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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第71話 無謀

 これが自分の人生で過去に無いダメージだと言うことは、地面に落ちる前から分かっていた。

 だからあたしは歯を食いしばった。

 意識を手放せば勝機はゼロになる。それだけはあってはならない。


「ぐ……」


 尤も意識を保ったところで事態が好転するわけではないのだけれど。

 勝機はゼロじゃない。じゃあいくつだって言う話だ。

 あたしがそんな当たり前のことを痛感したのは、呻き声を上げようとした直後のことだった。


「ま……」


 まずい、声が出ない……!

 強烈な痺れが背中から始まり、血管に染み込んで全身へと回っていく。

 あたしは『ファングド・ファスナー』の能力を使っておきながら初めて“喋れない”という事態に直面する。

 な、ナイフは? ナイフはどこにある?

 あぁ、あった。手を伸ばせば届く距離。

 で、でも……手が痺れて……伸ばせな──!


「伸ばせよ」

「っ!」


 大きな着地音があたしの耳元で鳴り響く。


「どうした? お前のナイフだろ? 伸ばせよ。伸ばして拾ってみろ」

「……っ……!」


 剣を下に向けて、こいつ……あたしが伸ばした指を切り落とそうとしている!

 あたしにやられたことを何倍にも膨らませてやり返す気だ! それくらいしないと気が済まないって顔だ!


「はっ、動けねぇのか! 当たり所が悪かったようだな! それなら……シギャハハハ! 前から気になっていた、お前らの作法って奴を試してみるとするか」

「……!?」


 シェイクはそう言うと剣を水平に構え、あたしの鼻先に突き付ける。


「何だっけか? お前ら人間が魚を食う時にやる、二つだか三つだか、数を数えて横に剥がす奴だ」


 食う時にって……?

 さ、三枚……おろし…!?


「まったく人間の食い方はふざけてるな、()()()()いくんじゃ駄目なのか? こうやって獲物を泣き喚かせたい時は有効なんだが」


 な、なんだよそれ……あたしを“おろす”って言うの……!?

 そんな……そんな残虐なこと……!




「『氷塊(アイスロック)』!」

「っ!? ごっ……!」


 魔法を唱える女性の声が聞こえた。

 シェイクの頭部に氷の塊が真横からぶつかり、その体が吹き飛んでいく。

 この魔法は……!


「スティープル、無事!? 無事でしょ!? これで死んじゃってたら……死んじゃってたらあああああっ!!」


 ラキュア……!

 館の入り口を開け放ち、彼女はそこに立っていた。

 そうか、あれから無事に目が覚めて……そしてやはり土礫精が守り抜いてくれていたんだ。


「スーちゃん、ちょっと引っ張るんですのよ!」

「っ……!?」


 あたしの視界が突如として浮かび上がった。

 いつの間にか腰の部分に包帯が巻き付いていて、空を飛ぶような勢いで引っ張られていたのだ。

 そしてあたしの体はラキュアの方へと向かい、そのすぐ傍の入り口から館の中へと引きずり込まれた。


「ラキュアさん、大丈夫! スーちゃんは無事ですの! 今から何もかも治すんですのよ!」

「え、エフィ……!」

「じっとして、すぐに終わるんですの。『ピックニック・パッド』!」


 あたしの全身が包帯でグルグル巻きにされていく。

 全身を覆う痺れがあっという間に治まっていき、代わりに生まれてきた痛みもすぐに消えていった。


「すごいなー、包帯を伸ばしてあんなことまでできちゃうんだ」

「シザース、あなたも……」

「無事だよ。ついでに探偵さんもねー」


 そこにはエフィとシザース、そして気まずそうなペッグの姿があった。


「朝早くに襲撃を受けてね。土礫精が戦っている間に逃げたんだ。色々な物を『デュアル・ブレード』で斬りつけて、“こっちに逃げた”って痕跡を作り上げて、何とか身を隠すことができた。スティープルの元にもメモを飛ばしたんだよ」

「あぁ、あれね。……えぇ、おかげさまで警戒することができた。なのに自分から首を突っ込んで、この体たらくよ。ごめん」

「ス、スティープル嬢! それを言うならこの名探偵ペッ──」

「待った! 探偵さんの話は後でいいでしょ? 僕が謝るのが先だよー」

「う、うむむ……」


 ペッグの態度はそういうことか。

 こうして外部の襲撃犯が実際に出てきた以上、あたしを犯人扱いして閉じ込めたのは間違いだったということになる。

 確かに、今はそんなことを謝らせている場合ではないな。


「シザース、あなたは何を謝るの? というか何をしたの?」

「スティープルの無罪を証明したくてね。詳細は省くけどエフィと話し合って、危険を承知であいつが襲ってくるよう誘導したんだ。そうしたら……」

「予想以上に強力な魔物だった?」

「うん、大失敗。スティープルも味わったでしょ? あの鎧のせいで僕たちの攻撃が通らないんだよ。ごめん」

「……大丈夫よ。あたしはその作戦、別に失敗だとは思ってないから」

「え……?」


 あたしはそう言って立ち上がる。

 そう、失敗ではない。あたしたちがこの島から生きて帰ろうとしたなら、遅かれ早かれシェイクと出くわしていただろう。


「ラキュア、あいつは!?」

「まだ生きてる」


 ラキュアが右手で魔法を撃つ構えをしながら、震える左手でぎこちなく指し示す。

 シェイクは鎧をまとった分、機動力が低下したようだ。のっしのっしと、ゆったりとした足取りでこちらへ向かっていた。


「『氷塊(アイスロック)』!」

「ふんっ!」


 ラキュアの放った氷をシェイクは軽々と両腕で受け止める。


「シギャハハハ! さっきは油断していたが、もう通用しないぞ! お前の狙いは俺の顔だろ? そこ以外は鎧で覆われているからな!」

「『氷塊(アイスロック)』!」

「無駄だ無駄! 何度やっても今の俺には傷一つつけられんぞ!」

「ラキュア、奴の言う通りよ。多少の足止めにはなってるかもしれないけど……」

「黙ってスティープル。退けないの」

「え……」


 ラキュアの強い口調に、あたしは思わず彼女の方を見る。

 そこで初めて、彼女の目には涙が滲んでいることに気づく。


「スティープルは無事だった。でも退けないの! だってあいつはニカワを……」

「え? ニカワ……!?」


 エフィの方を向くと、彼女の俯く顔が見えた。

 思い起こせば静かな朝だった。

 魔物の気配を感じとる、あの子の声は一度もしなかった。


「目障りな奴だったぜ。この俺を相手にギャンギャンと吠えやがって。スティープルといったな。お前もそうだが、やっぱりうるさい小物っていうのは黙らせたくなる」

「そ、それで……あんたは黙らせたっていうの!?」

「んん? なんだよその顔は? 今回は人間にも分かる話をしてるつもりだぜ? 人間だってうるさい羽虫がいたらムカつくだろ? ぶっ潰すだろ?」

「騙されないでスティープル! 全然違う! 人間のように殺したりはしなかった! あいつは──」




>>>>>>>>>>




 当初、スティープルとエフィに割り当てられた客室は、昨晩の殺人事件を経てラキュアが利用することとなった。

 そして早朝。その彼女が目を覚ました時、そこにあったのは混沌だった。


「そ、そんなはずがない! この名探偵ペッグが紐解いた真実に、あのような魔物など存在しない!」

「ペッグさん、早く逃げるんですの! 土礫精が守るのはラキュアさんだけですのよ!」

「駄目だ、攻撃が通らないよ! さっきから土礫精は時間稼ぎの動きばかりだし、僕たちも一旦逃げよう!」

「分かったんですの! ラキュアさん、走れますの!?」

「な、何が起きてるの……? あの魔物は何なの?」


 目が覚めてからしばらくの時間が経ち、戦闘の真っ最中であることは理解し始めていたが、それでもまだ彼女の頭は混乱していた。


「ラキュアよ、今何と──」

「シギャハハハ! よく分かってるじゃないか小僧共! そうだ、この半魚賢主(サハギン・シェイク)が簡単に倒せるか! ああ、ちょっとだけ機嫌が直ってきたぞ!」

「何か嫌なことでもあったのー?」

「ああ、あったさ! 目障りな奴だったぜ!」


 シェイクはそう言って“それ”を取り出す。


「あ……」


 ラキュアが次のシェイクの言葉よりも先に、わずかな呻き声を発する。

 たったのそれだけで、彼女と付き合いが長いエフィは自分がやるべきことを理解した。


「『ピックニック・パッド』! ペッグさん、一緒に走るんですの!」


 包帯でラキュアとペッグの体を結びつける。

 そしてそれを手綱のように引きながら、エフィは全速力で駆け出した。


「──けてきた……」


 ラキュアは一言だけ、遠ざかっていく視界の中で誰の耳にも届かない言葉を呟いた。




>>>>>>>>>>




「見せつけてきたああああああっ!!」

「ラキュア、待っ──!」


 あたしの手をすり抜けて、ラキュアが駆け出していく。

 これまで彼女が見せてきた悲痛な叫びとは違う、怒りの叫びが彼女の背中を押していた。


「無謀よ! ラキュア!」

「ああああっ! 『氷塊(アイスロック)』!」

「んん? 何が来るかと思えば、何の変哲もない……」


 シェイクが両腕で受け止める。

 既に実証済みだ。ラキュアの魔法は通用しない。


「こんなので勝てると思ったか? ナメられたもんだな! やはりうるさい小物は黙らせるに限る!」


 地面に落ちた氷にシェイクの目線が移る。そして一歩下がる。

 あれは知っている。子供が道端に転がっている石ころにやる動きだ。


「くたばりやがれぇ!」

「いけない! 解除して!」


 振りぬかれたシェイクの足が氷の弾丸を蹴る。

 ──解除だ、ラキュア。魔法で生成した氷なら魔力を止めれば消えてなくなる。


「がっ……!」

「ラキュ──!」


 “無謀”……その言葉が再びあたしの脳裏を埋め尽くした。

 ラキュアの左肩に直撃した氷塊は彼女の体を押し倒し、鮮血を巻き上げながら直進していく。

 そして、ようやく魔法は消えた。


「ラキュアさぁぁぁん!」


 エフィの悲鳴が木霊する。

 すぐさま『ピックニック・パッド』を繰り出し、ラキュアに向けて包帯を伸ばす。


「っ! 違う! 待ってエフィ!」

「え? スーちゃん……!?」


 包帯が止まる。

 なぜなら、あたしが手で掴んで止めたから。


「何をしているんですの!? 早くラキュアさんを! すごい出血ですのよ!」

「無謀と言ったけど、実はそうじゃなかったのかもしれない」

「え……!?」


 あたしは倒れているラキュアに向けて言う。


「今の、あたしには()()()くらったように見えた」


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