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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第69話 襲撃、再び

 前日の疲れがたたったのか、あたしは深い眠りについていたらしい。

 目を覚まし、周囲を見渡す。

 昨日と変わりない倉庫の状態に、あたしは少しだけ胸をなでおろした。

 分かってはいたことだが、この状況、やはり無事に朝を迎えられるとホッとする。


「……なんて、朝かどうかは分からないけど」


 窓も無ければ時計も無い、切り離された空間。

 頼みの綱の体内時計も、昨晩の夜ふかしの前では信用できない。


「ねぇ、今は何時?」


 伸びをしながら扉の外にいる執事へと問いかける。

 もしかして彼らは時計を見ずとも現在時刻が分かったりするのだろうか。


「…………ちょっと?」


 あたしのふとした疑問が解消されることはなかった。


「ねぇ、聞いてるの?」


 扉へ近づいて声を上げても結果は同じ。

 ……静かだ。あたし以外は誰も喋らない。


「……!?」


 扉の下から白い何かが顔を覗かせている。

 書き置き……嫌な予感がした。


『ごめん、スティープルを助けることはできそうだけど、失敗だったかも。

 僕らが見つけた犯人は

            マモノ   キケン

                      みんなコロす       』


 チョキの字で書かれた文章は、最終的にただの殴り書きで終わっていた。

 何かが起きた。生き残った彼らの身に恐ろしい何かが……!


「あ、あなた! 他には!? 他には何か言われていないの!?」


 ……駄目か、ただの紙だ。

 おそらくは『デュアル・ブレード』の命令を受けてあたしの所に来たのだろうが、他に命令を受けているようには見えない。

 だが、どうやらそのまま身を潜め続けることはオススメしていないらしい。

 というのも、扉を封じ込めていたロープが切られていたのだ。


「夜は開けていて雨も止んでいる。晴れて自由の身ってわけか……」


 廊下の窓から差し込む朝日は、清々しい一日の始まりを告げている。

 しかし悪夢は未だに過ぎ去ってはいない。むしろその闇をさらに濃くしてあたしを飲み込まんと広がり続けているようだった。


「……どうなってるのよ? 本当に誰もいないの?」


 そこにいるはずの執事はおろか、館内をうろつく人影も見られない。

 書き置きの文脈からは、外部からの襲撃者が逆上して皆殺しに踏み切ったように思えたのに。

 グルーの親族だけに留まらない本当の意味での皆殺し。すなわち騒々しい戦闘が始まったのだと。

 だが、あたしの目に映る一階の廊下にはそういった破壊の痕跡は見受けられない。

 唯一、昨夜と変わったのは……倉庫とリビングを結んでいたロープが切られて床に落ちていることと、そのリビングの扉が開かれていたことくらいだ。


「これ、チョキの仕業じゃないな……」


 無論、シザースの仕業と言うつもりでもない。

 ロープの切断面は荒れ果てていて、乱暴に引きちぎったように見える。彼がやったなら綺麗で真っ直ぐな切断面になるはずだ。

 それにもう一つ。倉庫とリビングを繋ぐロープ、その切断面に近い部屋はリビングの方だ。そっちに用事があったのだろうか。

 扉が開かれたリビング……三人もの遺体が残された部屋を、普通は閉じておきたくなるはずだ。

 気は進まないが、確認しないわけにもいかない。


「……うっ! やっぱり……!」


 いや、『やっぱり』と言っておきながら全く予想通りの光景ではないのだが、ともかくあたしはリビングの惨状に吐き気を覚え、すぐに目を逸らした。

 クレイブ、ミューシー、アドヒース。彼らの“姿”はそこには無く、代わりに部屋の中は散らかっていた。

 別に家具や調度品が荒らされているとか、床や天井が壊されているというわけではない。

 散らかっているのは……彼ら自身だ。


「納得したよ。犯人は確かに魔物だ」


 人間ならキッチンに行ってちゃんとした朝食を選ぶし、こんな行儀の悪い食べ方はしない。

 それこそ長老が隠れて獅子でも飼っていない限り……!


「そうだ、長老は……!?」


 彼の遺体も部屋に放置したままだ。

 ただ気分を害するだけで終わりそうだが、もはや今更だ。

 あたしはリビングを後にして階段へと向かった。




「こ、これは……!?」


 そうして長老の部屋へと向かう途中、一階から二階へと階段を上がるところであたしの足が止まる。

 階段の途中に引き裂かれたシーツが落ちていた。客室のベッドに使用されていたものだ。

 あたしは急いで二階へと上がり、左右に伸びる廊下を見渡す。


「っ……!」


 そこには一階部分には無かった、明らかな戦闘の痕跡があった。

 あたしとエフィに割り当てられた客室の扉が歪んだ形で吹き飛ばされ、向かい側の扉を貫通していた。

 さらには、そこから階段の位置に向かうまでの全ての扉が乱雑に破壊されていた。

 一方で、階段を挟んで向かい側に伸びる廊下の客室には異常は見当たらない。

 どうやら、この“経路”を進んだ相手は片側の廊下から階段まで来て、そこで一階に降りたということになる。

 なるほど、それでリビングの扉へと繋がるのか。

 あたしも後を追うなら一階に戻るべきか……?


 ブチン!


「っ!?」


 物凄く不快な音がした。

 音がしたのは三階、長老の部屋だ。

 どうやら……()()らしい。


「くっ……」


 早鐘を打つ心臓を懸命に押さえつけながら、あたしは再び階段を登っていく。




「シュウシュウ……シュルルルグゥ……!」


 長老の部屋の扉は昨日と変わらず開いたままで、そこでは魔物の背中があたしを待ち構えていた。

 全身の青い鱗と、鎧の形をした灰色の鱗。聞き覚えのある鳴き声。

 この島に来る途中で遭遇した半魚兵団サハギン・ソルジャーズと同系列、いや上位に位置する魔物だと直感する。

 その根拠は奴らより二回りほど体格が大きいことと、骨を加工して作ったであろうターバンのような兜で頭部を覆っていたことだ。

 有象無象の魔物ではない、明らかな特別感を醸し出している。

 こいつが襲撃者? 今まで身を隠して暗躍していたストライク・バックなのか?


「シュギャッ!!」

「うっ!?」


 突然、ゴミのポイ捨てが始まった……そうとしか思えなかった。

 捨てる先を見向きもせず、その先に誰かがいても関係ない。捨てることで周囲が汚れるのも厭わない。

 そんな傍迷惑な動作が目の前で行われたのだ。

 ……ただし、あたしが思わず声を上げてしまったのは、そのポイ捨てが傍迷惑の一言では片付けられない残虐な行為だったためだった。

 魔物が捨てたのは、あろうことか長老の遺体からむしり取った血肉だったのだ。


「シギャ? ……人間? まだ、いたのか別の人間が」

「……!」


 魔物があたしの方を向く。

 そして人間の言葉を喋った。

 本能だけで生きる半魚兵団サハギン・ソルジャーズよりも優れた知性に、人間の命を何とも思っていない凶暴性。

 これは確かに連続殺人犯という肩書きで呼んでも差し支えない存在だ。


「子供か。しかも元気そうだ」

「……何よ? 生き生きして美味しそうだって言うの?」

「シギャハハハ! なんだそりゃ! ふざけるのはお前らの粗末な味覚だけにしろ!」

「はぁ……?」


 あたしは何か面白いことでも言ったのだろうか?

 きょとんとするあたしに対して、魔物は言う。


「逆だ、がっかりしてるんだよ。俺たちサハギンが食いたいのは海で溺れてずっと海水に浸された、腐りきった人間の肉なんだ。生きた人間、死にかけの人間ってのは不味くて食えたもんじゃない。なんて人間には分からんよな?」

「えぇ、意味不明だわ。お魚は新鮮な方が美味しいに決まってるじゃない」

「やっぱり人間共(おまえら)の味覚はふざけてるな! シギャハハハ!」


 あ、危ない危ない……。

 半()を相手にとんでもない失言をぶちかまして思わず体が凍りついたが、激昂させるには至らなかったか。


「そう、所詮は人間だ。いくら魔物の真似事をしようが本物には遠く及ばない」

「真似事……?」

「ここで死んでた長老(ジジイ)、それと下にいた三人だ。屍食鬼(グール)っていうから期待してたんだがな、人間と同じだった。まったく、不味すぎて途中で食うのやめちまったぜ。一日、置いたとはいえこれじゃ駄目だ。十五点くらいだな」

「っ!」

「んん? でも考えてみたら、屍食鬼(グール)自身の肉体が腐ってるわけじゃないのか。俺も腐った肉を好むが、俺自身が腐ってるわけじゃないし。これ、とんだ無駄足だったかもな」


 言うまでもなく屍食鬼(グール)は例えだ。

 金稼ぎのために他人を食い物にする、そんなグルーのやり方に対するただの悪口だ。

 あたしが新鮮な魚を選ぶように、人間と魔物の価値観に差があるのは分かった。

 だが、まさか……グルーの親族を狙ったのはそんな悪口を真に受けて……!


「んん、色々と考えてたら美味いものが食いたくなってきたぜ。だが、お前をこの場で食ってみるほど俺は馬鹿じゃない。海に持ち帰って、ちゃんと腐らせてから食ってやるよ」

「殺されたうえに、あんたみたいな行儀の悪い美食家気取りに採点されるって? 冗談じゃない! そんな屈辱的な死に方、殺されるよりも願い下げよ!」

「シギャハハハ! 安心しな、俺は行儀が良いんだ! ちゃんとナイフを使って食ってるからな!」

「そういう問題じゃない! 回りに飛び散らせて、口に合わなきゃポイ捨てするような食べ方を行儀が良いとは……、……!?」


 あたしの目は敵の後方、長老の遺体に奪われた。

 彼の遺体は思わず目を覆いたくなる状態にされてしまってはいたが、そこに突き立てられたナイフがあたしの視線を釘付けにし、同時にあたしの言葉を遮った。


「あたしのナイフだ……」

「んん? 何を言ってんだ?」

「あたしのナイフだって言ってんの! どうしてあんたがそれを持ってるの!? どこで手に入れてきたっていうのよ!?」


 魔物が遺体からナイフを引き抜く。

 見間違うはずもない、昨晩ペッグに預けたあたしのナイフだ。

 それをこいつが持っているということは、ペッグは……!?


「おいおいおい、人間って奴はまったく。こいつがガキ向けの玩具に見えるらしい。味覚どころかセンスもふざけてるな、この溢れるオーラが分からないとは」

「分かってるつもりよ。以前はとある国の国宝にされてたくらいだもの。でも今はあたしの物なの」

「もったいなさすぎるぜマヌケが! この半魚賢主(サハギン・シェイク)こそこいつの持ち主に相応しい!」


 シェイクと名乗った魔物が素早い動きで、部屋にあった椅子を手にする。

 あたしはすぐに身構え、一歩下がった。

 シェイクの行動は、つまり戦闘の動きだった。


「下等な雑魚が。お前を食う気がないのは相変わらずだが、殺してやるって気にはなってきたぜ。殺して奪い取ってやる」

「ナイフならもう奪ってるじゃない……」

「あぁ、後は殺すだけだ」


 ──そして再開する……皆殺しの時間が!


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