第67話 動機と手段
一体どこからそのような発想が出てくるのか理解に苦しむ。
あたしが真犯人? あたしが殺し屋? あたしがストライク・バック?
あたしがこの家の人たちを恨んで皆殺しにしようとしたって!?
「馬鹿馬鹿しい! あたしはギルドから依頼を受けただけのただの子供よ! エフィの護衛が無かったらグルーの人たちと関わることなんてなかったのに! それにシザース、いえチョキは!? 彼も共犯だって言うの!?」
「それは分かりません。普通に考えれば共犯の可能性が高いでしょうが、私が話した限りでは共犯とは思えませんでした」
「あぁ、この屋敷に来てすぐに僕を呼び出したときのことだねー」
あたしがエフィやラキュアと一緒に、長老の部屋へ挨拶に行ったとき。確かにペッグはチョキを呼び出し、一対一で話をしていた。
そしてその時、あたしたちがエフィの護衛とは別に、実は殺しの依頼を受けているのではないかと問い質したのだと言う。
「ちょっと待ってよ! だったら何? あなたは最初から、つまり長老が殺される前からあたしたちを疑ってたの!?」
「そういうことになりますな。……ううむ、チョキ殿が共犯でない場合のことを考えて、一つ昔話をしましょうか」
ペッグはあたしをじっと見つめたまま、警戒を緩めることなく言う。
「二年前。ギルド・カートリッジにはエフィ嬢を派遣するにあたって一つ、懸念事項がありました。約束の二年を過ぎても、長老がエフィ嬢を解放しないのではないか、という懸念です」
「そうなの、エフィ?」
「えぇ、エフィも覚えているんですの。もうすぐ亡くなるという方がこれから二年も生きることになる、そうなると……」
「生への執着が強まることに繋がるのです」
長生きしたい、死にたくない、そういった欲望が生まれるのだと彼らは言う。
「やがてギルド側は長老へ一つの警告をしました。もしもエフィ嬢を二年を超えて利用しようと目論むつもりであれば……」
「目論むつもりであれば?」
「ギルド側は手段を問わずに取り戻す。エフィ嬢の能力で得た不当な利益、すなわち長老の残りの寿命についても直ちに手放すよう手を尽くす」
「っ! それってつまり……殺──!?」
じゃあ、あの時の長老があたしに対して取った態度は……!
『ギルド・カートリッジから送られてきたのか……!』
『そいつを追い出せっ! 今すぐに、わしの体のことよりも先にだァァァーッ!!』
あの異常とも思える拒絶は、あたしが殺し屋だと思ったから……!?
「実際に長老がどう考えていたかは分かりません。ただ、彼が殺し屋の来訪を恐れていたのは事実。そして実際に殺害されたのも事実なのです。グルーの家と関わりがないからと言って、この事件と無関係だとは言い切れないのですよ」
「……!」
「その場合、ストライク・バックの手紙は、犯人像や動機を誤解させるための小道具ということになるでしょうな」
あたしは自分が犯人でないことを知っている。それが慢心だったのか。
自分が周囲からどう思われているかなんて考えもしなかった。
「……あたしも他人事じゃないってことは分かった。じゃあ、どうしてあたしなの? まさか今の話だけで犯人呼ばわりってわけじゃないでしょうね?」
「えぇ、ご安心を。この名探偵ペッグ、既に根拠は手にしておりますよ。ズバリ、スティープル嬢のその口です」
ペッグの指先があたしの手を指し示す。
「口って……あたしの能力で生成した?」
「スティープル嬢はこう主張していましたな。その口の能力で全員が動機を言わなかった。ゆえに犯人は内部にはいない」
「えぇ、そうよ。そうじゃないと誰もラキュアを襲えない。あの時、あたしたちは長老の部屋とリビングでまとまって動いていたんだもの。犯人はラキュアを襲って悲鳴を上げさせ、土礫精を誘導した。そうやって親族三人が孤立した状況を作り上げた後、窓から逃げてリビングに向かったのよ」
「いいえ、ありえません。この大雨の中、痕跡もなしに外部から襲撃など不可能ですからね。リビングの床に水滴は確認できませんでした」
「え……そ、そうなの?」
「ペッグ様の言葉は正確ではありません。クレイブ様の開けた窓。そこからリビングに入り込んだ雨粒だけは例外です」
「あぁ、そうでした。ですが些細なことです。それ以外に水滴は無かった。土礫精でも発見できないということは、すなわち無いと同義でしょう」
窓から外へ逃げたという可能性が否定される。
当然、館の中を通ってリビングに向かうことはできない。あたしや土礫精、ペッグと鉢合うことになってしまうから。
「でも、それだと!」
「そう、『全員が動機を言わなかった』という、スティープル嬢の主張と矛盾します。しかし、この矛盾を解決する方法が一つ存在する!」
「あたしが嘘を付いているなら矛盾は無くなるってわけ……!?」
とてもシンプルな帰結。
考えてみれば当たり前の話なのだ。ペッグからしてみれば、あたしが喋れないことも『ファングド・ファスナー』の能力も、あまりに胡散臭い話。
こんな話を鵜呑みにする探偵がどこにいるものか。
「スーちゃん……」
エフィが不安そうな表情を浮かべている。
彼女の心も揺らぎ始めているのが分かった。
でも……何を言われてもあたしは犯人ではないし、『ファングド・ファスナー』が喋らせた声は絶対だ。
何かあるんだ。ペッグの根拠を覆す、すなわち外部からの侵入の痕跡を消し去る何かが。
一体どうやって? トリック? 魔法? プレーン能力?
──駄目だ! あたしは名探偵にはなれない!
「“どうやって”よ? あたしはどうやってラキュアを襲ったの!? どうやってリビングにいる三人を殺したって言うのよ!?」
あたしの苦し紛れの返答は、ペッグの用意している答えを急かすだけ。もはや反論にすらなっていなかった。
「アドヒース殿から聞きましたよ。船の上で魔物を返り討ちにしたこと、その際に口を生成するプレーン能力を披露したことをね。人間の肉体程度であれば容易に引き裂けるのでしょう。さらに言えば、事前に仕込んだ場所に任意のタイミングで口を生み出すことができる。遠隔攻撃には最適だと思いませんか?」
「確かに最適ね」
先程、言ったようにあたしたちは全員がまとまって動いていた。
この状態でラキュアを傷つけるなら第三者の攻撃か、あるいは遠隔攻撃しかない。
「事前にラキュアの部屋にその口を仕込んだ。そしてラキュアに部屋に戻るよう誘導したのです。致命傷を与えるのであればしっかりとタイミングを計る必要があるでしょうが、悲鳴を上げさせるだけなら容易でしょう。そして真っ先にラキュアの元へ向かったあなたは、今度こそ殺意を持って襲いかかった」
「くっ……!」
あたしはラキュアのことを心配して真っ先に……それがこんな解釈をされるのか。
「そして残るはリビングの三人。もちろん、これも遠隔殺人です。彼らの死因もあなたが犯人であれば説明がつく」
「どういうことよ?」
「ワインですよ、夕食の時に出されたワイン。あの中に能力を仕込んでおけば、飲んだ相手の体内で口を生成できる。そして内側から食い破ったのです!」
「なっ!? そんなこと……!」
できるとは思えない。思えない……けど……!
起爆剤が口から体内に入ったなら、火を噴く箇所は腸、すなわち腹部だ。
三人の遺体の致命傷は確かにそれを物語っている。
「あ、あの。クレイブさんはどうなるんですの? 今の話だと、誰も襲ってきていないように見えるんですの。どうして窓から逃げようとしたんですの?」
「良い着眼点ですね、エフィ嬢。クレイブ殿に逃げるつもりはなかったのです。ずばり彼の心理を利用したのですよ。まず他の二人を先に殺害する。すると生き残ったクレイブ殿はどう思うでしょうか?」
「え? えっと……」
「自分が犯人だって疑われる。あの長男のおじさんならそう思うだろうねー。エフィが三階から落ちてきたときだって、あの人は自分の保身のことばかり考えていたよ」
「そうなのです、チョキ殿。クレイブ殿は自分以外に犯人候補を作る必要があった。だから窓を開けたのです。犯人が外部から来たと主張するためにね。その証拠に彼の遺体は窓に背を向けて仰向け。窓から逃げるつもりならこのような姿勢では倒れません」
ペッグたちの会話がどこか遠くの場所から聞こえてくるような感覚だった。
自分に次に何を言えばいいのか分からない。
頭がごちゃごちゃで、思考を放棄したい誘惑に抗うので精一杯だ。
「スティープル、たぶん僕も同じ顔してる」
「え……?」
「すごく混乱してる。情報が多くてよく分からなくてさー」
「う、嘘でしょ……シザース!!」
「え? いや僕はチョキだけど」
「そうじゃなくて、あたしが言っているのは……! シザースはどうしたの!? なんでチョキに戻ってるのよ!?」
少年の目は青い。
シザースの記憶は引き継げないというのに、混乱は必至だというのに、なぜ!?
「しっ! 静かに、スティープル。きっとシザースは集中したいんだよ。だから体を動かすのは僕に任せた。大丈夫、僕が何をするべきなのかは分かってる」
「何をするっていうのよ?」
「だから、静かに」
チョキは口を手を当てながら、落ち着いた目であたしを見つめ続ける。
静かにしろって言うのは……つまり能力を解除しろってこと?
「ねぇ、探偵さん、普段ならもうみんな眠っている時間だよ。この場はこれでお開きにしない?」
「お開き……ではスティープル嬢はどうするつもりです?」
「もう反論はできないと思うよ。プロの論理に子供が即興で勝てるわけがないもん」
「そ、そんな……じゃあスーちゃんは……!」
エフィ……そんな顔をしてほしくなかった。
そしてチョキ。これはつまり投了ということか。諦めて捕まれと……。
「いいでしょう、スティープル嬢はどこかの部屋に閉じ込め、執事に見張りをさせることにしましょう。それでもう事件は起きない。チョキ殿、あなたが無実であればの話ですが」
「もちろん、僕の疑いも晴れていない。でもスティープルと一緒に閉じ込めるわけにはいかないよね?」
「えぇ、えぇ。チョキ殿の方は私が責任を持って監視します。ラキュアはメイドと同じ部屋に。エフィ嬢は……」
「僕と同じ部屋にお願い。エフィの護衛は絶対だからさー」
「そうでしたな。エフィ嬢、それでよろしいですね? 土礫精のお二人。子供たちが抵抗した場合は遠慮なく反撃をお願いしますよ。それが主人の身を守るための手段なのですからな」
「命令を受理しました」
あたしと執事。
ラキュアとメイド。
チョキとペッグとエフィ。
生存者たちは団結することなく、バラバラの部屋へと分かたれることに決まる。
状況は悪い。標的のラキュアと護衛対象のエフィ。二人が完全に孤立しているわけではないことだけが幸いだ。
それでもストライク・バックからすれば仕事はやりやすいに違いない。今頃は誰も見ていない物陰で笑っているのだろうか。
「では参りましょう。まずはスティープル嬢、あなたの隔離を全員で見届けるところからです」
「スティープル様、こちらへ。物置を使用します」
「…………」
反論を諦めて捕まる……それがチョキの選択。
ただ、それだけだ。あたしに静かにするように言ったチョキの目は、まだ諦めてはいなかった。
だからあたしも同じ。何も全てを諦めて悲観することは無い。反論ではない別の方法で挽回する。
一つの気持ちを胸に抱きながらあたしは執事の誘導に従い、歩き出した。




