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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第70話 奇襲

 シェイクの狙いはすぐに分かった。

 椅子の投擲。その一撃であたしの体を破壊するつもりだ。

 金持ちの椅子というのは背もたれが長いもので、それだけ重さもある。

 このまま背を向けて走り出したところで、階段を降りる時間は無いだろう。

 だからあたしは投擲を防ぐ方を選んだ。


「ええいっ!」


 大きな音を立てて長老の部屋の扉が閉まる。椅子を振りかぶるシェイクの姿が上書きされた。

 その後、あたしはすぐに身をかがめ、扉と床の間へと指を這わせる。

 かつて奴隷商のアジトでチームBFDと戦った時にやったことと同じ寸法だ。

 『ファングド・ファスナー』で生成した口に扉を噛ませ、時間稼ぎを──!


 ボゴンッ!!


「あぐっ!?」


 あたしの乱暴な閉め方よりも、さらに大きな音が鳴り響く。

 内開きの扉が逆方向へとうねってあたしの額に衝突。視界に火花が走り、後方へと吹き飛ばされる。

 そのまま階段を転げ落ちた。


「うう……いたた、シェイクの奴……!」


 閉められた扉に向かって力任せに椅子を叩きつけたのか。

 扉が歪んで外側(ぎゃくがわ)に開くとは、なんて馬鹿力だ。


「んん? どこに行った? てっきり腰が抜けてへたり込んでるかと思ったが、ちゃんと逃げたのか? それとも吹き飛ばされただけか?」

「くっ……!」


 シェイクはすぐにニ階まで降りてくる……それまでに身を隠さないと!

 あたしは無我夢中で体を起こし、走り出す。

 どこへ逃げるのが得策なのか考える暇も無い、本当に思いつくままの行動だった。


「はぁ……はぁ……!」


 息を切らせてあたしが向かったのは、あたしとエフィに割り当てられた部屋だ。

 扉がまるっと無くなっている不穏な様子ではあったが、もはやそんなことはどうとも思わなかった。

 そこを選んだのは理屈ではなく、もっと本能的な……直感というものかもしれない。


「っ!!」


 部屋に入るなり、あたしの目に異様な光景が飛び込んできた。

 大きく割れた窓ガラスに、打撃の跡が残る壁と床。

 ……そして大量の土と、何かの破片。あたしはその正体を知っている。


「土礫精……!」


 それは彼らの亡骸、いや残骸だった。

 全身がバラバラに粉砕され、ぶちまけられた中身の山に執事とメイドの顔のパーツが埋まっている。

 魔導の力で動く土人形。まさか本当に土だったとは。

 実際に自分の目で確かめる機会が訪れるとは思わなかった。


「なんだなんだ? 随分と遅い逃げ足だな。しかも分かりやすすぎる」

「っ! 近づいてきてる……!」


 廊下の方からシェイクの上機嫌な声が聞こえてきた。

 あたしがこの部屋に入ったところを見られていたと、そう捉えるべきだろう。

 時間は残されていない。

 あたしの心に焦りが広がって──いくわけではなかった。


「ありがとうね、二人とも……」


 あたしは土へと還った彼らに、自然とそんな言葉をかけていた。

 彼らはなぜ破壊されている?

 分かりきったこと。シェイクと争ったからだ。

 それはつまり、シェイクの存在が彼らの主人であるラキュアの命を脅かしたということ。

 にも関わらず、この部屋には一滴の血も残されていない。

 彼らは役割を全うしたのだ。


「二人の勇姿を心に思い描いたら、なんだかあたしも勇気が湧いてきた。いつのまにか冷え切っていたみたいだね」


 昨日からずっと心臓に凍った糸を巻き付けられるような感覚に晒されてきた。

 殺される人間を見続け、彼らと同じ舞台に立ち続けてきた。

 そのせいで見失っていたよ、大事なことを。


「あたしも逃げない。立ち向かう!」




「もう追いついたぜ! 短い鬼ごっこだったな! こんなとこに逃げ込ん……ん? んん?」


 来たか、シェイク。

 意気揚々と部屋に入ってきたようだが、戸惑いを隠しきれていないな。

 大方、あたしが割れた窓ガラスの前で立ち尽くしているとでも思ったのだろう。

 残念だったな、あたしは既にあんたの見える位置にはいないよ。

 ただし、あたしからは見える。あたしは今、ベッドの下で待ち構えているのだ。


「んん? んんー……」


 シェイクはゆっくりと部屋を進んでいく。入口から窓の方まで、土礫精を足で払いのけながらゆっくりと。


「チッ、まさか飛び降りたか?」


 シェイクの足が窓ガラスに近づいていく。

 あたしのいる場所からおよそ三メートル。

 爪先は窓ガラスの方を向いている。相手の頭部は見えないので、ベッドに背を向けているか確証は得られない。

 くっ、奇襲……いけるか!?

 生唾を飲み込む。

 慎重に、出さざるを得ない音は最低限に……!


 ──!


 それは神経を研ぎ澄ませた状況だからこそ聞こえた、そよ風のような空気の揺らぎだった。

 そして静かな音とは裏腹に、目の前の光景は大きく変化していた。

 シェイクの足が……消えた?


「そこだろっ!!」

「うわっ!? がっ! いだっ……!」


 心臓が飛び上がるかのごとく跳ね、そしてあたしの体は本当に飛び上がってベッドの底に頭を打ち付けた。

 足が消えたのではない。シェイクがジャンプしたのだ。

 そして両足があたしの眼前に降ってきて、叫び声と共に床を踏み鳴らした。


「やっぱりいたな! ちょっと驚かせただけでこれだ! まさか俺の独り言を本気で信じたのか? 飛び降りたかもって?」

「信じたわよ、悪い!? い、いたた……! くっ、くだらない芝居なんかして!」

「シギャハハハ! ガキの浅知恵なんかお見通しなんだよ!」


 シェイクの両手がベッドの底を掴む。

 厳密に言えば、右手の親指と人差し指はナイフを支えているので両手と呼ぶには二本足らないのだが。


「おおら、出てきやがれ!」


 重そうなベッドが宝箱の蓋のように真上に90度回ってあたしの姿を曝け出し、同時にあたしの逃げ道を塞ぐ壁と化した。

 そしてほとんど間を置かずに、あたしの目の前にナイフが迫る。




 ボスッ!


「シギャハ……あ!?」


 何とも柔らかな音を立てて、ナイフは突き立てられた……()()だ。

 要するにシェイクはナイフを落としてしまっていた。

 その理由はすぐに分かる。


「ああああああガアアアアアァッ!?」


 シェイクが絶叫する。

 その両手の指はズタズタに引き裂かれていた。

 厳密に言えば、右手の親指と人差し指はナイフを支えて()()ので両手と呼ぶには二本足らないのだが。


「ベッドの下に隠れれば当然、持ち上げようとする。ガキの浅知恵を真に受けてスルーしたらどうしようかと思ったわ」

「あがががっ! お、お、俺の指がアアア!」


 ベッドを持ち上げようとして指をかけるであろう位置に、『ファングド・ファスナー』をびっしりと仕掛けておいた。

 あたしの奇襲は気づいてもらうだけで良かったんだよ。


「これであんたの馬鹿力は封じた! それとこれはあたしのナイフだ! 返してもらうよ!」


 落とされたナイフを拾い、シェイクの足元を駆け抜ける。同時に足首を切り払う。


「ギャァッ!」

「よし、切れる」


 足首から先の露出した部分だけではない。灰色の鎧の部分にも刃を振るい、そして切った。

 半魚兵団サハギン・ソルジャーズと戦った時にも感じていたが、やはりこのナイフの切れ味は並みの刃物よりも上だ。


「クソ野郎、逃がすかァ!!」

「逃げないよ」

「っ!?」


 バランスを崩して倒れこみながら振り向くシェイクに、あたしは冷たく言い放つ。

 逃げる気など無い。もう決めている。

 こいつが長老へやったことを、今度は自分がやってのけると!


「残念だったね、殺人犯。これは小説じゃないんだ。あんたが一方的に命を奪う展開になることはない」

「ま、待て……!」

「さらに残念なことに、あたしは探偵じゃないんだよ」


 犯人の自供、そこに含まれる動機や犯行方法に至るまで……読者が知りたがる謎を解き明かすことに興味はなく、全て闇に葬り去ることも辞さない。

 そんな投げやりな結末を迎えたとしても別にいい。

 だって、あたしは探偵じゃない。

 そうだよね、ペッグ?


「文句は後で聞く! これで終わりだ!」


 あたしの凶刃がシェイクの心臓部へと突き立てられ──!




「『鱗鎧(スクァーマ)』!」


 あたしはシェイクの叫びを聞いた。


「今のはまさか……!」


 突き立てられたナイフが金属音を響かせ……鱗の表面で停止していた。

 鱗が灰色から白色へと染まり、触れていたあたしの指が外側へとゆっくり押し戻されていく。

 これは……鎧だ。正真正銘の鎧、それを身にまとう魔法だった。


「うらぁ!」

「くっ!」


 シェイクの膝蹴りを後方に飛びのいてかわす。

 そうしてあたしは敵の全貌を目の当たりにすることとなった。

 ナイフを通さないほどの硬度を持つ鎧が全身を覆っている。これまで露出していた手足の先はもちろん、兜を被っていた頭頂部に至るまで。顔面を除いた全てが覆われている。


「これでもう何も通さんぞ! よくも俺の指を……後悔させてやる!」

「こんな奥の手を……!」


 ガキ扱いしてたくらいだ、さっきまでこいつはあたしを相当ナメていた。

 だが今度は違う。こんなガキを相手に全力で殺しに来る!


「『鱗鎧切処(スクァーマ・ピュテー)』! ぶつ切りにしてやる!」


 手を覆っている部分の鎧が歪な形状に浮き上がっていき、やがて鋭利な剣を形成する。

 ナイフや包丁とは比較にならない長さの刀身。懐に入れば切られずには済むだろうが、相手もそれを理解していた。

 あたしが動くより先にシェイクが腕を振るう。


「ぐぅっ!!」


 暴力的に降りぬかれた刃の一撃は、あたしの筋力で受け止められるようなものではなかった。

 あたしの体は窓から投げ出され、数メートルを舞って木の幹に叩きつけられた後、受け身も取れずに地面へと落下した。


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