第63話 犯人は
物事には順序というものがある。
『ファングド・ファスナー』ができるのは自白の強要だけだ。過程をすっ飛ばして結論だけを白日の下にさらすだけ。
しかし、この状況下でそんなことをしも意味が無い。
ペッグはこう言っていた。
『名探偵とは悲しいものですな。優れた知能を持つがゆえに誰よりも早く真実にたどり着く。しかし、それゆえにこうして誰の手も借りられない孤独な戦いを強いられるのですから』
その通りだ。自分だけ真実にたどり着いた所で、周囲は納得してくれない。
むしろ逆効果。あたしの言動が更なる混乱を招き、最悪の場合はそれを理由に殺人者の汚名を着せられかねない。
だからなるべく出しゃばらないようにしていたけど……。
「今なら、あたしが少しくらい怪しい行動をしたところで一番怪しい奴が犯人って流れに変わりはない……か。分かったよ、あたしがやる」
「いよいよ答え合わせってわけだね。わくわくしてきたよー」
「シザース……楽しんでないでちゃんと警戒はしておいてよ? ラキュア、手を」
「……お願い」
緊張感に震えるラキュアの左手に触れる。
それを見たエフィも、彼女のマネをして同様に左手を差し出す。ただエフィの手は包帯に覆われて皮膚が見えなかったので、あたしは彼女の頬に触れた。
「シザース、あなたはどうする?」
「もちろんやってくれていいよ。今回は後ろめたいことは無いから」
「よろしい」
シザースの手の甲をさっとなぞり、いよいよ彼らの元へ向かう。
「……何か用かね?」
「なんざますか!? 汚れた手で触るんじゃあないざます貧乏人が!!」
クレイブ夫妻には無言で先手を取る。説明するよりこっちの方が早い。
「スティープル嬢、何をしているのですかな?」
「…………」
「スティープルが能力を試してみるってさ。危害は加えないから大丈夫。探偵さんの推理を裏付けてくれるかもしれないよー?」
「ほう……手相から何かが分かるというわけですか。ならばぜひともやってもらいましょう」
……全然違うけど、納得してくれたようだしいいか。
案の定、彼らはあたしの行動に疑問符を抱き、質問を投げかけてきた。
今のあたしに口を開くことは許されない。会話はシザースに任せて無言で手を差し出すだけだ。
「は……はっ! て、手相!? 馬鹿じゃねぇのか!? さてはくだらねぇ嘘で俺を犯人に仕立て上げようってんだな!? 近づくんじゃあねぇこの詐欺師がァァァーッ!!」
「あはは、拒否した所で君が犯人ってことで落ち着くと思うよ。力ずくで押さえつけてやってもいいんだけどなー?」
「な、なんだと……く、クソが……」
「…………」
アドヒースが犯人で、あたしの能力を知っているなら……ここで抵抗する。
だが、何事もなくあたしは無事に彼の手に触れることができた。
「これで全員」
『ファングド・ファスナー』、後は質問するだけだ。
「教えてよ。あなたはどうして長老を殺したの?」
さぁ! 真実を話すがいい!
「俺じゃあねぇって言ってんだろうが! 手相はどうした手相はァァァー!?」
「今のは何だ? 単なる質問にしか聞こえなかったが、まさかこれで終わりじゃあないだろうな? さっき言っていた裏付けはどうした?」
「これだから貧乏人のガキは! 自分が目立ちたいからって嘘をついたざますね!?」
「妙なことを言いますな、そんな質問をしてスティープル嬢は何を知りたいと言うのですかな?」
「私は犯人じゃない」
「エフィの役目は死なせないことですの。全くの逆ですのよ」
「僕は生まれてこのかた人を殺したことは一度も無いよ」
……っ!!
まさかこれは……答えが……!
“どうして”への答えが返ってこない!
「分からないんだ……やっぱりスティープルにも分からないんだあああああっ!!」
ラキュアの叫び声があたしを緊張の海へ引きずり込んでいく。
「……スティープル、これって……」
「えぇ……最悪の状況ね……!」
周りの景色が変わりだす。強風に揺れる窓ガラスの音の一つ一つが、新たな可能性を持ち始める。
「さっきから何だこのくだらん小芝居は!? まったくもって時間の無駄だ!」
「クレイブ殿はそう言っていますが、スティープル嬢からは何かありますかな? 無いようですな。では不発ということにしておきましょう」
「は? なんだよそれ? 結局、何も変わってねぇじゃあねぇか……俺の疑いは晴らせてねぇじゃあねぇか! ふざけんじゃあねェェェェェーッ!!」」
「おっほっほ! 貧乏人の戯言だなんて分かりきったことじゃあないざますか? それを真に受けるなんて実にみっともないざますねぇ!」
大人たちはあたしの“検証”を切り捨て、再び元の話題へと帰っていく。
この状況を理解してくれているのは、あたしの能力を知る子供たちだけだ。
「……あぁ、そういうことでしたのね。ラキュアさんが何を考えているのか分からなかったけど、ようやくエフィにも理解できたんですの」
「エフィ……!」
「スティープル、もう能力はいいんじゃないかな。解除しないと言い争いが加速するよ」
「シザース……そうね」
言われた通りに能力を解除する。
もっとも、彼らの言い争いは既に本音同士のぶつかり合いに発展している。隠し事を許した所で焼け石に水だろうけど。
「この名探偵ペッグの名のもとに一つの謎が紐解かれましたな」
あたしの『ファングド・ファスナー』が一つの謎に答えを出した。
「この事件の犯人は……!」
この事件の犯人は……!
「あなたしかいない! アドヒース・グルー殿!」
この中にはいない!
敵は外……守らなければ! あたしたちの身をどうにかして守らなければ!
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この日のナギナタ邸は心なしか寂れた雰囲気が漂っていた。
現在の主人に移り変わってから初めてとなる主人不在の夜。片方が不在のことはあったが、両方が不在なのは初めてのことだた。
そんな邸宅にある一つの客室で、二人の人物が向かい合っていた。
「……すまない。失敗だ……」
そう嘆いた道化師ローエンビッツの手から一枚のトランプが零れ落ちる。
いまだに全身を包帯で覆う彼の姿からは、かつての雰囲気は感じられなかった。
部屋にいたもう一人の人物、マルルことマルカ・ドールは落胆する彼の様子に慌てた様子で言う。
「い、いいえ! 謝るのは私の方です! 重症のお客様にマジックを見せてもらおうなどと、メイドとしてどうかしていました!」
「なに、そなたは客人の要望に応えただけだ。リハビリの練習にな。しかし、この程度のマジックすら失敗するとは衰えたものだ……。道化師の経歴に幕を下ろす時が来たのかもしれん」
「そ、そう……なのですか……!」
重い決断を前にどう言葉をかければ良いか分からず、マルルは言葉を詰まらせる。
その時、ノックの音と共に扉が開き、レサルタが姿を現した。
「マルカ、先程パーチメントに帰港した船員から……、……いや、それより背中に何かついているぞ?」
「え?」
掃除の際にゴミでもついたのかと、マルルは慌てて背中に手を回す。
客人の前で清潔さをおろそかにするなど、彼女のメイドとしての信念に大きく反することだ。
今度こそメイドとして謝罪しなくてはならない……と申し訳ない気持ちでいっぱいになった所で、くっついていたものが薄っぺらい紙であることを確認した。
「っ!? わ、私が選んだトランプ!? え!? だってさっきは失敗って……!」
「あのままレサルタが来なければ失敗だったがな」
「くぅぅぅぅやられたぁぁぁっ! 兄さんもグルだったんですねっ!?」
「ええい、私がそんな暇をしているように見えるか! これを見ろ!」
大はしゃぎの妹を一喝し、一枚の紙をつきつける。
「先程、スティープルたちをグルーの島まで乗せた船が帰港した。船員の報告によれば道中で半魚兵団に襲われたらしい」
「魔物ですか!? ではスティープル様とチョキ様は……!?」
「それは問題ない。返り討ちにしたそうだ。だが半魚兵団の方に問題が残っている」
レサルタはそこで一冊の書物を手にする。人間がこれまでに確認した魔物の生態が記載された、一種の図鑑ともいうべき本だ。
「統率の取れた行動を好み、排他的で縄張りから外に出てくることがほとんどない。人間たちもそれを理解したうえで航路を定めている。本来であれば船が襲われるなど考えづらいのだが……」
「何か異常な事態が起きているかもしれないと……!」
わずかに不穏な空気が漂う。
そこへ話を聞いていたローエンビッツが口を開いた。
「帰りは無事だったのか?」
「む? あぁ、行きの時だけだったようだが……何か気になるのか?」
「何らかの理由で縄張りが変わったのであれば帰りは無事だった説明がつかない。そなたらの主人が乗っていることを恐れて距離を置いたか、あるいは……帰りの船はどうでもよかったか」
「どうでもよかった……?」
言葉の意味を捉えかねている使用人二人に、ローエンビッツは説明を続ける。
「魔物というものは強い魔力に敏感だ。統率を重視する奴らともなれば格上の存在は無視できない。ならば船に乗っていた者から強い魔力を感じ、惹きつけられた。そう考えることもできる」
「おい、まさかそいつがスティープルたちと一緒に島に入ったというんじゃないだろうな!」
「ええっ!? で、でもそれなら確かに帰りの船には……!」
遠くで雷が鳴る。
「……ふっ、二人は良い観客だな」
「え……?」
いつのまにかローエンビッツは笑っていた。
「私も魔法の心得はあるが、人間一人の放つ程度の魔力などたかが知れている。広大な海の底を泳ぐサハギンたちに察知されるほどの量ともなれば、大賢者シナバル・スィーリンほどにまで鍛え上げねば不可能だ。もっとも、そのレベルまで達しているなら魔力を垂れ流すことなく、抑えられるだろうがな」
「……つ、つまり? 今の話は……」
「冗談だ」
「くぅぅぅぅやられたぁぁぁっ!!」
マルルの叫び声は雷よりも大きく響き渡るのだった。




