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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第77話 終着

 帰りの船旅は穏やかなものだった。

 警戒していた半魚兵団サハギン・ソルジャーズの姿はなく、ときおり遠くに見える海鳥に目を凝らしているうちに大半の時間が過ぎていった。

 無論、姿がないのは魔物だけではない。

 この時のために入念に清掃された一等客室はいまや空室となり、誰かがそこで罵声怒声をぶつけ合うような光景は見られない。

 船員たちも気を利かせているつもりなのか、あるいは単純にいたたまれないのか、ともかく波の音だけが聞こえる静かな船旅の一因となっていた。


「あっ! 見えてきたんですの!」


 エフィが真っ先にその言葉を言った。

 彼女にとっては二年ぶりの帰還。その気持ちを代弁できる人は本来であれば誰もいないだろう。

 でも、その時のあたしにはできた。


「やっと帰ってこれたね……」


 一日ぶりの帰還。

 あまりにも多くのことが起きた、たったの一日。


「うん、やっと……やっとだよニカワ」

「ワン! ワン!」


 その一日を噛み締めている人は、きっとあたしだけではないはずだ。




 船を降りれば次の行先はバラバラだ。

 あたしとチョキはギルド・カートリッジへとエフィを送り届けなければならない。

 他にギルドへ用事がある人はいないようだ。


「探偵さんはこの後どうするのー?」

「私ですかな?」


 チョキの言葉にペッグは少しばかり気だるげな様子で答える。


「仕事ですよ。スティープル嬢が倒したとはいえ魔物の襲撃ですからな、王国兵団への報告はしておくべきでしょう。関係各所に訃報の連絡もしなくてはなりません」

「それは嫌な役回りだねー」

「まったくです。ですが大切な役回りですよ」

「ラキュアはどうなるの?」

「……ふぅむ」


 あたしの質問にペッグはしばし逡巡する。


「あの子がウルシアを名乗ることは二度とないでしょう。これから先はラキュアとして今まで通り生きていくようです。今さら長老の死亡時刻は証明できないと提案してみましたが、もう遺産など関心は無いそうです」

「地位や名誉にはこりごりなのね、ラキュアらしい」

「そう……なのでしょうな。もう少し早く気付くべきでした」


 ペッグの提案はすなわち“彼女が遺産を相続できるようにしてもいい”というものだ。

 実際にはウルシアの誕生日前に長老が亡くなり、遺産相続の権利はアドヒースが手にしたわけだが、その情報はあたしたちの記憶の中にしかない。

 もう一つの真実を作り出すのは容易だ。

 だが、それを承知のうえで彼女はラキュアを名乗った。


「じゃあ、グルーの遺産を貰える人はいなくなったんだねー。その場合は確か……」

「おっと、その先は他言無用ですよ。どこで誰の耳に入るか分かりませんからな」


 ペッグは苦笑しながらチラリと時計を見る。


「そろそろ行くとしましょうか。この名探偵ペッグとの邂逅を形に残しましたので、どうぞお受け取りください」

「これは……?」

「わーありがとう! マルルも喜ぶよー!」


 サインか……。

 マルルに頼まれてたことをすっかり忘れてた。


「では、お二人ともお元気で」


 ペッグは一礼し、そして去っていった。

 名探偵か……色々と振り回されたな。

 私を犯人扱いしたこと、マルルにどう説明すればいいものやら。




「スティープル、話……終わった?」

「うん、終わったよラキュア。エフィも」


 ペッグの背中を見送ると次はラキュアだ。

 あたしたちがペッグと話している間、彼女はエフィと二人で話し込んでいたようだ。


「ラキュアともこれでお別れになるのかな。ペッグに連れてこられたんだよね? 遠くから来たの?」

「あ、えっと……そのことなんだけど私、パーチメント王国に落ち着こうと思ってる。帰る場所ないから」

「エフィが勧めたんですの。魔法とプレーン能力で戦えることは保証済みですし、ギルドの人たちとも面識があるんですの」

「なるほどね……」


 長老によるウルシアの捜索依頼──厳密に言えば偽物を見繕う依頼だったわけだが──はギルドを介したものだった。

 あたしが思っているよりもラキュアの存在はギルド側に知られているというわけだ。


「お金の方はともかく泊まる所とかは大丈夫なのー?」

「そうね、どうするチョキ? うちなら部屋も空いてるし……って、ラキュアに決めてもらうべきよね」

「私……?」

「あ、えっとね。あたしたちの家のことなんだけど……」


 きょとんとするラキュアにナギナタ邸のことを説明する。


「──というわけ。どう?」

「…………気持ちは嬉しいけど、ごめん」

「やっぱりそうだよね。大丈夫、分かってるよ」


 断られるのは当たり前だった。

 豪華な館。住み込みの執事とメイド。さらに今では殺し屋(ローエンビッツ)

 昨日の今日で古傷にすらなっていないラキュアの心をさらに引き裂くような条件が整いすぎていた。


「気持ちだけ貰っておく。当分の間は何とかなるから。形だけとはいえペッグの助手として給料を貰ってる。結構な大金……元は長老の依頼料って感じでいい気はしないけど」

「分かった。困ったことがあったらいつでもあたしに言ってね」

「もちろん僕にも。言ってくれればいつでもお金返すからねー」

「チョキ、生々しい言い方しないでよ……」


 お金で友人関係が壊れでもしたら、あたしが見てきたグルーの親族たちに近づいた気がしてならない。

 しかも“借す”と言い間違えてるし……。


「……ありがとう。スティープル、チョキ。二人が一緒に島に来てくれて良かった」

「ラキュア……ううん、こちらこそ」

「今度はギルドで会おうねー」

「それとエフィ。あなたがあの島にいなかったらあたしは食屍鬼(グール)として死んでいたと思う。私をすくってくれてありがとう」

「いいんですのよ、お礼なんて。エフィにはそれくらいしかできないんですの」

「ふふ、昨日の晩と同じこと言ってる」

「っ!? え、そ、そうなんですの?」

「じゃあ、またね!」


 そうしてラキュアは印象的な笑顔を残して、ニカワと共に街中へと消えていった。

 あらゆる悩み苦しみから解放された、彼女だけの素顔というものをようやく見ることができたように思えた。




 その後、あたしたちはギルドへと向かった。

 既に夕方近くということもあってか、ギルド内にはその日の依頼を終えた冒険者たちが賑わいを見せていた。

 少し待たされるかと思ったが、あたしたちに気づいたウェバリーがすぐに昨日も利用した職員用の部屋へと案内してくれた。


「お久しぶりですね、エフィ。二年間の業務、お疲れ様でした」

「ウェバリーさんこそ元気そうで安心しましたの」

「それとチーム・ツーサイドのお二方。既に話は聞いております。魔物の襲撃により長老を含むグルーの一族が軒並み死亡したと」

「もう知れ渡ってるの?」

「当ギルドは多くの方にご愛顧いただいておりますので、自然と情報が集まってくるのです」


 ウェバリーはさも当然のように言ってのける。

 何というか、凄惨な知らせを聞いた割にはいつも通りの淡々とした態度だ。この人、お葬式で涙を流したりとかするのかな……?


「さて、エフィ。二人の仕事ぶりはどうでしたか?」

「それはもう、スーちゃんもチョッくんもとっても頼りになったんですの。スーちゃんは勇敢で意思が強くて、友達思いな素敵な方ですの。襲ってきた魔物を倒してラキュアさんをすくってくれたんですの。チョッくんは冷静で的確にエフィを導いてくれて、それを少し怖いと思ったこともあったけど、でもエフィのことを思ってくれているのが分かって、今は信頼しているんですの」


 ウェバリーの質問にエフィは元気な声で答える。

 ここまで見られていたとなると恥ずかしいな。

 同時にウェバリーがあたしを値踏みしているようで怖くもある。


「……なるほど。エフィの考えは分かりました。であれば私も安心というものです」

「安心?」

「今回の件、あくまで“お願い”ですので依頼料が発生することはありません。ですがエフィからの信頼を勝ち取ったという点で、お二方にも得る者があったのではないですか?」

「あはは、僕らから“借りは作ってない”ってことだねー」


 チョキがズバリと要約する。

 そんな打算的なこと考えてないっての、この女は……まったくもう。

 そもそも依頼ではなく“お願い”になったのはローエンビッツの件を蒸し返されたからだというのに。


「もういいわ、さっさとエフィにローエンの怪我を治してもらいましょう。それで後腐れなしよ」

「ローエンさんって誰ですの?」

「殺し屋よ、シザースが再起不能にした」

「ええっ!? 再起不能!?」

「そうよ! そのせいで馬鹿みたいな金額の義手を肩代わりしろなんて話になって! グルーの長老じゃあるまいし、あたしたちにあんな金額が払えるわけないでしょ!?」


 魔力で動いて細かい動きができる義手だったっけ。

 本物の手と見分けがつかないとか。

 …………。


「た、たたた大変ですの! 今すぐそのローエンさんの所に行くんですのよ! 命を落としてからじゃ遅いんですの!」

「大丈夫だよ、エフィ。命に別状は無いからさー」

「で、でもでもスーちゃんは再起不能って……!」

「あはは、それはローエンの仕事が手を使うってだけの話だよー」


 まったく大袈裟なんだから、とチョキが笑う。


「でも早い方がいいのは確かだね。これからエフィを連れて行っても困らない?」

「えぇ、どうぞ。依頼が溜まっているわけではありませんので」

「よーし、じゃあ行こう」


 ウェバリーの許可が降りるとチョキは早速、席を立つ。


「スティープル? 置いていっちゃうよ?」

「……あ、うん。そうだね。マルルとレサルタに無事を報告したいし、二人に聞きたいこともあるし」


 あたしは一人遅れる形で席を立ち、チョキたちの後を追った。




>>>>>>>>>>




 そこからあたしの記憶は曖昧になる。

 どこか上の空というか、別のことを考えていたというか。

 いや、あたしの記憶力に問題があるわけではない。

 これは“省略”なのだ。


 あれからマルルとレサルタにエフィを紹介したことや、ローエンビッツの怪我をエフィに治してもらったこと、エフィを夕食に招待して今晩は泊まってもらおうと説得したこと。

 その全てはこれから起きることに比べればさして重要なことではない。

 ゆえに“省略”させてもらうことにする。


 ──無関係な情報が混じると本当に知りたいことを見失ってしまうからな。


 ともかく時刻は三時間後、場所はナギナタ亭のリビングルームまで飛ぶ。

 あたし、チョキ、エフィの三人がマルルの淹れてくれた紅茶と共にテーブルを囲んでいる。


「マルルには席を外してもらった。紅茶のお代わりのためにわざわざ巻き込む必要はない。これはあたしとあなたたち二人だけの物語だけなのだから」


 あたしはギルドを出る時にこう言った。

 『マルルとレサルタに無事を報告したいし、()()に聞きたいこともあるし』

 二人とはすなわち──!


「一人はエフィ。もう一人は……僕の方かなー?」

「そうね、赤い瞳の方がいい」


 エフィとシザース。この二人に聞ければ十分だ。


「さぁ、答え合わせといきましょうか」


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