第75話 スティープルの真髄
あたしのプレーン能力『ファングド・ファスナー』、触れた場所に口を生成することができるのは知っての通りだ。
ただ、そもそも口とは何か?
まず唇がある。
これを一つ目の門として考えると、その門を開けた先には二つ目の門。すなわち歯と歯茎がある。
さらに先へ進むと舌があり、喉彦がある。喉彦というのは、いわゆる“のどちんナントカ”というものだ。ちゃんと言えって? 引っぱたくぞ。
……で、細かいことを言えば唾液や粘膜などの要素もあるのだが、口を形作るという意味では今言った部分で終わりだろう。
唇から喉彦まで、それが口。
──あたしの思考はそこで止まっていた。
プレーン能力の真髄。目に見える所ではなく、その奥の見えない所。
『ファングド・ファスナー』にもそれがあった。
唇から喉彦まで、それは見えている。
その奥の見えない所にこそ……ある。
あたしがこれまで知らなかった『ファングド・ファスナー』の真髄がある!
「な、何をした……?」
「ナイフをさしたのよ」
「え……」
シェイクの怯えた質問が戸惑いに変わる。
ほとんど同時に後方からペッグたちの会話が聞こえてきた。
「スティープル嬢のナイフがシェイクの胸を……あの鎧を貫いて刺さっているですと!? いや、よく見るとあれは……!」
「口ですのね、スーちゃんが刺したのは。シェイクの胸に口を作って、その中を刺したんですの」
“刺した”というよりは“差した”だ。“差し込んだ”と言った方がいいだろうか?
いや、もっと適した言葉がある。
「ナイフを“飲み込ませた”」
あたしの『ファングド・ファスナー』が生成するのは口だけじゃなかった。
口の奥に続く空間がある。飲み込まれた物が向かう先がある。
すなわち食道がある!
「そっか、シェイクの本音を喋らせていたのは胸だったか。探偵さんはバジャックを介して足に仕込んだって言っていたけど、そうじゃなかったんだねー」
「ですがチョキ殿、それでは仕込むタイミングが……」
「無い……って本当にそうかな? 僕らが見ている時には無かったってだけだと思うよー」
そういうこと。少し時間を遡ろうか。
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正確には分からないが、ほんの数分前。
あたしがニ階でシェイクと対峙していた頃の出来事だ。
「『鱗鎧』!」
あたしはシェイクの叫びを聞き、そしてすぐに察知した。
これは魔法だ。あたしのナイフを止めるためにシェイクが魔法を唱え、その試みは成功した。
その時は全身を鎧で覆うという全貌は把握しきれていなかったが、そこは重要ではない。
重要なのは、シェイクの皮膚がナイフを通さないほどの硬さを得たということだ。
だから、あたしは咄嗟に手を伸ばした。
鱗が灰色から白色へと染まり、触れていたあたしの指が外側へとゆっくり押し戻されていく。
そうやって仕込んでいた、シェイクの防御手段を突破できる可能性を……いつか使うと信じて。
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布石は誰も見ていない瞬間に打っていた。
どんなに硬い鎧だろうと、あたしはそこに口を生成できる──穴を作り出せる!
「お、お前……あの口の能力……俺の体に、“飲み込ませた”って……!」
「あたしが今まで本音を暴いてきた人たちに、“体に穴が開いて苦しい”って人はいなかった。口を生成して、その口を傷つけたとしても元の体に悪影響は無い。でも、ここで能力を解除したら? 口が消えたら、その口が飲み込んでいたナイフはどうなると思う?」
「や、やめろ……まさか! やめろ!」
この性質を発見したのは今日のことだ。日付が変わっていたから昨日ではなく今日。まだ夜も明けていない頃。
倉庫に閉じ込められていたときに発見した。
そして確かめた。口と一緒に消えるか、自動的に吐き出されるのか。
あるいは……?
「やめろおおおおおおォォォォォッ!!」
「解除」
ブツン……!
「がっ!!」
シェイクの全身が脱力し、地面に崩れ落ちる。
次いでその体を覆っていた鎧が消えていく。
「お察しの通り。ナイフの刺さった状態が出来上がる」
能力を解除すれば飲み込んだものは内に残り、その位置にあった物を上書きする。
これがあたしの能力の真髄!
『ファングド・ファスナー ~ディープ・ヴァイブス~』!
「ねぇ、死ぬ前に一つ……」
「ォォオ────ュッ────ァ──」
「……何でもない」
グルーの島を血祭りにあげた凶悪なる襲撃者はわずかな空気を吐き出すだけで、何かを語る間もなくすぐに事切れた。
時刻は正午。
ようやく島を訪れた船の上で、あたしは一人で出航を待ちながら潮風を浴びていた。
今、船内にいるのは船員を除けばあたしとラキュアだけ。
ペッグは船長と共に、昨晩の出来事を説明するために島内を駆け回っている。チョキとエフィも一緒だ。
「スティープル……」
「あ、ラキュア。もういいの?」
「……うん」
戦いで負った傷は全てエフィに治してもらった。幾度となく失われたラキュアの左腕も今は元の姿を取り戻している。
ただ、治せるのは目に見える傷だけだ。
ラキュアの声や仕草がそれを体現していた。
「これで全てが終わった。たくさんの物を失って私だけが残ってる。みんな私に同情するかもしれない。取り戻せたはずの血統も、手に入れられるはずだった遺産も、一晩で水の泡になったから」
「ラキュア……」
「違うの、スティープル。私が失ったのはそんな大それたものじゃない。たった一つだけの、とても大切なものなの。でも、そうしたらみんなは手のひら返して罵るんだ! 一匹の子犬に固執して、金や身内なんて何とも思っていない私を罵るんだ! 人間として間違ってるって罵るんだあああああっ!!」
ニカワ……か。
ラキュアにとってはあの子だけが友達であり家族だった。
その遺体は今となってはどこにあるのかも分からない。
「……ごめん、ラキュア」
「え? な、なんで謝るの?」
「ニカワのいる場所を知っているのはシェイクだけだった。あたしの能力なら聞き出せたのに……」
シェイクを倒すことばかりを考えていて、いざ聞き出そうと思ったときには手遅れだった。
あたしはやっぱり探偵には向いていないな。
そんな風に落ち込んでいると、ラキュアは少し呆れたように答えを返した。
「スティープル、そんなことで自分を責めることはない。私だって同じこと考えてたから」
「え……?」
「最初に氷の槍であいつの顔を貫いたとき……手加減しすぎた。その気になれば脳味噌ぶち抜いてさっくり殺せてた」
「そ、そうなんだ……」
「でもそれだとニカワの場所が分からなくなるから……分からなくなるからああああああっ!!」
「わ、分かった! 分かったから落ち着いて! ニカワならエフィたちが探してみるって言ってたから……!」
船内から何人かの船員たちが何事かと顔を覗かせてくる。
この調子だともうしばらくは大人しく休ませておいた方がいいのかもしれない。
「ニカワ?」
「え?」
不意にラキュアが絶叫を止めた。
続いて耳を澄ませるようなポーズを取り、不気味なほど機敏な速さで首を動かしだす。
「ニカワの声がした! スティープルも聞いたでしょ!?」
「そんなの聞こえないよ!」
「嘘を言わないで! ニカワ! どこ!? どこにいるの!?」
「ちょ、ちょっと待ってラキュア! あたしは嘘なんて言わないよ!」
悲しみのあまり幻聴が聞こえているのだと思った。
心無いことを言うようだが、船員に頼んで部屋へ連れ戻した方が良いだろう。
シェイクを倒しはしたが、この島が安全になったとは言い切れない。
そんなことを考えていた、その時だった。
「ワン!」
子犬の鳴き声がした。
……まさか、本当に?
船に向かって歩いてくる二人の影が見える。
その片方の腕に抱かれ、鳴き声を上げたのは……!
「ニカワぁぁぁぁぁっ!!」
「ワン!」
ラキュアが泣き崩れながらニカワを迎え入れる。
その様子を、ニカワを連れてきた影……エフィが優しく見守っていた。




