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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第57話 来訪者

 午後九時三十分。

 長老の看護を終えて二階に降りてきたエフィと共に、あたしは自分に割り当てられた客室に向かう。

 エフィが普段から使用している部屋は一人用のため、二人が宿泊できるように特別に用意してもらったのだ。

 チョキの部屋は向かい側。何があればすぐに駆け付けられる距離ではあるが、もしもの時はあたし一人で護衛しなければならない。


「……まぁ、何も起きないだろうけどね」


 窓の施錠を確認しながらぼそりと呟く。

 足元から天井までガラス張りになった大きな窓。その外に突き出したバルコニーの広さはせいぜい人間一人が身を乗り出す程度。誰かが隠れるような余地は無い。

 加えて、海に囲まれた立地となれば外部からの敵襲はまず除外される。

 もちろん相手が魔物であれば空を飛んだり海を泳いだりと上陸手段はあるのだが、この悪天候の中でわざわざ襲いに来るとも考えにくい。

 そもそもエフィの話によれば、過去に何らかの襲撃があったという試しは無いとのことだ。

 そういうわけなので、チョキと交代で寝ずの番をするようなことはせず、あたし自身もゆっくりと眠ることになった。


「ただ、ちょっと心配なんだけど……グルーの長老はどうなの? 夜中に具合が悪くなってエフィを呼んだりとかするんじゃない?」

「それなら大丈夫ですの。お爺さんは毎晩、睡眠薬を飲んで朝までぐっすりお休みですのよ。それにもし用事があっても呼び鈴で呼ぶのは土礫精さんの方ですの」


 話によると呼び鈴の聞こえる範囲にメイドが、二階から三階に向かう階段の下に執事が待機しており、急な用事にはすぐに対応できるようになっているそうだ。

 土礫精は休憩や睡眠が不要なため夜間でも常に対応することができる。そう考えると高額というのも納得だ。


「スティープル、開けて。遊びに来たよー」


 明るい声と共にノック音が鳴る。


「わー、やっぱり二人部屋は広いなー。トランプ持ってきたよ」

「チョキ……まったくもう、女の子の部屋なんだから少しは遠慮しなさいよね」

「チョッくん、いらっしゃいですの」


 子供三人で夜更かしか。これじゃまるで小旅行だよ。




 ゴン、ゴン……!


「っ……!?」


 今度のノック音は重かった。

 それはまるで体重をかけて扉にもたれかかるような、不穏な響きだった。


「だれー?」


 …………。

 チョキが気さくに声をかけるが返事は返ってこない。

 耳に入ってくるのは雷や雨風の音だけだ。


「土礫精さんなら返事くらいするんですの……」

「待って、エフィ。あたしが出る」


 名指しでないなら護衛対象に出迎えさせる必要はない。

 まだ警戒心よりも苛立ちの方が強い。あたしたちを怖がらせて面白がるような質の悪い輩ではないかと考える。


「イタズラのつもりなら今すぐ白状しなさい。無視を決め込む場合は敵意ある襲撃とみなす。当然、怪我させるつもりで攻撃するよ」

「…………から」

「え……?」

「してるから……返事……さっきから……ハァ……ハァ……」

「ラキュア!?」


 慌てて扉を開けると、そこには息を切らしたラキュアがいた。

 悪天候の音にかき消されていただけで彼女はずっと声を出していたのだ。


「ラ、ラキュアさん!? どうしたんですのその格好は!?」


 彼女の姿を見るなりエフィが大声を上げる。

 それもそのはず、ラキュアは全身がずぶ濡れだった。さらに髪や衣服の所々に泥と枯れ葉が付着していた。


「ねぇ、まさか外に出てたんじゃないでしょうね!? 一体どうして……」

「ニ、ニカワが……」


 ニカワ……懐かない子犬。だが割り当てられた部屋は普通は飼い主と同じだ。

 それが外に出るような事態に、ってことは……!


「逃げちゃったから……」


 ……あぁ、やっぱりか。なんだかそんな気がしたんだ。


「逃げちゃったからあああああああああああああ!!」

「わ、分かった! 分かったから!」

「うるせぇぞクソガキどもがァァァーッ!!」

「アドヒース様、ラキュア様。夜間はお静かに願います」


 バタァン!!


「アドヒース様、扉の開閉はお静かに願います」

「チッ」


 どこからの部屋の中から舌打ちが聞こえた。


「え、えっと……ラキュア?」

「ま、窓を開けて……逃げちゃった……私もう必死で……船着き場まで行って……でも見つからなくて……」


 随分と消耗しているのか、ラキュアは息を荒げて床に座り込んだまま動こうとしなかった。

 それでもあたしたちに伝えようと必死に口を動かしていた。


「執事さんも来てくれたことだし、とりあえずタオルを用意してもらおうよー」

「そ、そうですのね。そのままだと風邪を引いてしまいますの。風邪はエフィの専門外ですのよ」

「う、うん……そうする」

「ラキュア様、タオルをお持ちする先はラキュア様のお部屋でよろしいでしょうか? 担当はヘルパーモデル淑女タイプの方がよろしいでしょうか?」

「別にどっちでもいい……早く部屋まで持ってきて」

「命令を受理しました」


 執事が去っていくと、ラキュアはよろよろと立ち上がる。


「う、うう……ごめん起こしちゃって……」

「大丈夫ですのよ、まだ起きてたんですの。それにニカワちゃんは賢い子ですし、いつまでも雨の中を走り回ったりしないですの。案外、もう館に戻っていてどこかの部屋で寛いでるかもしれないですよ」

「じゃあ私は……? いつまでも雨の中を走り回ってた私は賢くないの……!?」

「そ、そんなこと言ってないですの! とにかく部屋に戻って休むんですの!」


 ……大丈夫か? あの調子だと一晩中、自己嫌悪にうなされそうだけど。

 とはいえ、あたしたちにできることは何も無い。館内におけるニカワの散策は執事かメイドに依頼することにする。

 すぐに執事がタオルを片手に戻ってきたので、その事を伝えてあたしたちは部屋に戻ることになった。




「……何か変だね」


 窓の外を見ながらチョキがぽつりと言葉を漏らした。

 何のことやら分からず、あたしもエフィも顔を見合わせる。


「窓だよ。犬が窓を開けたって……ほら壁みたいな大きな窓だよ? 外開きだけど子犬が体当たりして開くのかな。ハンドルを捻って開けるにしても……大人ならともかく犬にとっては高い位置にあるしなー」

「どういうことですの?」

「いや別に。ちょっと変だなって思っただけ。もしかしたらあの探偵さんに感化されちゃったのかもねー」

「…………」


 チョキはそう言って笑ったが、あたしにはそれが作り笑いに思えてならなかった。

 『気にしないで』と主張しているけれど、心の中では何かが引っかかっていて気になって仕方がない。そんな印象だ。

 ……もしチョキの気のせいでないとしたら?


「何か変……かもしれない」

「もう、スーちゃんまで!?」


 自分自身の体験を基に考えてみる。

 チョキに対するささやかな対抗意識ではあったが、振り返ってみれば確かに奇妙な感じがした。

 あたしもあの子犬には嫌われている側だ。だから率直に感じた。


「距離を取るのよね、唸り声を上げて威嚇しながら」

「ニカワのこと?」

「えぇ、距離を取る。すなわち拓けている方へ行く」

「なるほど、その理屈だと変っていうわけだねー」


 窓というのは閉めていれば壁と一緒だ。この悪天候の中でラキュアが窓を開けているわけもない。

 ならニカワはどうして窓の方へ行った?


「ちょっとちょっと! エフィだけ置いてけぼりじゃないですの! 二人してさっきから何が変だって言うんですのよ!?」

「あはは、まぁこんなこと気にしてどうなるんだって話だし、あんまり引きずることでもないかなー。僕が知らないだけであの子犬、実は窓を開けられるくらい賢いのかもしれないし」

「…………」


『さっきからうるせぇんだよなバカ犬がキャンキャンと』

『船の後方? 何に吠えてるの!?』


「……!!」


 今日の昼……船上で見た光景が蘇る。

 船の後方に吠え続けるニカワ。一見、何も無い方向に向かって……それが同じように窓の外だったら?

 ラキュアは当然、それを気にして窓の外を覗く。

 ニカワの真意が分からず、そのうち窓を開けてみるかもしれない。この状況ならニカワが窓から逃げることは可能だ。

 ……だとしたら、ニカワはどうして吠えていた?


『ニカワには……魔力が分かるの』


 ラキュアはそう言っていた。実際に半魚兵団サハギン・ソルジャーズの魔力を察知して吠えていた。

 そう、あの時……吠えていた相手は敵だった!

 じゃあ今は!?


「スティープル!?」

「どうしたんですの!?」


 ──次の瞬間、あたしは窓際に走りこんで両手をガラスに押し付けていた!

 そこにあるのは闇……たまに雷が光った所であたしの目には何も映らない!


「嫌な予感がする! 急いで土礫精に知らせ──」


 ──そう言おうとした刹那だった!


 ガシャァァァン!!


 ビリビリとした振動が天井から壁へと駆け巡っていく。

 響き渡ったのはガラスの割れる音だった。


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