第80話 真相③
あれは……あれだけはショックだった。
この二日間にラキュアがやってのけた凶行のどれよりもショックだった。
誤解されないように言っておくが、別にあたしが彼女に対して失望の念を抱いたとかいうわけではない。
何というか……“してやられた”という気分だ。
「さっきよ……あたしが気づいたのはさっきのギルドの時。あの時の会話で、ラキュアがあたしの能力を掻い潜った可能性が頭によぎった。それでやっと皆と同じ答えにたどり着いたの。恥ずかしながら最後の最後よ」
『ファングド・ファスナー』がもたらす、本音を勝手に喋るという能力。
それは能力というよりも──あたし自身を含めた何者にもコントロールできないという意味において──絶対的な法則と言ったイメージだった。
しかし法則は絶対ではなかった。
「あたし自身の能力のことなのに見落としていたのよ。それでラキュアに出し抜かれたなんて。それが何よりのショックなのよ」
「まぁまぁ、スティープルの場合は特別だよ、なにせ自分自身のことなんだし。身近なことって気づきにくいものだよ」
「それならシザースはいつ気づいたの? やっぱりラキュアが襲われた時でしょ?」
「うーん、手がかりを得たっていう意味ではね。さっきも言ったけど、その時は状況を整理する余裕は無かったんだよ。ラキュアが襲われたフリをしているって情報で頭が埋め尽くされていたわけだし。だからちゃんと分かったのは……これも同じ、スティープルが閉じ込められた後だねー」
シザースは当時のことをじっくりと振り返っていく。
「エフィが初めてプレーン能力を僕らの前で披露してラキュアを治療した直後、ラキュアはどういうわけか錯乱して気絶しちゃったでしょ? 正直、訳が分からなかったよ。襲われたところまでは演技のはずなのに、そこから本当に気絶するんだもん。演技だと思った僕の考え自体も疑わしくなってきたよ。でも探偵さんの言葉を思い出したら納得できたんだ」
遅れて部屋にやってきたペッグはこう言った。
『この状況は……ふむ、エフィ嬢がラキュアを助けたというですな』
『“無くなったはずの左腕がある”ということは、それほどまでに衝撃的なことだったのです』
あぁ、そうか。あたしも今ならシザースの言う“納得”の意味が分かる。
「そういうことね。ペッグが部屋に来た時には、エフィの治療は終わっていた。ラキュアの左腕は元通りになっていたというのに……」
「探偵さんはどうしてあんなことが言えたのか?」
部屋の中に左腕が転がっていたわけでもない。
そもそも『ピックニック・パッド』で治療すると、体外に出た血肉は全て消えてしまう。
それにも関わらずペッグがラキュアの左腕に言及できた理由。
「左腕は最初から無かった。そう考えれば、あとは一本道だよ」
ヒントはあった。ただ、自分とは縁のない世界のことだから、記憶には残らなかった。
『世界有数の大富豪でもなければ到底、お目にかかれないでしょう』
『グルーの長老じゃあるまいし、あたしたちにあんな金額が払えるわけないでしょ!? 』
でもラキュアの場合は違う。彼女はウルシア・グルーとして縁があった。
「僕たちが見ていたもの。そしてスティープルが『ファングド・ファスナー』を仕込んだ場所。それは……」
「長老がウルシアに買い与えた……義手だった」
たとえ口を生成しても、それが生身の肉体でなければ本音を喋ることもない。それ以前に言葉を喋ることもない。
『私は犯人じゃない』
あたしが聞いたその言葉は、ラキュアが事前に用意した偽りの言葉だったのだ。
「義手だって分かれば腑に落ちるよねー。部屋で襲われたフリをする時は、取り外せば済むんだから。探偵さんの言葉を聞くまでは本当に切断したって思ってたよー」
「実際にシェイクに切断された時と比べたら、確かに血が少なかったなって感じがするわ。それに義手なら錯乱した理由にも説明がつく。なんせ目覚めたら左腕のある体になっていたんだものね」
エフィが治療してくれることは予測していても、実際に全身で味わった時の強烈な違和感は予測できなかった、ということか。
「ついでに言うと、ニカワがラキュアに吠えなくなったのは義手を外した後からだったよー」
「あ、そうか! 魔力で動かす義手! ニカワは魔力が分かるって……!」
「主人が悪いものに取り憑かれたって思って、追い払おうとしてたのかもねー」
「じゃあラキュアさん、嫌われたわけじゃなかったんですのね!」
エフィは心底、ほっとしたように行った。
ラキュア本人は気づいてなかったみたいだけど、一番大切なことは手に入れられたってことになるのかな。
「ちなみに僕がエフィを説得する時に使ったのもその義手だよ。義手は本物の肉体と違ってエフィの治療後もその場に残る。それをごまかすために、ラキュアは義手をどこかに隠したはず。探してみたら案の定、ベッドの下に転がっていたよー」
「えぇ、エフィが観念するにはその話だけで十分でしたの」
「実物を袋から出して見せるまでもなかったよねー」
「……ちょっと待った、袋?」
それってシザースが帰りの船で持ち帰った細長い奴じゃ……!?
「そうだよ? すごい価値のある物なんだし、あのまま放置して誰かに見つけられたらラキュアも困るしさ」
「あ、あんたって人は……」
「もちろんラキュアから借りてるだけだよ、本人は知らないけど。いつかとは言わずにちゃんと返すつもりだよー」
「そ、そう……自分の欲のためではないってわけね……」
……その日が来るまで大切に保管しておくとしましょうか。
「これで大体かな?」
「えぇ、もういい時間よ。あたしもスッキリしたり、お開きにしましょうか」
答え合わせは終わった。
実際にはラキュアの動機や事件の背景など、明らかになっていないことは探せばいくらでもありそうだが、あたしの中ではあらかた解決した。
それに、これ以上の踏み入った話となるとあたしたち三人では不可能だ。
真実はラキュアの心の中にしかないのだから。
「レサルタ。エフィを部屋まで案内してあげて。あたしたちはいいから」
「かしこまりました」
「スーちゃん、チョッくん。おやすみなさいですの」
「うん、おやすみー。」
お仕事口調のレサルタにエフィを任せ、あたしとチョキ──既に戻った──も部屋へと向かう。
その途中であたしの背中に一つの声がかけられた。
「眠りの前に良いだろうか?」
「いいけど、何か用?」
そこにいたのは、すっかり元通りの姿に戻ったローエンビッツだった。
周到なことに道化師の服装は事前に調達していたらしい。
「そなたたちのおかげでこうして健康な五体を取り戻すことができた。この借りは忘れない」
「礼ならエフィに……というか治療が終わった時に言ってなかった?」
「そうだったか? そなたはどこか上の空で聞いていないような様子だったが」
「それはごめん」
実際、事件を振り返るのに夢中で聞き流していたしな……。
というかローエンの治療はシザースの尻ぬぐいだと思っているので、礼を言われたところで特に実感が湧かないのだが。
「そうだな、そなたが良いと言うのであればこれ以上へりくだるのはよそう」
ローエンはそう言うと懐から手紙を出す。
「ギルド・カートリッジから連絡が来ていてな。極秘依頼ではないが、ギルド内に張り出せないような血生臭い依頼の求人だ」
「あたしたちには縁のない依頼ね……」
「?」
「なんで首を傾げるの!?」
別に好きで血を流しに行っているわけじゃない!
ただ巻き込まれただけだってのに……!
「冗談だ、分かっている」
「本当でしょうね?」
「ともかく、この手の依頼に出会える機会はそうそう無い。こうして体も治ったことだし、話くらいは聞きに行こうと思っているのだが、依頼主の都合で時間が無くてな。今夜中にここを発つこととなった。館の主に挨拶くらいはしておかねばと思ってな」
「そうなんだ……分かった。元気でね」
「そなたたちもな」
特に深い交流があったわけでもない。
簡単な挨拶。なのに、ローエンの表情や仕草からは感謝が伝わってくる。
これが大人の立ち振る舞いってことかな、不思議なものだ。
殺し屋を野に放つというのに、あたしたちの間を通る空気はとても穏やかだった。
「……あ、ローエン! 標的があたしだったらちゃんと断ってね?」
「ふっ、その時は全力で借りを返すとしよう。もちろんシザースから借りた方をな」
「え? ちょ、ちょっと! 本当にお願いよ?」
「分かっている。そなたに私の魔法を楽しんでもらえないままでは、道化師として心残りだからな」
「本当に本当だからね!? フリじゃないからね!?」
あたしの心中を察したのか察していないのか、ローエンは一礼して去っていった。
「……やっぱり根に持ってるよなぁ。『ファングド・ファスナー』使えばよかったかも」
怒りや憎しみなら正直に吐き出す人でも、殺意となれば嘘をつく。
殺し屋であれば尚更だ。
いつの日か、ローエンにトドメを刺さなかったことを、館に住まわせてエフィに治療させたことを、後悔する時が来たとしても……!
「決して不思議なことじゃないな……」
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真っ白な素肌に月明かりを反射しながら、ローエンビッツは夜道をゆっくりと歩いていた。
やがて彼は通りの向こうからやってきた馬車に目をやると、その行先を遮るように立ちふさがった。
馬車の運転手は面倒そうに眉をしかめながらも、できるだけ柔らかい口調で話すように努めた。
「兄さん、今日はもう終わりだよ」
「代金を払おう」
「悪いね、金貨十枚積まれてもお断りだよ」
「銀貨一枚、銅貨二枚、追加でさらに銅貨二枚だ」
「…………勝手にしな」
運転手は素っ気ない口調で、親指で後ろの荷台を指さした。
かつて奴隷商が使っていたのと同じ、外から中が見えないように工夫された荷台。
当然、まともな馬車ではない。
特定の代金を特定の手順で提示することが、この馬車に乗るための条件だった。
「失礼する」
ローエンビッツは荷台へと足を踏み入れる。
天井から吊るされたランプが、先客の上半身を照らし出していた。
すぐにその中の一人が声を発する。
「ヒヒヒ、病み上がりの道化師さんの登場だ」
「…………」
ローエンビッツにとっては予測できていた反応だった。
以前、この国に滞在していたユキリ・ロンタールという人物によって、“シザースに敗れた男”の噂は広められている。
「あんたも求人を読んで参加したんなら知っているだろう? 依頼主さんにはどうしても始末したい奴がいるらしい。殺し屋でなくても参加は歓迎ってくらいにな。そうするとホラ、雑魚がおこぼれを貰おうと群がってくる」
「そなたも求人を読んで参加したのなら知っているだろうが、一人当たりの報酬量はきっちりと定められている。その雑魚を減らしたところでそなたの分け前が増えるわけではない」
「その通りさ、あんた命拾いしたね。ヒヒヒ……!」
単なる暇潰しのつもりだったのだろう。男は早々に挑発を切り上げて横になってしまった。
ローエンビッツも空いたスペースに座り込み、何かするわけでもなくじっとランプの明かりを見つめる。
(そこまでして始末したい標的とは何者なのだ……ヴェラム王国よ)
惨劇の立役者を乗せた馬車は、闇に溶け込むように隣国へと走り出していった。
第3章 END




