの子供よりはマシでしょ」

「どうだかな」


 セパが嘲笑を交えた気だるげな態度で、しかし目つきだけは鋭く私に話しかける。


「ストライクはどこにいる?」

「え……?」


 目的は……ストライク。そんなことは初めてだった。

 途端に不安が募る。背筋に鳥肌が立っていく。


「俺の言葉が聞こえなかったのか? それともやっぱり通じなかったのか? いいや、通じてるな。目を見れば分かる」

「あ、あの……何の用……ですか?」

「まっ、聞けよ。……なぁ!?」

「ギャワン!」


 セパが歪な笑みと共に、子犬を蹴り上げる。

 見えない紐に引っ張り上げられるかのような勢いで、子犬が宙を舞った。

 私が驚きの声を上げるよりも先に、その男は言い放つ。


「ストライクを連れてくるんだ! 俺が(こいつ)を蹴り殺す前に、さっさと! 頼むぜぇ? 間に合わなかったら他のガキを探して順に蹴り殺していくからなぁ!」


 何を……言っている?

 なぜそんなことをする?

 頭の中を埋め尽くしていく疑問を口にしたところで、きっとこの男は答えはしない。

 万が一、答えてくれたところで、きっと私には分からない。


「ねぇ、セパ。そんな回りくどいことしなくてもさ、ラキュア(こいつ)の方を痛めつければよくなーい? そっちの方が楽しいよ。犬と違って喋るし」

「分かってねぇな、ハクリリちゃん。こういうのはさ、元気な奴を痛めつけるから意味があるんだよ。あんなボロ雑巾が人質になるか? 俺は『代わりに捨ててくれ』ってなるね。なぁ、お前もそう思うよなぁ!?」

「ギャン! ギャオン!」


 なおも楽しげに無関係な子犬に暴力をふるい続けるセパと、退屈そうな表情であたしの動向を伺うハクリリ。

 私の嫌いな大人像をそのまま形にしたような二人だった。

 見た目だけ光らせて高潔さを装ってみたりしているくせに、その内面は自分未満の命を何とも思っていない、腐食したサビのような人種。

 あんな奴らに私たちの人生が侵されたのだと思うと、込み上げてくるものがあった。


「や、やめてよ……! それ以上やったら……死んじゃうから……」

「なんでよ? やめるわけねぇだろ?」

「死んじゃうからああああああああ!!」

「あーん……!?」


 心が言葉となって喉から溢れ出す。

 私は右手を彼らの方へ向け──!


「『氷塊(アイスロック)』!」


 魔法を放った!




「……お前さ、それは話が変わるよ」


 私の氷をひょいとかわし──そもそも威嚇目的で当てるつもりはなかったが──セパは私を睨みつける。


「せっかくイジメで止めておいてやったのにさ、魔法(それ)やりだしたらもう戦いだよ? あーあ、お前も殺される側に入っちゃったよ」

「何を言ってんの!? 私が先に道を踏み外したみたいな言い方して……外道はお前らの方だろうが!」


 今度は言える。歯向かえる。

 心に火が付いた。

 いや、私の場合は熱だ。

 今度は狙える。

 何の迷いもなく、お前の額に打ち込んでやれる!


「『氷塊(アイスロック)』!」

「『土隆起(リフトープ)』」

「っ!?」


 セパの魔法と同時に、地面が大きく盛り上がった。

 その背よりも高く、壁となった地面が私の氷を受け止める。

 あまりにもあっさりと。


「ったく、ガキはすぐに癇癪起こすからなぁ。準備いいよね、ハクリリちゃん?」

「いいんじゃなーい? あたしは嫌いじゃないよ、弱いもの“狩り”っていうのも」


 壁の向こうから聞こえる彼らの声色は冷静で、私の熱を冷ましていく。

 刹那の怒りというものは、私が思っていたほど何の役にも立ちやしなかった。

 ただ私を追い込んだだけだった。

 現実という壁はあまりにも強大で、強固で……!


「うふ、『目配針(ニーデリヴァ)』!」


 ハクリリが唱えると、土の壁が息を吐いた……ように見えた。

 その現象の正体は、細長い針が壁を貫いて飛んできた、というものだった。

 尤も、針なんて表現は誤解を招くだろう。

 メイドさんがチクチクと洋服を縫うような針ではなく、夜遅くに森の中で藁人形に突き立てるような、それこそ大型の釘と表現した方が正確な代物だ。

 それが今、私の右肩に刺さっている……!


「うぐぁ……ああああっ!!」

「ナイスヒットだぜ、ハクリリちゃん! この感じは刺さったまんまだ!」

「あっははは! 片腕が無い奴の残った側を刺すのって大好き! 自分で抜けないもんね!」


 彼らの笑い声が聞こえる。

 土の壁は未だに維持したまま、私の姿は見えていないはずなのに正確無比に……!


「ほら、どうしたの? もっと真剣に逃げなきゃ! 『目配針(ニーデリヴァ)』!」

「くっ!」


 体勢を低くしてその場を動いたにも関わらず、次の針は私の方へと飛んできている。

 予測できるとしたら、おそらく最初の針だ。

 ハクリリが私に刺さった針を探知しているとすれば、私の居場所は筒抜けだ。

 事実、私には壁に阻まれて地面を転がっている氷の位置が分かるのだから。


「ぐ……ううううぅっ!」


 右肩の針に噛みつき、歯を立てる。

 左手のない私にはこうやって抜くしかない。

 血が流れてる……!


「あれ? 抜けた? 変なの、どうやって抜いたの?」


 ハクリリが無邪気な口調で言う。

 私を見下しているのか、自分たちの位置が変わってないことを私に告げている。

 でも私の方は違う。もう針は抜いて移動した。

 相手は目視で確認するために、土の壁を解除するしかないはずだ。


「『震土流(セイズモール)』。ハクリリちゃん」

「そこね、『目配針(ニーデリヴァ)』!」

「え……!?」


 そんな馬鹿な……!

 どうして私は倒れこんでいる……!?

 どうして私の右足に針が刺さっている!?


「またまたナイスヒット! 完全に倒れたぜ、ハクリリちゃん!」


 セパ……!?

 針を撃ったハクリリではなく、セパの方が私を見ている……!?

 私が完全に倒れたなんてことがどうして分かる!?


「ねぇ、セパ。手足くらいでナイスとかレベル低くなーい? 次はもっと狭いとこ狙おうよ。そうだ、尻の穴とかどう?」

「あー、残念。あの女は腹から地面に落ちて、ケツは逆向きだ。狙えるのは頭か背中だな」

「ハァ、じゃあそれでいいよ。あいつ大した悲鳴も上げないし、もう飽きちゃった」


 駄目だ……実力が違いすぎる……!

 やっぱり駄目なのか。この世は私の思い通りにならないようにできているのか。


「『目配針(ニーデリヴァ)』!」


 私は思わず目を閉じた。




「『焦突(アシュピット)』!」


 すぐ近くで針が弾き飛ばされる音がした。

 私が目を開けると、そこには……!


「子犬を守ろうとしたんだな。俺は嬉しいぜ、ラキュア」


 かつて私を救った男……ストライクが赤く光る剣を構えて立っていた。


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