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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第51話 思わせぶり

 魔物の襲撃という知らせはすぐさま船中に知れ渡った。

 船員たちは慌ただしく甲板を駆け回りながら警戒態勢に移行する。海上を見張る者、甲板を掃除する者、客室を回って優雅な船旅に支障はないと伝えまわる者。船員たちは焦ることなく見事な連携プレーで割り振られた仕事をこなしていく。

 職業見学を本当にやっているのであれば、ペッグよりも船乗りたちに乗り換えた方が多くの学びがあるだろう。

 なにせこんな貴重な“働く姿”はめったに見れるものではない。


「──の生息範囲は暫定的なものに過ぎない。君の言う安全の根拠にはなりえないわけだが?」

「も、申し訳ございません!」

「おや、おかしいな。なぜ謝罪をする? 私は謝罪をしろと言ったかね?」

「も、申し訳……えっと……」

「謝罪か!? 違うだろう!? この船旅が安全だと断言できる根拠を説明しろと言ったのだっ! そんな反射的な謝罪で丸く収まると思っているのか! この薄汚い無産階級ふぜいめがァァァーッ!!」


 ……一等乗客室でお叱りを受ける“働く姿”なんて見たくはないけどね。


「小娘、さっきからキョロキョロしすぎざます! 貧乏人のみっともない姿は意外と見られているざますよ!」

「違ぇよ、呆れてんのさ。ああやって賠償金をふんだくって、船の中ですら金儲けの場に変える兄貴の職人ぶりによォォォー」

「…………」


 ミューシーとアドヒースに連れられてやってきた一等乗客室は別世界だった。

 部屋の広さも調度品も、同じ船なのにここまで変化を求める必要があるのか不思議になるくらいだ。

 その広い部屋の半分を占領して大量の書類が規則的に置かれた大理石のテーブルがあった。そこに向かって座っている人物こそ、気の毒な船員を罵倒している長男、クレイブ・グルーだ。

 ワインレッドのスーツはよく手入れされているのだろう、高級品の体裁を保ったままクレイブの体格に合致している。顔には皺が刻みこまれていたが色つやがあり、髪は金色だ。


「似てねぇだろ、俺と兄貴は母親が違うからなァ。もっとも俺の語尾を伸ばす癖は兄貴から貰ったもんだけどよォォォー」


 黒髪のアドヒースがさらりと言う。

 反応に困る情報だったが、もうそんな事情を気にするような年でもないのだろう。


「それであたしたちを呼んだのは?」

「これを受け取るざます!」


 ミューシーが箱で答える。

 子供の手に収まるほど小さく、しかし外観は立派な装飾で施されている。となれば中身を想像するのは難しくなかった。


「おっほっほ! 十五年物の真珠ざます! わたくしの貴重な貴重な命を救ってもらったお礼となれば、なんら惜しくもないざます!」


 やっぱり宝石か。正直、あたしたちには価値の分からない代物だ。


「綺麗だねー」

「えぇ、綺麗。だけど、あたしたちには必要の無い物だし……」

「小娘! 何様のつもりざますか!?」

「え……」


 謙虚に振る舞っていたつもりだったが、それがミューシーには気に入らなかったらしい。


「グルーの名を冠するこのわたくしに、命の恩人を手ぶらで帰らせるような貧乏人のレッテルを張らせる気ざますか!? わたくしを侮辱するつもりならタダじゃおかないざますよ!!」

「侮辱だなんて!」


 お礼を言われている立場なのになぜか怒鳴られる。実に厄介なオバサンだった。

 そして厄介なのはオバサンだけではなく……。


「はははっ! なら俺が貰ってやるかなァァァー」


 あたしの手から真珠が箱ごと引ったくられていく。

 哀れみにも似た表情でニヤニヤと笑うアドヒース、眉が吊り上がって顔を真っ赤にしたミューシー。すぐに苛烈なやり取りが始まった。


「アドヒース! お前にやる物なぞ何も無いざます!」

「おいおい、俺はガキどもから貰ったんだぜ? ガキども言ってやれよ、こんなゴミ貰っても処理に困るってよォォォー」

「ゴミはお前の方ざます! さっきわたくしの足を引っ掛けて転ばしたざましょ!?」

「あァ? 他の奴らが見ているのにそんな犯罪行為するわけねぇだろうが」

「いいや、引っ掛けたざます! わたくしが死ねば遺産の取り分が増えるとでも思ったざますね!?」


 やれやれ。この調子じゃ当分は終わらないな。

 後はあたしたち抜きでやってもらおう。

 そうチョキに目配せをしようとしたときだった。


「兄貴と一緒にしてんじゃあねぇよバカ犬が。そりゃあ、あんたが死ななかったのは残念だがよォォォー」

「…………」

「うちの旦那がなんざますって?」


 ……なんだ?

 空気が凍った。降りしきる言葉の大雨が一瞬だけ止まり、静寂に包まれる。

 ミューシーだけではない。夫のクレイブも船員への罵倒を中断してこっちを見つめている。


「あぁ、そうだった。兄貴のあれは事故ってことになってるんだったなァァァー」

「事故ざます。お前がいくら妄想しようがその事実は変わらないざます」

「はははっ! そうだ、これは俺の妄想だ。事故の裏には薬を盛った兄貴と、その証拠を隠蔽する妻がいた。俺は事故現場で死にゆく哀れな犠牲者から告発を聞いた。全てはご都合主義の妄想だ。でも変だなァ? そんな妄想を笑い飛ばせずに真に受けてる奴がこの部屋にいる。一体どうしてだろうなァァァー?」


 アドヒースの表情に、あたしは咄嗟に『ファングド・ファスナー』を解除する。

 最後の言葉はおそらく、あたしたちに向けての問いかけだ。


「自分に都合の悪い部分が抜けてるざますね。その哀れな犠牲者から話を聞いた後、身ぐるみを剥いで生活費に変えてやったと、そんな話ではなかったざますか?」

「そんなこと言ったか? 所詮は妄想だからなァ、その日その日の気分で変わる──」

「小説を書きたまえよ」


 クレイブが低い声で言った。

 隣にいた船員は既に解放され、それどころか隅に追いやられていた。


「独りよがりな妄言をつらつらと垂れ流してないで、小説に変えて群衆に見せたほうがよっぽど建設的だぞ。ほら、ちょうどそこに職業見学の子供たちがいる。一緒になってペッグから小説を学べばいい。もっとも君の貧しい発想力では、読者を唸らせるオチなど思い浮かばないだろうがね」

「はははっ! ストーリー以前に犯人役が駄目だ。親の会社を延命するだけで精一杯の小者、加えて他人を不快にさせる言動しかしない嫌われ者とくりゃあ読者が食いつくわけねぇもんなァァァー」


 声を荒らげての罵り合いとは違う、緊張感をはらんだ静かな口調。

 だが彼らの間に散る火花は、よりいっそう激しさを増している。

 さっきから何の話をしているんだ? あたしの知らない何か、きっと彼らだけが知っている深い闇の中の話だろうけど……!

 “金のためなら手段を選ばない”……ペッグもウェバリーもそう言った。その片鱗が今、あたしの目の前で繰り広げられている。




「どうやら私の出番のようですな!」

「あ?」


 船室の扉が音を立てて開け放たれ、高らかな声と共にペッグが現れる。


「聞こえましたぞ! 私から小説を学びたいと! そう仰った!」

「いや、俺は──」

「ご自身に発想力が無いと! オチが作れないと! キャラクターの魅力を引き出せないと! そう仰った!」

「言ってないざます!」

「私のような名探偵になりたいと!」

「それは本当に言っていない!」


 張り詰めた空気が竜巻のように引っ掻き回されていく。

 あたしとチョキは、どちらからともなく互いの手を掴んで逃げ出した。

 そうして息苦しさから解放されたあたしたちに、一人の声が近づく。


「大丈夫だった?」

「ラキュア……!」

「探偵さんのおかげで助かったよ。助手さんが呼んでくれたのー?」

「助手は嫌。ラキュアでお願い。……そう、私がやったの」


 ラキュが静かに頷く。

 アドヒースたちの会話を聞いており、そこからあることないことをペッグに伝えて誘導したのだと言う。


「さっき助けてもらったし、お礼にと思って……」

「あ、ありがとう。ただ、まぁ……助けてもらったのはあたしたちの方よ。ラキュアの氷の魔法すごかったもの。……って、そういえばあなたの方は大丈夫なの!?」

「私は平気。大量の血が流れるのを見ると……逆に心が落ち着いてくる。来るところまで来てしまったって、吹っ切れて色々できるようになる」


 魔法を使う直前にラキュアが豹変したことを思い返す。

 彼女の中にある開き直りのスイッチ、火事場の馬鹿力のようなものだろうか。


「それにしても、何だったんだろうねー? さっきの部屋での会話こと」

「ねぇ、ラキュア。あなたも聞いてたんでしょ? アドヒースは自分の妄想だって強調していたけど、何か知ってたら教えてくれない?」

「…………別にいいけど」


 たいして面白い話ではない、と前置きした上でラキュアは言う。


「あの話の中心はクレイブとアドヒースの妹、シエラ・グルーの事故死のこと」

「あぁ、夫と娘と一緒に……。……え? 事故だの事故じゃないだの……まさか!?」

「事故じゃないって言うなら長男夫婦がさ、遺産の取り分を増やすために事故にみせかけて……って感じになるのかなー」

「なんてことなの……!」


 頭を抱えたい衝動を抑え込むので精一杯だった。

 金のために家族間で殺し合いだなんて、昨日まではにわかには信じられない話だったというのに。

 あっというまに実例の登場だ。


「こんな家にエフィが勤めてるなんて、そりゃウェバリーも心配するってものよね」

「マズいものを見られたって口封じに殺されるパターンだねー」

「……二人共、決めつけは良くない」

「分かってるよ、ラキュア。証拠は無いんでしょ?」

「そうじゃない。金のために手段を選ばないのはアドヒースも同じなんだから」

「どういうこと?」

「アドヒースだって本当のことを言っているとは限らない。長男夫婦の名を貶めるために、妄想を言っている可能性もある」

「う、嘘だってこと!?」


 いや、本当か嘘かが重要なのではない。

 ラキュアが伝えたいのは、相続権を持つ三人全てが汚いやり方で他のライバルを潰そうとしているかもしれないこと。そして実際にやりかねない人たちだということ。


「これじゃ長老のお爺さんも誰に相続させたら良いのか困っちゃうよねー」

「悪い意味でね。まぁ、本当に困ってたらギルドに派遣要請でも出すんじゃない? 嘘を見破れる人を寄越せって」

「今ならスティープルがいるのにねー」

「確かに、喜んでもらえるかもね。あたしも答えが分かってスッキリするし」


 なんなら今からでも売り込んでみようかな。


「え? スティープルって嘘が分かるの?」

「そうよ、『ファングド・ファスナー』は噛みつくだけじゃ……、……っ!!」


 ラキュアがその日一番とも言える驚愕の表情を向けていることに気づくまで、しばらくの時間が必要だった。

 目的の島まではあと少し。

 残りの航海の時間を全て、あたしはラキュアへの説明に費やすこととなった。


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