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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第61話 遺言状

「ええと少々お待ちを……これでもないしあれでもない……」


 ペッグが執事から受け取ったカバンをまさぐるのにしばらくの時間が必要だった。

 似たような封筒があんなにたくさん……よく区別がつくな。


「君の仕事にはずいぶんと無駄な時間があるようだな」

「あったあった、お待たせしました。こちらの封筒をご覧になっていただきたい。封が開けられているのが分かりますな?」


 段取りの悪さに苛立つクレイブに、ペッグは封筒を見せつける。

 その言葉の通り、封筒の端っこには乱雑に破かれた痕跡があった。


「遺言状の保管に使用した封筒です。その意味がお分かりですね?」

「……! あぁ、分かったとも!」


 クレイブが椅子から立ち上がる。

 何の変哲もないありふれた見た目に反して、きわめて重要な中身……そして封が開けられていたという意味は……!


「何者かが封を開けて遺言状を盗み読んだ。私がそのことに気づいたのは晩餐(ディナー)の後でした。それからずっと観察を続けてきましたが、先ほど確信しましたよ。アドヒース殿、あなたがここに記載された内容を知っていると!」

「い、いやちょっと待て! 俺は……!」

「そういえばアドヒースは夕食の場から真っ先にいなくなったざます! その時に遺言状を盗み読んだだざますね!?」

「そして自分に都合の悪い内容だと知って処分したのだな!? 遺言状そのものだけではなく親父殿も含めて!」


 遺言状を無効にすることが殺害の動機になる……か。

 確かに、長老が生きている限り、遺言状はいくらでも作り直せてしまうからな。


「は……はははっ! いやいや残念……」

「アドヒース、お前という奴は!」

「残念だったなァァァー」


 乾いた笑いと共に、アドヒースは肩をすくめる。


「ああ、認めるさ。俺は遺言状を見た。だって兄貴に遺産が渡るだなんてムカつくもんなァー。親父の会社に横から割り込んできて、徐々に衰退させてるくせに一流を気取ってるお調子者だぜ? そんな奴が遺産を手にしてさらに調子に乗っちまうのは、俺じゃなくてもムカつくだろォォォー?」

「ペッグ! さっさとこの人でなしを捕まえろ! 縛り首にしてやる!」

「はははっ! 焦るなよ兄貴ィ! 俺が認めるのは“ここまで”だ! 残念ながら俺は遺言状の処分なんかしていないんだからなァァァー!」

「なに……!?」

「えぇ、実はその通りなのです」


 逆さに振られた封筒から折りたたまれた紙が姿を現す。

 その中身をメイドと執事に見せると、彼らはすぐにそれが長老の遺言状であると証言した。


「不思議だよなァァァ? 都合が悪い内容なら処分するはずなのに、なんでそうしなかったんだろうなァァァー?」

「ど、どういうことだ……! ペッグ、そこには何が書いてあるのだ!?」

「そう急かさなくとも読み上げますよ。お静かに願えますかな?」


 ペッグが封筒を両手に、一つ深呼吸する。誰もがその一言一句に注目した。


『グルー家の伝統に従い、遺言者の財産を相続する権利は、遺言者の死亡時に満十五歳を超えるグルー姓のみが有するものとする。本状の遺言者アウスハルト・ベイツメン・グルーの所持する財産の相続権は、相続権を有する者のうち最年少の者に全てを与えるものとする』


 …………。

 しばらくの間、あたしたちは無言だった。


「なお、相続権を有する者がいない場合については施設への寄付ということで納得していただいております。長老本人としては最も望まぬ形でしょうが」

「もういい」


 クレイブが続きを遮った。

 彼の眉間はいつの間にか鋭いヒビで覆われていた。


「……私の聞き間違いか? あるいはペッグ、お前の話し方が悪いのか?」

「クレイブ殿。私も弁護士として長老が筆を執る場に居合わせています。何も間違ってなどいませんよ。“最年少”と、長老は確かにそう記載したのです」

「ははっ、つまり悪いのは兄貴の耳か頭ってわけだ! 俺と兄貴とミューシー、この中で最年少は誰だ? 俺の生年月日を教えてやろうかァァァー?」

「何をした……!? 親父殿がこんな出来損ないに遺産を譲るはずがない! 中身を書き換えたのか!?」

「いいえ、クレイブ殿。遺言状の文面に細工された形跡はありません。私と土礫精が保証します。これは正真正銘、長老の遺言状であり、その効力は有効であると」

「ふざけるなっ!! 何の間違いだクソ野郎がァァァァァーッ!!」


 ……大変な騒ぎだった。

 正直、あたしも混乱していた。あたしだってクレイブが相続するものだとばかり思っていたからだ。

 グルーの親族三人は全員嫌いだが、その中から一人に財産を相続するのなら、あたしは仕方なくクレイブを選ぶ。

 クレイブとミューシーは夫婦だから同じようなものだし、対抗馬が無職の体たらくとなれば迷う要素は無い。

 だが現実は……!


「さぁさぁ、これで逆転だ! それとな、俺にはまだ誰にも言ってねぇことがあるんだよなァァァー!」

「な、なんだと……!?」

「実は俺が見つけた封筒は既に開封済みだったのさ。笑っちまうだろォ? 散々、俺をけなしてきたくせに兄貴だって俺と全く同じことを考えてたんだぜェェェー」

「なんだと!? 私がそんなことをするはずがない!」

「そうだろうな、兄貴はそう言うしかねぇよなァ! さっき兄貴が言った“俺が長老を殺す動機”って奴がそっくりそのまま入れ替わるんだもんなァァァー! 兄貴は俺が幸せになるのがムカつくって理由で親父を殺したんだァァァー!」

「耳を貸すなペッグ! 私に罪を押し付けるための嘘だ!」

「アドヒース! なんて極悪人ざますか、遺産だけじゃあ飽き足らず……! さてはお父様を脅したざますね!? そうでもなければお父様がこんな奴に遺産を渡すはずがないざます!」

「はははっ! 善人ぶってやがる! 遺産のために身内(シエラ)をブッ殺しておきながら、親父に選ばれねぇなんてベソかいて善人ぶってやがるゥゥゥー!!」




「醜い……」


 そう言ったのはラキュアだった。

 いつも悲痛な声で叫ぶ彼女にしては珍しい、怒気を孕んだ低い声だった。


「時間の無駄にもほどがある、さっきから状況は変わってないっていうのに……!」


 ラキュアはリビングの窓から視線を離すことなく話し続ける。

 彼女の言葉が誰に対するものなのかは判別できなかったが、有頂天の気分に水を差されたアドヒースがすぐさま相手になった。


「何だ? こいつ弁護士のくせして何も話を聞いてなかったのか? 兄貴が人殺しだって結論に向かって状況は進んでんだろうがよォォォー」

「私は弁護士じゃない」

「チッ! 言葉尻捉えてんじゃあねぇぜッ! 弁護士だろうが弁護士の助手だろうが俺からすりゃ一緒だ! 部外者の脇役ふぜいが! くだらねぇんだよォォォーッ!!」

「私は弁護士の助手じゃ──!!」

「そこまで!!」


 二人の間にペッグが入る。彼が制したのはラキュアの方だった。


「まったく……ラキュアが危うく口を滑らせるところでした。話すのは私からです、そなたが話した所で誰も信じてはくれますまい」

「なら、さっさと話してよ! これ以上、私に耐えさせないで!」

「ラキュアよ、名探偵というのは自分のペースで話を……いや、今回ばかりはそなたのお気持ちをお察ししましょう。なにせこんなに酷い話はない。そうは思いませんか、アドヒース殿?」

「あぁ……!?」


 ……何の話だ?

 ラキュアとペッグだけが何かを知っている素振りを見せる。

 そしてペッグの目つきは明らかに変わっていた。これまでやってきた“観察”とは違う、一点に集中するような鋭さがそこにはあった。


「これは弁護士としてではなく一来客として長老の口から聞いたことですがね。長老はクレイブ殿と同じ気持ちでした。アドヒース殿に自分の膨大な財産を遺すつもりはさらさらなかったと」

「お、おいおい……いきなり何だ? お前まで俺に喧嘩売る気かァァァー?」

「同時にアドヒース殿がよく主張されている“妄想”も然り。身内を死に追いやった疑いのあるクレイブ殿に対しても財産を遺すつもりはなかった。長老は疑惑どころか強く確信されていたようですがね」

「何の話だ!? 私を人殺し呼ばわりするなら根拠を見せたまえ!」

「さてさて、長老の遺言状に話を戻しましょう。ここに記載されている文面をご覧いただきたい。相続人の名前や続柄ではなく、“最年少”と記載されているのです!」


 ペッグはクレイブの発言を受け流し、アドヒースへ詰め寄るような口調で言う。


「さっきから何が言いてぇんだ? つまりは財産を俺に遺したってことだろうが!」

「またまた……分かっているくせにご冗談がお好きですなぁ」

「その薄ら笑いは何だ!? ハッキリ言いやがれッ! 冗談に塗れてんのはてめぇの脳味噌の方だろうがァァァーッ!!」

「そなたが妄想していたではないですか」

「あぁ!?」

「事故ではない、れっきとした殺人だったと……あなたは当の本人から聞いたそうですね? 長老によればそなたは、その者が息を引き取ってから身ぐるみを剥いで生活費にしたと。誰のことだかお分かりですね? あなたたちには年下の親族がいた!」

「っ!?」


 彼らが一様に青ざめた。

 あたしは……青ざめていないだけで、ほとんど似たような顔をしていたに違いない。

 最年少……そうなのだ。長老がクレイブやアドヒースを除外するつもりでそう書いたのなら、残る可能性は限られている。

 彼らにとってはあってはならない衝撃の可能性が!


「そんなはずがねぇよ! だって俺は……ちゃんと看取った! そうでもなきゃあ身ぐるみなんて剥がせねぇ!」

「そうでしょうとも、あなたは看取った。ですが、それははたして全員だったのでしょうか? 看取るまでもなく助かる見込みの無い者、そして金目の物を持っている可能性の低い者であればいかがでしょうか? 例えば……子供!」

「子供……!? て、てめぇ今何歳(いくつ)だ!?」


 アドヒースの目が“彼女”へと向けられる。

 ……ずっと不思議だった。

 探偵の助手と称してはいたが、彼女が助手らしい行動を取ったことは一度も無かった。


「そういえばさ、長老さんは土礫精を自分の財産として遺したんだよねー?」


 シザースが二人へ問いかける。


「執事さん、メイドさん、答えてよ。今の二人の主人は? 長老の命令で決定された次の主人は誰?」

「私の今の主人は」

「私の今の主人は」


 彼らは同時に応えた。


「ウルシア・グルー様です」

「ラキュア様です」


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