第59話 外か内か
ペッグによってリビングに集められたあたしたちは、各々が重苦しい雰囲気の中で席に座っていた。
これまで高圧的な態度を見せてきたグルーの親族三人も、いつもより口数が少ない。
「全員揃いましたな」
ペッグの言葉通り、リビングには死亡した長老を除く“全員”が揃っていた。
先程まではいなかったメイドも館内をうろついていたニカワを連れて合流し、執事と共にリビングの扉を挟むように立っていた。
人間も土礫精も子犬も含めて“全員”。唯一、長老を襲撃したストライク・バックを名乗る何者かを除いてだ。
「まずは紅茶でも用意させましょうか。幾分かは気分も落ち着くでしょう」
「紅茶って土礫精が? 仕える相手がいなくなったのに?」
「ご心配なく、スティープル嬢。長老は生前、自分の死後に土礫精が仕える相手をあらかじめ指示していたのです。それも遺産相続の一種なのですよ。遺言状とは違って即効性ですがね」
「『客人の世話をする』という命令は有効ですのでご安心ください」
メイドが即座に補足する。
置物になるのかと思いきや、使用人としての立ち位置は変わらないということか。
「そんなことよりも他にやるべきことがあるんじゃあないかね?」
「そ、そうざます! 紅茶なんか入れさせている暇があったら舘の見回りをさせた方が良いざます!」
「バリケードだ! 机だの椅子だの並べて敵に備えろ! というかまず助けは? 助けはどうなってんだ助けはよォォォー!」
親族たちが口々に抗議の声を上げる。
まぁ、この悪天候では助けなんて来ないし、事件現場のガラスの割れ具合を考えればバリケードなんて簡単に突破されそうだけどな。
とはいえ、彼らの苛立ちはもっともだ。
なにせペッグがやけに落ち着き払っている。外部の襲撃者に対する危機感が欠けているとしか思えない。
「フッ、つくづく名探偵とは悲しいものですな。優れた知能を持つがゆえに誰よりも早く真実にたどり着く。しかし、それゆえにこうして誰の手も借りられない孤独な戦いを強いられるのですから」
「スカしてないで会話というものをしたまえ! 私がお前の小説に出てくる脇役みたいに理由もなく言いくるめられるとでも思っているのか!? 現実の人間をナメるんじゃあないぞ!」
「もちろんそうでしょうとも。きちんと説明しますから落ち着いていただきたい」
クレイブが危うく勢いを取り戻しかけた所で、ペッグはようやく説明を開始した。
「皆様方もご存じのように長老の遺体が発見されました。遺体は部屋の中央にあるテーブルの上に横たわっており、胸には心臓に達するほど深い真っ直ぐな刺し傷を負っていました。私はこれを事故や自殺ではなく第三者の関与による殺人であると判断しましたが、これについて反論はありますかな?」
「…………」
反論は無い。
長老は殺された。その認識は全員で揃っている。
「よろしい。それはすなわち『この島には人殺しがいる』ということです。周囲から切り離された島、そしてこの悪天候。まさか人殺しが既に島を出ていったと主張する方はいないでしょうな? それを踏まえたうえで考えるのですよ、私たちが次に取るべき行動をね」
「そんなものは決まっている! 当然、自分たちの身を守ることだ!」
「そう、クレイブ殿の言う通り。我々は自衛に努めなければならない。ゆえにこうして皆様には集まっていただいたわけです」
「待つざます! 話が繋がらないざますよ!」
「そうだ、意味が分からんぞ! 敵は外から来たのだ! 一か所にただ集まることがなぜ身を守ることに繋がるのだ!?」
「その敵がこの中にいるからですよ」
…………。
……は?
「この名探偵ペッグが敵の前で目を光らせている限り次の殺人は起きない。よって安全というわけです」
全員が目を丸くする。
この男は何を言っているんだ? そんな視線が集中する。
「ハァ、また始まった……」
ラキュアが最初にペッグから視線を外す。その視線が一瞬だけあたしと合った。
彼女はこれ以上、彼の推理に付き合うつもりはないようだ。
なんならあたしに反論役を押し付けているようにも思えた。
……仕方ないな。溜息を抑えながらあたしは話し始める。
「ねぇ、ペッグ。あなたはちゃんとあの現場を見たの?」
「当然でしょう。この名探偵ペッグが観察を怠るはずもない。と言うからには、スティープル嬢は私の意見に反対というわけですな?」
「それはそうよ。だってあの惨状を見たら普通はこう考えない? 何者かが窓ガラスを割って長老を襲撃した。その何者かは外へ逃げ出し、今もなお誰かの命を付け狙っている」
「確かに、そう見えなくもないですな」
「“見えなくもない”……!?」
人を小馬鹿にしたような言い方に思わず苛立ちを覚える。それはあたしだけではなかった。
「いいかげんにしろ! 偉そうに振舞いたければ根拠を示したまえ! 貴様が探偵にしろ弁護士にしろ、物事を推測で語るんじゃあない!」
「おや? 根拠などいくらでも転がっていたではないですか、それこそ何から話せばいいか困るほどに。例えば窓ガラス」
ペッグが挑戦的な視線をあたしへ向ける。
「スティープル嬢はどうお考えです? 長老の部屋の窓ガラスについて“誰が・どこから・どのように”割ったのか?」
「な、何よそんな尋問みたいに……! “誰が”なんて知らないわよ。長老を狙って外部からやってきた誰かでしょう? “どこから”と言われたら部屋の外から。“どのように”だと体当たりか武器か。とにかく大きな物をぶつけて割ったんでしょうね。大きな穴が開いていたもの」
「なるほどなるほど。非常に残念ながら、スティープル嬢の主張にはガラス以上に大きな穴が開いているようですな」
誰も求めていないユーモアを披露しながらペッグはリビングの窓際へと歩いていく。
「スティープル嬢、窓ガラスがどう散らばっていたか覚えていますかな?」
「そんなのいちいち覚えていない。シザ……チョキは?」
「僕も覚えてないかなー」
シザースもまた首を横に振る。
その反応を待っていたようにペッグが言った。
「よろしい。この名探偵の観察眼を披露しましょう。お二方が覚えていないのには理由があるのですよ。実は割れた窓ガラスの破片は非常に小さかったのです!」
「小さかった……?」
「仮にスティープル嬢の言う方法でガラスを勢いよく割ったのであれば、破片の大きさはバラバラで目に見える大きさとなるでしょう。ところが現場にあった破片は細かく、しかも均一的だった! 何度も念入りに叩き潰したかのようにね!」
「……!!」
部屋に突入したときの自分を思い返す。
……考えてみれば、普通はガラスが割れていたら気をつけるはずだ。破片を踏まないように、足元に気をつける。
でもあの時のあたしは、ガラスが割れているのを見はしたが、破片にまで気を配らなかった。
もしかしてペッグの言うように破片が細かすぎて目に入らなかったから……?
「あのガラスは大きな力で割られていたとは思えない。音が響かないように静かな力で割られていた。私はそう推理します」
「で、でも! それじゃあ、あたしたちが聞いた音は!? あれは確かにガラスの……」
「先走ってはいけませんよ、スティープル嬢。事実は二つです。一つ、ここにいる全員がガラスの割れた音を聞いた。一つ、長老の部屋のガラスが割られていた。ただしこの二つに因果関係があるとは言い切れないのですよ。この後、調査をすれば明らかになるでしょうがね」
「なるほどなー。例えば誰もいない部屋のガラスでも割ったのなら、僕たちを勘違いさせることができるわけだねー。しかもこれだと外部からの襲撃を演出するだけじゃなく、長老の死んだタイミングをごまかすことにも利用できそう。面白いなー」
「あんたはどっちの味方よ!?」
「僕は思ったことを口に出しているだけだよー」
シザース……観客みたいに推理ショーを楽しんでないか……?
「はははっ! ガキ共は騙されやすくて見てらんねぇよ。ガラスの飛び方なんかその場その場でまちまちだろうがよォォォー」
困惑しているあたしの耳に笑い声が聞こえてくる。
アドヒースか……今のペッグの主張は彼からすれば根拠には程遠いようだ。
「ふぅむ、これだけでは納得いただけないと。では続けて長老の遺体を思い返してみましょう。スティープル嬢、長老は“どこで・どのように”殺害されたとお考えですかな?」
「ま、またあたし? えっと……“どこで”はテーブルの上よね。あの部屋で血で汚れていたのはあそこだけだった。だからまずはそこまで長老を運んだのよ、ベッドで寝ている長老を……運……んで……?」
いや、違う。
窓ガラスの反対方向、ベッドの置かれた側は綺麗だった。雨や水滴が落ちているようには見えなかった。
ということは……え?
「お気づきのようですな。犯人が長老をベッドからテーブルに運んで刺す過程で床が濡れることはなかった。襲撃者が窓の外から入ってきた思えません」
「ぐ……!」
「はははっ! ガキ共は発想力が貧弱すぎて見てらんねぇよ。ガラスが割られたら親父は起きるだろうがよォォォー」
反論できないあたしを見かねてか、アドヒースが援護に回る。
「標的の方から部屋の真ん中に来たのさ。窓の様子を見に行ったのか逃げようとしたのかは知らんけどな。後は紐付きの矢でも魔法でも、部屋に入らなきゃ何でもいい。外から親父の心臓をぶち抜いて終わりだろォォォー?」
「ふっ、そう来ましたか。ですが……」
だがペッグは余裕綽々といった表情で言い放つ。
「アドヒース殿、長老の胸の傷は真っ直ぐだったと申し上げたはずです。そなたの言うやり方で、長老が歩いているところを刺せるとは思えませんね」
「あぁ? なんでそう言い切れる!?」
「長老は腰を曲げて歩きますから」
「あっ……!」
その通りだ。アドヒースは呆気なく陥落した。
「これが意味することは、長老は寝そべった状態で刺されたということ! しかし襲撃者が窓付近から部屋に入ることなくそのように刺すなど不可能! よって外部からの襲撃という主張は成立しないのです!」
反論が全て否定される。
あたしたちを取り囲む空気が一段と冷たくなったような気がした。




