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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第79話 真相②

 長老の遺体を発見した経緯を思い返す。

 あの時、ラキュアは自分の部屋で濡れた服を着替えていた。その直後に長老の部屋のガラスが割れた音が響き渡ると、すぐに他の人たちと共に三階まで上がってきた。

 当然、この短時間で誰にも見られることなく長老を殺害することはできない。


「と、なると……それより前に殺害されていたと考えるしかないわ。あの瞬間に起きた出来事は一つ。“ガラスの割れた音が響いた”、ただそれだけだったのよ」

「なら、ラキュアさんはどうやってガラスを割ったんですの?」

「もちろん魔法とプレーン能力を駆使したのよ。ほら、ペッグが言及していたのを思い出して」


 ガラスの割れた音が聞こえたことと、ガラスが割れたことはイコールではない。

 要するにガラスは既に割れていて、似た音を鳴らせばいいというわけだ。


「例えば、『氷塊(アイスロック)』を真上に向けて唱える。そして『サウナ・クラーター』の熱で水に変え、天井に命中した瞬間に与えた熱を解除する。こうすれば天井にへばりついた氷の出来上がりよ。その後は氷の根本に熱源を仕込み、好きなタイミングで発動すれば氷は落下する。床に落ちて割れるってわけ」


 あるいは床にではなく、割れやすい形に加工した氷の上に落下させればいい。

 そうして散らばった氷の破片は、魔法を解除してしまえば全て消滅する。

 証拠隠滅も兼ねた一石二鳥の方法というわけだ。


「じゃあガラスを割ったのはいつですの? あの時以外にガラスの割れた音は聞こえなかったんですのよ」

「長老を殺害した後、その場で割ったんじゃないかしら。それも音が響かないような方法で」

「僕は『サウナ・クラーター』で割ったんだと思うよー」

「ガラスって熱で割れるの?」

「温度変化だよ。まずスティープルがさっき言った方法で、氷がガラスにへばりついた状態を作る。そうやってガラスの温度を下げきったところで、今度は熱を加える。すると急激な温度変化でガラスが膨張してヒビが入るんだよー」


 凍ったガラスに熱湯をかけると割れる、という原理らしい。

 『サウナ・クラーター』なら表面からではなく内側から、一瞬で高範囲の熱を加えることができる。

 ガラス全体に蜘蛛の巣よりも細かいヒビを入れられるというわけか。


「なるほど、そこまですれば砕いたところで音も響かなさそうね」

「そうだね、シャーベットにスプーンを突っ込むのと同じ感覚だと思うよー」

「それにペッグはガラスの破片のことを、細かくて均一だったって言ってたわ。今のシザースのやり方で決まりよ」

「ラキュアさん、そこまで考えていたんですのね。ってエフィが感心してどうするんですの!」


 エフィは首をぶんぶんと横に振りながら次の問題に移る。


「ガラスの下りは分かったんですの。ラキュアさんのアリバイ作り、そして犯人が外から来たと思わせるための演出でしたのね。ならもう一つ、鍵はどうやってかけたんですの?

「鍵……鍵か……」


 ペッグが扉に体当たりして開けたんだったな。

 あの“開かない扉”もラキュアが仕掛けた外部犯の演出の一つというわけだ。


「それについてはねエフィ、あたしが一番分かってるの。事件後に長老の部屋で、実際に鍵を調べたのはあたし自身なんだから」

「なら教えてほしいんですの。一体、どんな痕跡があったというんですの?」

「何も無かったのよ」

「え……!?」


 あの時、あたしは扉のノブに付いていた摘みを回した。扉の側面から金属状の出っ張りが勢いよく姿を表すのを見た。

 その時は『ごく一般的な仕組みの鍵だ』なんて頓珍漢なことを考えていたが、よく考えたらそんなことはありえないのだ。


「あの時、あたしは鍵を“閉めた”のよ。ということは逆に、それまでは鍵が開いていたってことになるの。ペッグが扉をこじ開けて長老の遺体を見つけた時も、実際には鍵は開いていたのよ」

「そ、そうなんですの!?」

「それとも他に誰か鍵に触った人がいた? あの鍵は開閉時に結構な音がするのよ、ガチャンって。その音を聞いた? 聞いてないでしょう?」

「じゃ、じゃあ扉はどうして開かなかったんですの……?」

「もちろん魔法とプレーン能力よ。例えば氷を熱で水に変えて扉にかけ、部屋を出た後で熱を解除するの。そうすれば氷の重しができあがるでしょう?」

「そっか、それなら土礫精の言動にも納得がいくね」

「何かあったかしら?」


 当時の土礫精の言葉をシザースが反芻する。

 『開きません』

 『ペッグ様、一般的な成人男性の身体能力では不可能だと判断します』


「土礫精って気は利かないけど優秀だし、仕事も正確だったよね。扉が開かないのは氷の重しのせいだって分かってたんじゃないかな」

「言われてみれば……そうよ! あいつら“鍵がかかってる”なんて一言も言ってなかったわ!」


 だからあそこで棒立ちしてたんだ、鍵を取りに行く素振りも見せずに!

 そんな重大なことですらも、命令しないと喋らないって言うのか……!

 今思えばペッグに『不可能』って断言してみせたのも不自然なことだったんだな。

 あそこで『どうしてそう言い切れるんだ』と問いただせば『氷の重しがあります』と答えてきたに違いない。


「最終的には、ペッグさんが扉をぶち破る瞬間に魔法を解除して、証拠は隠滅ってわけですのね」

「何にも証拠は残らないねー。部屋が寒かったかどうかなんて僕は覚えてないや」

「そうね、覚えていたとしても証明は不可能よ」

「スーちゃんは覚えているんですの?」

「寒さの方はともかく、別のことなら覚えているわ。事件直前のラキュアの様子を思い出してみて」


 ニカワを捜して暴風雨の中をさまよっていたと、当時のラキュアはそう言った。

 そんな彼女は全身がずぶ濡れで、そして疲れ果てていた。まともに歩いたり、大声を出せないほどに。


「あれは長老の部屋で氷の魔法を仕掛けた後だったから。そうとは考えられない?」

「あ……!」

「何度も氷の魔法を唱え、そしてその氷を維持するためにずっと魔力を放出し続けていたのよ。そうすると体への負担が大きくなるんでしょう?」


 シェイクと戦っている時もそうだった。

 ラキュアの動きがどんどん鈍くなっていき、最後は動けずに攻撃をくらっていた。


「ニカワを捜していたというのは、ずぶ濡れになるための口実よ。外に出れば誰にも見られずに長老の部屋へ行けるし、自分の疲労感もごまかせる」

「お爺さんの部屋は三階ですのよ? 道具も無しに上るのは無理ですの」

「そこはあなたがいれば解決よ、エフィ。『ピックニック・パッド』の包帯で掬い上げたの」

「っ……!!」


 エフィの能力が人間を持ち上げられることはあたし自身の体で体験済みだ。

 それにラキュアが外に出ていたであろう頃に、エフィは就寝前の介護のために長老の部屋に行っている。その途中で掬い上げたと考えられる。

 侵入経路は、三階に上がってから長老の部屋に向かうまでの間にあった窓……それも向かって左側の窓だ。

 『サウナ・クラーター』で衣服を乾燥させてから行動したのだろうが、窓の縁にはしっかり水滴がついていた。犯行を終えて帰る時の水滴が残ってしまったのだ。

 しかもあの窓はエフィが、リビングの外に落ちたことを恥ずかしがりながら鍵を閉めた場所だった。

 その後、雨が降り出したにも関わらず鍵が開いていたとなると、事件に関係があるとしか思えない。


「……そう、スーちゃんの言う通り。それがエフィの役割だったんですの。ラキュアさんの復讐を成功させるために、エフィが。……よく分かったんですのね」

「きっかけになったのはラキュアの発言よ。口を滑らせたからね、最後の最後で」

「あぁ、あれですのね。あれは本当に勘弁してほしかったんですの。おかげで動揺してしまったんですの」


 それはラキュアが別れ際にエフィと行った会話だ。

 『私を()()()()くれてありがとう』

 『いいんですのよ、お礼なんて。エフィにはそれくらいしかできないんですの』

 『ふふ、昨日の晩と同じこと言ってる』

 昨日の晩にエフィは確かにラキュアを“救った”が、ラキュアは翌朝に至るまで気を失っていて、エフィにお礼を言う機会は存在しない。

 つまりそれとは別に、エフィに感謝する機会があったわけで……。


「ラキュアさんを“掬った”時、エフィは確かに同じことを言ったんですの。それくらいしかエフィにはできないって。何を言ってるのやらって話ですのね、殺人に手を貸した以上は同じことですのに……!」

「エフィ、ここは裁判場じゃない。答え合わせの場だよ」


 罪の告白を聞くつもりも無ければ、その罪を咎めるつもりも無い。

 それがこの場に座っているあたしの本心だ。


「これで長老の事件については一通り分かったし、次に行きましょうか」

「長男夫妻と次男の三人だねー」

「えぇ、……と言ってもあまり話すことなんか残ってないけど。大体はペッグが言った通りだと思うし」


 ペッグが言った推理はこうだ。

 夕食のワインにあたしがプレーン能力を仕込んだ。そして頃合いを見計らって発動した。

 ……そう、たったこれだけだ。


「理屈は同じよね? ラキュアがプレーン能力を仕込んだとしても、ペッグの推理は成立する。三人の命は、体内で発生した高熱によって奪われたのよ」

「そういえば、あの部屋ってすごく嫌な臭いがしたのを覚えてるよー」

「あぁ、それで窓の話になったんだっけ。クレイブが窓を開けるように誘導したって。あれは高熱で体が焦げた臭いだったのね」


 親族三名の殺人については他に話すことは無く、あっさりと終わった。


「さて、答えたよ。エフィ」

「え? 答えたって?」

「いや、あなたが聞いてきたんでしょ? ラキュアがどうやって皆の命を奪ったのかって」

「あ、そういえばそうでしたのね」

「もう、しっかりしてよね。あなたは問題を出す側なんでしょ? 他には無いの?」

「あー、えーっと……」


 エフィはやや慌てながら言う。


「あ、そうですの! あのことを聞いてなかったんですの!」

「あのこと?」

「スーちゃんの『ファングド・ファスナー』ですのよ! あれで犯人を見つけようって話になったときに、ラキュアさんは確かに言ったんですの!」

「…………」


 そうだったね、ラキュアは間違いなくこう言った。

 『私は犯人じゃない』

 ……ラキュアにはあたしの能力が効かなかった!


「もちろんエフィはその理由を知っているんですの。だからあれはラキュアさんの策略だってすぐに気づいたんですの。では、二人はいつ気づいたんですの?」


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