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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第52話 長老の島

 船員から下船の準備をお願いされて十数分後、潮風の中にその島が姿を現した。

 大陸から切り離されたような位置で、周囲との馴れ合いを拒絶すると言わんばかりに存在感を放っている。


「やっと着いたねー、長老さんの島」

「人の通る道は舗装されているけど……案外、何も無いのね」


 船から降りて伸びをしながら言う。

 金持ちが自分の島を買ったら次にやることは島の模様替えだとばかり思っていたが、そこに広がっているのは単純な自然の姿だった。

 巨大な噴水、薔薇園、自前の船……なんてあたしの思い描いていた人工物はどこにも見当たらない。


「あっちの人たちは? 船に乗ろうとしているみたいだけど」


 ちらりと見た先では、同じ服装をした数人の男性が船着き場で待機していた。いずれも大きな袋や箱を抱えており出迎えとは思えない。

 クレイブ夫妻は彼らを汚らわしいものを見るような表情で睨みつけ、彼らはわざとらしく目をそらしている。


「この名探偵ペッグの推理によれば……ズバリ、館に物資を運んだりゴミを持ち帰る業者の方々でしょうな!」

「騙されないでスティープル、推理じゃない。ペッグは答えを知っている」

「困りますなラキュアよ。師匠を立てるのが助手として自然な姿でしょうに」

「…………下手くそに媚びるのは自然な姿じゃない」

「むぅぅぅ……」


 なるほど。個人宅のために専用の業者を呼ぶとは、金持ちにしかできない芸当だ。

 ……それにしても、この二人も随分と仲が悪いな。師匠と助手とは思えない。


「招待客七人のうち五人が不機嫌って割と地獄よ」

「僕とスティープルを嫌ってるわけじゃないのが幸いだねー。それと機嫌が良いのはこの子もみたいだよ」

「ん? この子?」

「ワン!」


 あぁ、ニカワか。

 チョキの足元を回りながら時折、頬ずりしているな。


「って、機嫌が良いの? あたし、ものすごい吠えられたんだけど」

「グルルルル……!」

「ほら、また!」


 そもそも飼い主のラキュアにすらこの様子なのに、どうしてチョキにだけ懐いているのやら。


「この名探偵ペッグの推理では……どうせラキュアが寝ぼけて尻尾を踏みつけでもしたのでしょう」


 もはや推理ですらない、投げやり気味な予想を言い残してペッグは一人で館への道を歩きだす。

 グルーの親族三人はさっさと先に行ってしまっていて、並んでいた業者たちも船に乗り込み終えていた。

 船はゆっくりと島を離れ、残ったのはあたしたち三人だけだ。


「まぁ、しばらくは僕と一緒にいればいいんじゃない? そのうち機嫌も直って飼い主さんの元に戻ると思うよー」

「う、うう……だといいけど……」

「ワン! ワン!」


 船着き場から続くなだらかな小道を三人と一匹で歩いていく。

 アスファルトで舗装された一本道の両側はありのままの島の姿だ。

 雑草で覆われた地面から松の木が空へと真っすぐ伸び、向こう側にあるはずの大海原をすっかり隠しきってしまっている。対照的に枝葉の少ない木々のおかげで、青空の様子はよく見えた。

 歩いていく中で一瞬だけ目に映る太陽光と木々の美しさは、確かに手を加えずに残しておきたい気持ちにもなる。


「犬にとっては良い遊び場になりそうね。チョキ、目を離しちゃ駄目よ?」

「うん、任せて。といっても僕の傍から離れないけど」


 彼の言う通り、ニカワは先走るわけでもなく同じペースで歩いている。

 その様子をラキュアはそわそわと落ち着きなく見守っていた。


「昔はいい子だったのに……変わってしまった。ううん、変わってしまったのは私の方……」

「昔と同じならあたしにも懐いてほしいところよ」


 負けたみたいで納得いかないな、どうしてチョキにだけ……!


「もしかしたら犬が警戒してるのはスティープルじゃなくて……そうかも。探偵さんの推理が正しかったのかもねー」

「……はて? あのポンコツ探偵が何か推理したかしら?」

「最初に推理してみせたあれだよ。スティープルに呪いがかけられているって話」

「あのねぇ、チョキ! あたしは別に若返ったわけじゃ……、……いや違うか」


 チョキが言っているのは声を出せないことの方だ。

 それが呪いであるならニカワが警戒するのも納得できる。

 人間には分からないような超常的な物も、他の動物なら敏感に察知できるのかもしれない。


「じ、じゃあ私は!? 私も呪われてるの!?」

「それは分かんないけどラキュアは飼い主でしょー? だったら飼い主ならではの不満があるって可能性の方が高いんじゃないかなー?」

「ああ、やっと分かった……そうなんだ……私の人生が呪われてたんだああああああっ!!」

「あ、見てスティープル。あれじゃないかな?」


 ラキュアの悲痛な叫びをさらりとかわしながらチョキが指をさす。

 船着き場から続く小道の終着点、松の森に混ざって大きな館が建っていた。

 館は三階建てで、上に向かうほど幅が狭くなっている。塗装の色は深く暗い緑を基調としており、周囲の自然に気を使っているような印象を受けた。

 館の周囲にも庭や物置といったものは見当たらず、せいぜい軒下にいくつか鉢植えが置かれているくらいだ。


「初めてなのは僕たちだけかな。ラキュアは?」

「な、何回かペッグと一緒に……、……スゥー」


 ラキュアは深呼吸をして気分を落ち着かせると、呼び鈴を鳴らす。

 すぐに扉が開いて二人の人物が姿を現した。


「いらっしゃいませ、ラキュア様でよろしいでしょうか?」

「いらっしゃいませ、そちらは初めての方と認識しました」

「チョキ様でよろしいでしょうか?」

「スティープル様でよろしいでしょうか?」

「っ……!?」


 ……混乱。出迎えた二人の異質さにあたしの思考が硬直した。

 肩まで伸びた髪のメイド、首元まで伸びた髪の執事。それだけなら単なる使用人と思うかもしれない。

 だが、彼らはあまりにも異質だった。

 まず、髪型と服装を除けば同じ見た目をしていた。体格から始まって肌の色、目や鼻といった顔のパーツの形と位置、声や動作に至るまで同じ──動作については左右対称という違いはあるが──だった。

 続いて彼らの雰囲気。光の映っていない無機質な瞳に、均一的な肌。表情も感情もそこには存在しない。


「……そうよ、私はラキュア。それとチョキにスティープル。あとニカワも忘れないであげて」

「承知いたしました、ラキュア様」

「チョキ様とスティープル様を記憶しました」

「どうぞ中へお入りください」


 片方が喋り終えた瞬間、口をはさむ間もなくもう片方が喋り始める。その口は話す内容に関わらず常に規則的な動きで開閉している。

 こんなの……まるで人形だ。人間らしさを追求して中途半端な状態に終わり、不気味さだけが残った人形……!


「はははっ! そりゃあそんな顔にもなるよなァァァー」


 アドヒースの愉快げに話しながら現れる。


「そいつらは親父が買った土礫精(どれきせい)って商品だ。魔導の力だか何だか知らねぇが自動で動いて主の命令に従う土人形だってよォォォー」

「ヘルパーモデル、紳士タイプです。現在の命令は『主人と客人の世話をする』となっております」

「ヘルパーモデル、淑女タイプです。現在の命令は『主人と客人の世話をする』となっております」

「つ、土人形!? 商品!?」


 人間どころか生き物ですらない使用人だなんて……!

 思わず二人の使用人──便宜上、人で換算する──の顔をまじまじと見つめる。

 

「本当に……大丈夫なの!?」

「さ、最初は私も怖かったけど……意外と優秀。二人しかいないけど快適な生活は保障してくれる。あと料理が美味しい」


 ……ラキュアの反応を見る限り、砂の味がする晩餐(ディナー)の心配はしなくていいようだ。


「……チョキはどう思う?」

「僕? うーん、ちょっと怖いかな。うっかり自分のせいで壊しちゃったとかなったら破産まっしぐらだよー」

「そ、そういう怖さもあるのか……確かにね」


 つい先日、魔力で動く義手の価格に目を見開いたばかりだ。

 腕一本ですらあの始末。体全体ともなれば一体どれほどの金がかかるというのか。

 しかも自律しているとなれば尚更だ。


「すげぇもったいねぇよ、普通の人間に換算すりゃあ何十人、何百人も雇えるってのによォォォー」

「そんなに雇ったら家がぎゅうぎゅうになっちゃうよー」

「なんで一度に雇う前提なのよ……。まぁともかく、あたしたち庶民とは次元が違うってのは分かったわ」

「はははっ! しかもだ、こいつはただの贅沢なんかじゃあないんだぜェェェー!」


 アドヒースの話す速さが徐々に上がっていく。


「こいつらを使う理由はな、人間の使用人が信用できねぇからなのさ! なんせ兄貴の息がかかった暗殺者かもしれねぇからよォォォー!」

「あ、暗殺って……」

「滑稽な話だろォ? 親父は実の息子ですら信用してねぇのさ! 今だって俺たちを無視してあの探偵さんと自室でお喋り中だしよォォォー!」

「ペッグと? ということは遺言状の話かしら。ラキュアは行かなくていいの?」

「私は助手だから。行って何かが変わるわけじゃ……」

「それよりさ、僕たちはエフィっていう人に会いに来たんだよ。どこにいるのー?」

「……!」


 それを表沙汰にしていいのかは知らないが──ここまで来た以上はごまかさなくてもいいのか──チョキの言う通りだった。

 二人の使用人に圧倒されて頭から抜け落ちてしまっていたが、あたしたちの最優先はエフィ・ルレッドだ。


「あ、俺も忘れてたぜ。そこの執事とメイドに伝えに来たんだっけか、そのエフィって奴のことで」

「え……?」


 やらなきゃいけないことを思い出したように、アドヒースは面倒くさげな口調で言った。




「さっきリビングの外を見てたらよォォォ、上から人がビターンって落ちてきたんだ」




 全身を冷気が駆け抜ける……!


「たぶんそのエフィって奴がなァァァー」


 それは緊急事態だった──!


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