第83話 ワラジムシとダンゴムシ
「『氷塊』!」
「うん、よくできてる」
焚火ちゃんが私に教えてくれた魔法。それは氷の塊を発射するという初級の魔法だった。
幸いにも私には魔力をコントロールする才能があった。
魔力を出したり引っ込めたりと、繊細な動きがよくできていた。
そして彼女が教えてくれたのは魔法だけではなかった。
「『氷塊』……たぁっ! で、できた……!」
「惜しい、的には当たってない」
「でも破片は飛ばせたよ! よくこんなの思いつくよね!」
魔法とプレーン能力の合わせ技。
氷の内部に熱を線状に走らせて思い通りの形に分解する。氷を一瞬で蒸発させ、膨れ上がった気圧を利用して分解した破片を発射する。
焚火ちゃんのアイデアが私に様々な戦い方を教えてくれた。
それを形にするまで数週間、数ヶ月。なんせ日付を数える意味も無いどん底の世界なので正確な日数は分からなかったが、とにかくたくさんの練習を積んだ。
ある日、いつものように練習をしている時だった。
「タッキにはこれしか教えられないから」
「え……?」
焚火ちゃんの言葉に、私はその真意が分からず聞き返す。
「タッキが知ってるのは『氷塊』の魔法一つだけ。ラキュアがどれだけ凄くても、教えるのがタッキだし、たかが知れてる」
「そんなことないでしょ。焚火ちゃんはすごいよ。私だけじゃ魔法なんて思いつきもしなかった。教え方も上手だし──」
「やめて」
「え?」
冷たく彼女は言い放つ。
「本当にすごいなら、タッキはこんな寒い思いなんかしてないから」
「焚火ちゃん……?」
「…………ラキュアには話しておくべきかな」
隣同士に並んで座り込み、私は焚火ちゃんの声に耳を傾ける。
「タッキの家系は偉いんだって、ずっと言われてきた。みんな魔法の才能があって、昔から世の中の平和を守ってきたって。私もそれを期待されて育てられてきた。家の中にずっと閉じ込められて、ずっと勉強させられてきた」
焚火ちゃんの言葉の節々に嫌悪感が混じる。
私が物知りだと言った彼女の知識は、本人にとっては望んでもいない束縛の積み重ねに過ぎなかった。
「そして……ある日、ついに魔法を習う時が来た」
初級魔法を一つ教えられ、それを唱える。
彼女に流れる血は先祖から引き継がれてきた魔法の才。
当然、失敗することもなく『氷塊』は無事に放たれた。
「でもね、タッキは無事じゃなかった」
「っ……!」
私の脳裏に、初めて焚火ちゃんと会った時の声が木霊する。
寒い、寒い……全身を震わせる彼女の姿が浮かぶ。
「タッキは駄目だった……! 自分で撃つ氷の寒さは、横で見ている比じゃなかった! 足の先から頭の中までゆっくりと凍っていくような感じがして……気づいたら気を失って……! それでタッキはここにいる」
「……そう、なんだ」
過程は省略されたが、その内容は容易に想像ができた。
「私も似たようなものよ……」
「え……?」
ラキュアの時間が長かったせいか、私は特に悪寒を感じることなく話すことができた。
むしろ話さずにはいられなかった。
捨てる相手が子供か兄弟かの違いはあっても大元は同じ。
それはカビの生えたパンのような奴らが私たち人間を蝕んでいく物語。
「……ラキュア」
そうして私が物語を話し終えると、焚火ちゃんは感想を言う代わりに一つの提案をした。
「タッキと一緒に行こう」
「行くって……どこへ?」
「ここを出て、奴らの所へ」
「……!!」
その言葉に込められた“殺意”を私はすぐに悟る。
「ずっと考えていた。ここでこのまま死ぬくらいなら最期に……せめて最期に! 今のラキュアなら戦える! それにタッキにもやれることはある!」
「焚火ちゃん、もしかしてそのために私に魔法を……?」
「お願い、力を貸してラキュア! タッキとラキュアで──」
「駄目だ、やめろ」
気づけば、私たち二人の頭を撫でる一人の男の姿があった。
その男、ストライクは優しい声色ながらも厳しい口調で言った。
「ラキュアのチカラは大切な友達を守るためのものだ。焚火、自分の恨みを晴らすためにそいつを利用しちゃいけないぜ」
「どうしてタッキたちがここにいるって……」
「親ってのは子供のことを何でも知ってるもんだ」
「よくもそんな──!」
焚火ちゃんが彼の手を振り払い、立ち上がる。
次に見せた彼女の表情は、目つきの血走った鬼のようなものだった。
「そんなことが言えたな!? タッキたちを守って育ててる……なんて、それで貴様は親を気取っているつもりか!?」
「た、焚火ちゃん……?」
「違う! そんなのは振りでしかない! ストライク、貴様に親の資格なんて! そんなものはないっ!! ……ねぇ、ラキュア。ワラジムシとダンゴムシの違いが分かる?」
「え……」
極めて唐突な彼女の言葉に、私は何も答えることができない。
「ダンゴムシは丸くなる。敵に襲われるとクルンって丸まって、敵の攻撃を耐え忍ぶ……だけしかできない! ワラジムシは違う、走って逃げる! 自分の生き残る道を自分で探して、自分の力で未来を掴み取る!」
彼女がガラス瓶の中に閉じ込めたその生き物は、決して動きを止めない。
丸まって転がされるのを待つような真似は決してしない。
「ストライク、貴様がどこかから奪った金でタッキは物を食って……それをいつまで続ける? タッキはいつからそれを続けてる? ……ずっとだ! 今までも、そしてこれからもずっと! 何も変わらない日々を延々と繰り返す!」
「焚火……!」
「貴様はみんなを“死なせてない”だけだ! タッキは“生きたい”のに、貴様は何も変えてはくれない! ずっと……ずっと!」
彼女の足元に黒い何かが近づいてきた。
彼女が爪先で軽く小突くと、それは丸まって綺麗な球に変わった。
──大きな音と共に、彼女はそれを踏み潰した。
「タッキはワラジムシになりたいんだぁぁぁっ!!」
その日の夜、この時期には珍しく大雨が降った。
周囲の気温は大きく下がり、子供たちが寒さを訴えて私の元へ駆け寄ってくる中で、私は気付いた。
──彼女の姿がどこにもないことに。
「焚火ちゃん……?」
当時の私にとっては衝撃的な出来事で、しばらくの間はろくに眠れなかったのを覚えている。
ただ、ストライクにとってはそこまで珍しい出来事ではなかったようだ。
「子供ってのは成長するんだ。成長して年を取る。そうするとさ、考える力がどんどんと発達していくんだぜ」
現状を考える。
未来を考える。
考えて考えて、そのうち彼らの心には言いようのない虚しさが広がっていく。
そして……学校を卒業するかのように、この世界からいなくなっていく。
「ストライクはそれでいいの?」
「……あぁ」
彼も気づいている。
子供たちが“終わらせる”ことを望むのであれば、それを止めようとはしない。
「ラキュア、あんたはどうなんだ?」
「私は大丈夫」
「そうか。……悪いな」
「気にしないで」
私も、きっと『サウナ・クラーター』が無かったら危なかった。
自分だけの能力。自分には存在意義がある。いなくなったら皆が困る。
……驕りではない、事実だ。そして間違いなく私の生きる活力なのだ。




