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失声のスティープル  作者: 青山風音
番外編 こうして彼女はいなくなった
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第82話 子供たちの世界

 私の体は三日三晩もの間、高熱にうなされ続けていたそうだ。

 左腕を失い、顔を含めて全身に多くの火傷の跡を残した私の体は、すっかり面影を無くしてしまっていた。

 加えて事故現場に残されていたありとあらゆる物が──父と母を含めて──焼失しており、もはや私は自分が何者かを証明することすらもできなかった。


「あなたが……助けたの?」

「俺かい? いや、助けたのはこいつだぜ」

「ふん、わしは治療しただけだ。ちゃんと金も貰うし、感謝される筋合いは無い。お前をここまで運んできたのは、そっちのストライクの方だよ」


 ジャンという名の医者は素っ気なくそう言った。

 『恨むならそいつを恨め』。彼の私を見る目はそう訴えていた。

 ストライク……私を助けたという男は、それを知ってか知らずか呑気に笑っていた。


「……どうして?」

「ん? 何がだい?」

「どうして助けたの……?」

「別に?」


 ストライクはあっけらかんとした表情で答える。


「夜中に通りがかったら偶然、見ちまったんだ。燃え盛る炎の中で子供が一人叫んで……そんなの放っておけねぇだろ?」

「どうして放っておけないのよ……死なせてあげようとは思わなかったの!?」

「何だ? あんた死にたかったのか? そうは見えなかったけどな」

「え……」

「あの時のあんたの声、悲痛だったぜ。痛いのも辛いのもよく伝わってきた。でも死にたいとは聞こえなかったんだよな。なんていうか……納得できない? それとも諦めきれないって言うのか? そんな感じだったんだ」

「……!!」

「だから俺は自分の行いがお節介だとは思ってない。あんた、お試し気分でいいからさ、もう少しだけ生きてみないか? あんたにその気があるなら協力するからよ」

「…………」


 不思議な人だった。

 自分のエゴで私を助けたのかと思いきや、私の生への執着に関してはそこまで深く干渉する気がないような。

 きっと私が本気で死にたいと訴えれば、この人は止めはしないだろうと、そんな印象を受けた。


「よし、決まりだな! あんた名前は?」

「名前……?」

「新聞に書いてあった気もするけどよ、本人の口から聞きたいだろ?」

「…………うぐ」

「ん?」

「おごええええええっ!!」

「っ!? お、おい! 大丈夫か!?」


 なぜかは分からなかった。

 かつて名乗っていた名前を口にしようとすると、全身の体液が逆流するかのような悪寒に襲われた。

 ジャンは心の傷だと診断したが、私にはそうは思えなかった。

 神様という存在が私の素性を全て消し去ろうとしていて、そして名前すらも奪ったのだと、本気でそう思った。


「気にしなくていいぜ。俺が悪かった」


 そんな私の様子を察したのか、ストライクは私に別の名前をくれた。


「ラキュア……?」

「あぁ、今日からあんたはラキュアだ」


 ラキュア。長い時間を経て、その名前が馴染むにつれて、私の悪寒は徐々に治まっていった。

 ウルシアという少女を殺したのは、他の誰でもない私自身だったのかもしれない。




 しばらくの入院の後、私はストライクと共に彼の家へ向かった。

 扉も窓も無い、屋根と柱だけのそれを彼は家と呼んだ。

 いや、彼ではなく彼らか。


「みんな、ただいま! いい子にしてたか!?」

「ストライク、その子は誰?」

「おっ、さっそく食いついたなクリスタ! 前から話していたラキュアだ! みんなよろしくな!」

「わーい!」

「よろしく、ラキュアちゃん!」

「…………」


 凄惨な光景だった。

 鏡で見た私自身の異形な姿ですら、この世界に混ざれば“特にひどい”と称されるだけで済んでしまいそうだ。

 ざっと見まわしただけでも、私のような片腕の無い子なんてありふれているということが分かった。

 中には片足が無かったり片目が無かったりと、様々な“片方だけ”の子供たちが揃っていた。


「この子はライム、その隣がクリスタ。その隣が──」


 ストライクに子供たちを紹介されても、とてもじゃないが覚えきれない。

 分かったのは、私よりも幼い子供が意外と多いことと、片方だけではなく両方とも揃っていない子供はいない──いる時もあるが長く生き延びられない──ということくらいだった。

 そうしてあらかた紹介されきったところで、ストライクが別の方向へと声をかけた。


「おーい、焚火(タキビ)! そんなとこにいないで、お前もラキュアに挨拶しろよ!」


 よく見ると穴の開いたドラム缶の影に隠れるように、一人の少女が座っていた。

 タキビ……焚火?


「ストライク……寒い。早くあっためて……!」

「相変わらずだな。ラキュア、あの子はみんなから焚火って呼ばれてる。ああやっていつも俺がドラム缶の中に火をつけるのを待ってるんだ。そうそう、言い忘れてたけど俺は火の魔法が使えるんだぜ!」

「…………たき、び……」


 印象的な子だった。

 色あせた灰色の髪に、鉛筆のように痩せ細った手足。でもどこも欠けてはいない、両方とも揃ったまともな体。

 そんな彼女は体を震わせながら、手に持ったガラス瓶を軽く振り、中をじっと見つめていた。

 瓶の中では一匹の小さな黒い生き物がじたばたともがいている。


「またやってんのか、焚火。かわいそうだろ、やめてやれよ。そいつはワラジムシだ。ダンゴムシと違って丸くなって転がったりはしないぜ」

「……寒い……寒い……寒い」

「大丈夫、寒くないから」

「え……?」


 私の足が自然とドラム缶の方へと赴く。

 彼女が必死に集めたであろう、木の枝や葉っぱが乱雑に押し込められた中身に、私は指を添える。


「ほら、これで……」


 放たれた熱が乾燥と発火を引き起こす。

 あの夜の時よりもずっと優しくて、ずっと温かい炎だった。


「ら、ラキュア……? それは何だい? 魔法じゃないよな?」

「ラキュアちゃん、すっごーい!」

「ストライクみたい!」


 後ろから子供たちが走り寄ってくる。

 すぐにドラム缶の周りは彼らの笑顔で埋め尽くされた。


「どう? 温かいでしょ、焚火……ちゃん」

「え……あ……!」


 ただ一人、焚火……ちゃんだけは違う表情で私を見つめていた。

 それが何なのかは分からなかったが、ともかく私には居場所ができた。




 そこから私の……ラキュアの日々が始まった。

 ストライクは悪党が溜め込んだという汚い金を、私たちの元へと持ち帰り、私たちはそれで命を繋いだ。

 そして私は彼の代わりに、子供たちの体を温めるという役割を担った。

 プレーン能力『サウナ・クラーター』。

 その熱はストライクの魔法と違い、魔力を消費せずとも暖を取ることができる。

 ストライクが仕事に行っている間も、疲れ切って帰ってきた後も、子供たちが寒さに怯える事態は無くなった。

 そのおかげで私はすっかりみんなとも打ち解けていた。


「あ、焚火ちゃん。ここにいたんだ」

「ラキュア……」


 焚火ちゃん。聞くところによると、ストライクに火をねだる以外は誰とも何も喋らなかった彼女も、私には少しだけ心を開いてくれたように思える。


「また虫をいじめてるんでしょ?」

「……別に。見てるだけ」


 見ているだけと言うが、彼女は相変わらず地べたに座りながら、ガラス瓶に閉じ込めた一匹の生命を、右に左にと振り回している。


「ねぇ、焚火ちゃん。ダンゴムシなら転がるかもしれないけど、それ──」

「ワラジムシだってことくらい知ってる。あとワラジムシもダンゴムシも虫じゃないから」

「え、そうなの? だって名前にムシってついてるのに……」

「コーカク類。エビとかカニと一緒」

「ええっ!? エビって海の生き物でしょ!?」

「…………」


 焚火ちゃんは物知りだった。

 私は彼女の話が好きで、よく色々なことを聞かせてもらった。


「焚火ちゃんはすごいね」

「ラキュアの能力の方がすごい」

「ううん、そんなことない。私……何も知らないもの。焚火ちゃんみたいに色々なことを知ってたら、もっとすごいことができるかもしれないのに」


 熱を与える能力。

 強弱や範囲の違いはあるが、私に思いつくのは温めることだけだ。

 火を起こすことを知ったのはあくまで偶然に過ぎない。


「私だけの能力なのに……」

「ラキュア、それなら(タッキ)が教えてあげる」


 焚火ちゃんはガラス瓶を置いて立ち上がると、私に手を差し伸べて言った。


「その能力を活かすための……魔法ってものを」


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