第60話 犯人探し
犯人はこの中にいる。
ペッグの小説を好む類の人からしてみれば、きっとありふれた言葉なのだろう。
しかし実際に関係者になってみると、その言葉の持つ重みと恐ろしさが身に染みてくる。
「私ではないぞ」
その言葉に全員の視線が動く。
誰もが言いたい主張を真っ先にやってのけたのはクレイブだった。
「私は妻と共に自室にいた。親父殿の部屋に行くことなどできん」
「そ、そうざます! 同じくわたくしも違うざます!」
「ふぅむ、専門用語で言えばアリバイですな。クレイブ殿とミューシー殿は現場不在の証明が成立していると」
要するに『別の場所にいたから自分は犯人ではない』ということらしい。
だが、それに納得しないアドヒースがすかさず口を挟む。
「はははっ! 誰も何も言っていないのに保身に走るなんて怪しいなァァァ! 何かやましいことでもあるんじゃあねぇかァァァー?」
「私は自分の立場から分かる事実を言ったまでだ。私を疑うなら根拠を言いたまえ」
「はっ! 馬鹿馬鹿しい、何が根拠だ? そこのバカ女が一つ嘘をつくだけで成立するのが根拠だって? これじゃあ前と一緒だぜ、シエラを殺して事故死と言い張ったあの時とよォォォー」
船で聞いた、妹の事故の疑惑を持ち出してきたか。
ペッグが外部の襲撃者を否定したことで恐怖心が消えたのか、彼らの言い争いが再燃している。
……マズいな。外にしろ内にしろ“人殺しがいる”のは確かだというのに。
この険悪な雰囲気が次の殺しを誘発させかねない。
「リラックスした方がいいよ、スティープル」
「シザース……あなたは落ち着きすぎよ」
「まぁ、僕にとっては犯人なんて誰でもいいからねー」
「え……?」
次の瞬間、シザースは立ち上がって声を張り上げた。
「みんな、僕から話があるんだけどいいかなー?」
「ちょ、ちょっと!?」
「前にも言ったかもしれないけどさ、僕とスティープルはエフィの護衛なんだ。明日の昼、この島を出てギルドに帰るまでエフィを守るためにここに来たんだよー」
「なんだね? その話を今する必要があるのか?」
「関係ねぇだろっ! 引っ込んでろガキはよォォォーッ!!」
大人たちの鋭い目つきが、シザースどころかあたしにまで向けられる。
だが、そんな上部だけの怒りでこの少年が引っ込むはずもない。
それどころかさらに勢いを増してとんでもないことを言い放つ。
「この中にいる犯人さん! もっと殺しちゃっていいよー!」
「っ!?」
場が凍り付いた。
純真無垢な子供の冗談では済まされない領域に、シザースは深く踏み込んでいた。
「僕はエフィを守れればそれでいい。犯人さんがエフィを狙わない限り、僕は犯人さんに関与しないって約束するよ。僕の目の前で殺しちゃっても見て見ぬ振りするし、島を出た後も口外しない。外からやってきた魔物のせいってことにしてあげるよー」
そこで彼は一度、間を置く。次の言葉に向けて口調を整える。
「ただし、エフィを狙うつもりなら容赦しない。僕もスティープルもきっちり仕事をさせてもらうよ、半魚兵団を相手にした時と同じようにね。まぁ、エフィは屍食鬼の血を引いているわけじゃないし、きっと犯人さんとは無関係だよね? ……以上だよー!」
そうして場の空気を荒らしまわり、シザースは着席した。
「こ、こいつ……なんて身勝手なガキざますか!? わたくしの命を何だと思ってるざます!?」
「は……ははっ! 関係ねぇよ、犯人を見つけちまえば! なぁ、ペッグさんよぉ!? お前が犯人を見つけてそいつをふんじばっちまえばいいだけだよなァァァー!」
「ふぅむ……困りますな、チョキ殿。殺人を黙認するなど……。まぁ、この名探偵ペッグの腕を信頼していただけているものと受け取りましょう」
やれやれ、彼らの視線が痛いな。
「シザース、大丈夫なの? あんなこと言って」
「犯人以外からすれば僕は危険人物だろうね。でも一番の危険人物は犯人だから」
犯人に対してあたしたちの目的と意思を明確に伝えるのが大事ってことか。
「それにここには探偵さんがいるんだよ? 僕たちは余計なことしなくても、なるようになるって」
「本当にそうかしら……」
ギルドで見せたあたしへのブッ飛んだ推理のせいか、いまだにペッグのことが信頼できない。
誤った結論を出して次の殺人を助長するようなことにならなければいいけど。
シザースの持ち出した混乱は一段落し、リビングでは犯人探しが再開される。
「とりあえずだ。犯人を絞り込んでみたらどうだ? 誰か親父の部屋に行った奴はいねぇのかよォォォー?」
「では土礫精に聞いてみましょうか。長老の部屋への階段には執事が立っていましたからな」
「待ちたまえ。その執事が犯人の可能性は? 命令であれば何でもするのではないかね?」
「ふぅむ、確かにその可能性はあるでしょうな。ただ限りなく低い。なにせ土礫精は高性能な商品です。仮に誰かの命令で殺人を犯すにしても、もっと合理的で確実な方法を選ぶでしょう。いかがですかな?」
「ペッグ様のご指摘通りです」
ペッグの問いかけにメイドと執事が即座に返答する。
「我々が殺人を犯す場合は皆様に反撃の猶予を与えない方法、並びに証拠や痕跡の隠蔽を考慮した方法を実現します。また、我々が二人である利点を活用します」
「まず皆様の食事に睡眠薬を混入させます。現在の環境で調合可能な睡眠薬の種別と、睡眠薬の味と香りを隠蔽可能な料理の組み合わせを検索したところ5216通りの結果が存在します。最も成功率が高い組み合わせは──」
「分かった、もういい! 何が高性能な商品だ! 余計な知識を持ちすぎだ!」
「では疑いは晴れたということで、事件に関する話を聞かせてもらいましょうか」
「命令を受理しました」
執事は順を追って正確な証言を開始する。
午後八時。執事が階段下に待機を開始。メイドが長老の部屋から夕食の食器を下げる。
午後九時二十五分。エフィが長老の介護のために三階へ向かう。介護と言っても就寝前の簡単なものらしく、わずか五分後にエフィは部屋を出て二階へ降りる。
午後十時。ニカワを追って外に出ていたラキュアが戻り、執事はタオルを手に彼女の部屋へ向かう。この時、子供たち三人が一緒に部屋にいるのを目撃。
午後十時三十分。執事はガラスが割れた音を聞き、ラキュアの部屋を出て長老の部屋へ向かう。ペッグによって扉が開かれ、長老の遺体を確認する。
「最後に長老の生存が確認されたのは午後九時三十分。殺人が起きたのはそれ以降というわけですな」
「その介護した女が犯人なら話は別だろうがよォォォー」
「…………え? エフィですの?」
「五分では無理でしょうな」
「はっ、本気にするなよ。言ってみただけだってよォォォー」
エフィ……リビングに来てから口数が減ったな。今もアドヒースの言いがかりに反応するまで少し間があった。
やはり相当に参っているのだろう。
ずっと世話してきた長老が遺体で発見されたとなれば無理もない話だが、それよりも犯人に対する緊張感が強いように見える。
ちなみに口数が減ったのはラキュアもだ。先ほどからずっと窓の向こう側を睨みつけている。
おそらく彼女はペッグの推理を信用していないのだろう。それゆえ外部にいる襲撃者の存在を警戒しているのだ。
「ふん、それよりも確認しておくことがある。午後十時に執事が階段側を離れるまでの間、親父殿の部屋へ行った者はその子供以外にいないのだろうな?」
「はい。エフィ様だけです」
「ククッ、やはりな……」
執事の言葉を聞いたクレイブが勝ち誇ったように言う。
「私は自分と妻が無実ということを知っている。そこのラキュアとかいう女と執事が同じ部屋にいて、子供たち三人もまた揃って同じ部屋にいた。ペッグの言うアリバイというものだ。さて、残っているのは誰だ?」
「あぁ? さっきも言ったってのに忘れちまったのか? お前ら二人がかばい合った所で何の根拠にもならねぇんだよォォォー!」
「黙れ! ペッグ、そいつを私に近づかせるな! 次は私を殺す気だ!」
クレイブの立場からすれば犯人候補はアドヒースとペッグだけ。
もちろんペッグ自身の疑いは晴れていないが、日々の遺恨のことを考えれば、クレイブがアドヒースを疑うのは当然か。
「可能性は二つというわけですな。アドヒース殿単独による犯行か、クレイブ殿とミューシー殿の共謀。動機はやはり遺産相続でしょうな」
「ならばアドヒースで決まりじゃないか。そいつには定職にもつかずに酒浸りの毎日を過ごすような男だ。私や妻を差し置いて遺産を手に入れられるはずがない。そしてそのようなカスは得てして逆恨みをするものだ、自分は悪くないなどとな」
「遺産が貰えねぇから親父殿に報復したってわけか? ははっ、笑わせるな! 俺に動機はねぇよ! なんせ遺書には……」
会話が止まった。
『なんせ遺書には』……その先に待ち受ける言葉を、アドヒースは飲み込もうとしているが、既に手遅れだった。
「執事さん、私の部屋からカバンを持ってきていただけますかな?」
ペッグが執事へ命令を下す。
そして、キラリと目を光らせるとアドヒースの方へ視線を向けた。
「アドヒース殿、お座りください。これからお話を伺うことになります……あなたが今、言おうとしたことについてね」
「…………ぐっ……!」
アドヒースが目を見開いたままよろよろと後ずさりをする。
彼は今、尻尾を出した。それを探偵は喜々として掴み上げていた。




