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失声のスティープル  作者: 青山風音
第3章 真髄~Evolve Essence~
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第49話 船旅は大声と共に

 『世界の犯罪者たち 巻5~ストライク~』より抜粋。

 悪しきを焼く義賊。世間はストライクをそう呼んだ。

 不正な手段で金を稼ぐ巨悪を標的に、炎をまとった剣で戦う。

 その勇姿を応援する者は少なくはなく、ストライクの犯罪行為は世間的には正当化されていた。

 そうして得た資金でストライクは、貧しい子供たちを養っていた。

 奴隷商の元から逃げ出して居場所の無い子供や、親に捨てられた子供。何かしらの事故・事件に巻き込まれた子供。腕や足が片方だけ、なんてさほど珍しくもない。

 そんな子供たちが自然と身を寄せ合う場所こそが、ストライクの住む世界だった。


「……で、その義賊と子供たちはみんな死んでしまったってわけ?」

「うん、これがその記事。三日前の新聞に書いてあったってさ。マルルがショック受けてたよー」


 マルルから受け取った本をパタリと閉じ、あたしはチョキから件の記事を受け取る。


 『パーチメント新聞記事』より抜粋。

 大雨による土砂崩れが発生し、ストライクを含め周囲の住民が全員死亡。

 住民の多くが身寄りのない子供たちだったということと、舞台が山奥だったということもあり、事故が明らかになるまで数日を要した。

 犠牲者の多くは土に埋まっているほか、野生動物が食い荒らした痕跡もあり、正確な犠牲者数は不明。


「それで……唯一、遺体の身元確認ができたのがストライクだったと」

「他が子供たちだもん。名前とか全部で何人いるかなんて、誰も把握してなかったと思うよー」

「とんだバッドエンドだわ、こりゃ」

「情報が無さすぎてエンディングにもなれないよねー」


 そう言って同室のチョキが笑う。

 窓の向こうからはカモメの鳴き声と波の音が絶えることなく聞こえてくる。


 ──あたしたちがいるのはグルー本宅のある島へと向かう船の中だった。


 特筆するほど大きいわけではないが一等から三等まで客室の備わった帆船にて半日ほどの船旅だ。

 船員たちは一等を占拠するグルー家の親族に付きっきりで、あたしたち三等の乗客はほとんど放置状態。

 子供二人でも狭いと思えるほどの──ナギナタ邸宅の広さに慣れてしまったのもあるが──客室では、こうして本を読むくらいしかすることがなかったというわけだ。


「……チョキ、あたしちょっと潮風に当たってくる」

「うん、いってらっしゃーい」




 船室を出ると波の音がよりいっそう大きくなった。

 甲板には木箱が乱雑に置かれており、ジャガイモやタマネギといった食料から、船員たちの暇つぶしと思しき釣り道具一式など様々だ。

 こういった荷物と客室との距離間においても格差が垣間見える。

 木箱を椅子代わりに船の後方に伸びる白波をのんびりと見つめながら、船の上で読書なんてしたことを少しだけ後悔する。

 ……酔った、少しだけ。

 横になっていたほうが良かったかな。でも、チョキの前でかっこ悪い所を見せるような気がして何となく気が引けた。


「……つまらない意地かな」


 ナイフを手に取る。先の依頼でチョキから貰った漆黒のナイフ。


「今度はあたしが頑張る番になりたいものだね……!」


 あたしの小さな呟きは水しぶきと共に消えていく。

 水平線が見えたりはしなかった。船旅とはいえ行き先は人の住まう島。大海原を横切るような大がかりな航路を取るわけではない。


「ワン!」

「ん?」


 犬の鳴き声?

 顔を向けると、少し離れた所から子犬があたしへ吠えているのが見えた。

 全身が茶色の巻き毛に覆われた、あたしでも抱きかかえられそうな小さな体格の犬だ。

 垂れた耳に毛糸の玉のような尻尾、丸っこいつぶらな瞳が何ともいえない愛らしさを醸し出している。

 たしかトイプードルって犬種だったかな。


「ワン! ワン!」

「どうしたの? 遊んでほしいのかな。ほら、よしよし……」

「グルルルルル……」

「へ?」

「ギャワンギャワンギャワン!!」

「キャァッ!?」


 め、めちゃくちゃ威嚇してくる!?


「ニカワ! 駄目、そんな人様を煽っちゃ駄目! あなた小さいんだから、そんな煽って蹴り殺されちゃったら……!」

「あ、ラキュア……!」

「蹴り殺されちゃったらああああああっ!!」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」


 子犬の後ろから飛び出してきたラキュアが、負けず劣らずの勢いで叫びだす。

 察するに子犬の名前はニカワで、ラキュアが飼い主か。

 昨日、言っていた『餓死する』だの何だのはこの子のことだったようだ。


「あああああ……あ、昨日の……たしかスティープル?」

「そ、そうそう。ワンちゃんに酷いことはしないから安心して」

「ほ、本当に……ニカワのこと怒ってない? 蹴り殺さない?」

「そんなことしないから……!」


 念入りにあたしの機嫌を気にするラキュアをなだめ続け、ようやく落ち着かせることに成功した。

 取り扱いが難しい人だな。叫びながらも人の話を聞いてくれているあたりは、弁護士だか探偵だかの気質はあるのだろうが。


「その犬、ニカワって言うの?」

「う、うん。私の……友達」

「グルルルルル……」

「に、ニカワ?」


 その友達は唸り声を上げているのだが……あたしのせいじゃないよね?

 犬の目線はラキュアの方を向いているわけだし……。


「ギャワンギャワンギャワン!!」

「ニカワ!? 待ってニカワァァァァァーッ!!」


 お、思いっきり拒絶されて逃げられてる……!


「あああ……そうなんだ……私はもうニカワに振り向いてもらえないんだ! ニカワだけはずっと一緒……だったのに! ああああ失ったんだあああああああああ!!」

「あーあ、また始まった……!」


 出会って二日目だけど、こうなってしまったらもう手の施しようがない、ということは分かった。

 ペッグを探してどうにかしてもらおうか。この辺りには見当たらないけど、もしかしたら親族への挨拶にでも行ってるのかも。

 ……と、一頭客室の方へと歩き出した時だった。


「ああもう! さっきからうるっさいざます!!」

「っ!?」

「潮風に紛れて不潔な臭いがすると思ったら案の定! 勝手に映り込まれたらわたくしの高貴な世界が汚れるざます! ゴミはゴミらしく道端に転がってるざます!」


 けばけばしい格好をした恰幅の良い女性が怒鳴りながら登場する。

 はち切れんばかりに丸く膨れたスーツと、口元を分厚く覆った口紅はどちらも不快さを呼び起こすようなドギツい赤色。髪の色は茶色がかった金髪を丸く後ろにまとめている。

 琥珀のフレームが目立つ丸メガネの下は……とても悪い表現しか思いつかないが、ブルドッグのように頬が垂れている。

 いや、私の感想なんて心に秘めている分だけマシな方だろう。

 このオバサンは最初から一線を超えた罵詈雑言の嵐だ。


「あの人はミューシー・グルー。長老から見ると長男の妻……」


 幸いにも調子を取り戻したラキュアが説明してくれた。

 そのミューシーは露骨に顔を歪めながらあたしとラキュアの顔を睨みつけている。


「ああ鼻がひん曲がりそうざます! わたくしと同じ船にこんな掃き溜めのゴミがいるなんて! あんたらも少しは申し訳ないと思わないざますか!?」

「そ、そんなに臭うかな……お風呂も洗濯も満ち足りてるんだけど」

「わたくし鼻が利くざます! 貧乏人の貧しい発想じゃあ隠しきれないざますよ! あんたらの体に刻み込まれた、吐き捨てられたゲロの臭いがプンップン漂ってくるざます!」


 ハァ……漏れそうな溜め息を押さえつけるのがやっとだ。

 だが、声の方は無理だな。余計なことを喋ってしまう前にチョキの所に戻るか。


「キャンキャンとうるせぇんだよなバカ犬がよォォォー」

「ああん!? なんざますか!?」


 うわぁ、あたしより先に余計なことを喋る人が現れた……。

 伸び切った黒髪に無精ひげ。着ているスーツは年代物、というよりずっと一張羅をずっと着続けているような古さがあり、大きく型崩れしている。ネクタイの結び目は胸のあたりまで下がり、シャツもズボンからはみでたズボラな格好だ。

 そして、その男性が右手に掲げているのは……お酒のボトルだな。彼の顔色や様子からも既に出来上がっているようだ。


「誰かと思えばアドヒース! グルーの恥さらしめ! お前なんぞにくれてやる金はビタ一文と無いざます!」

「それを決めるのは親父だろォ? もう貰った気になってんじゃあねぇよバカ犬が」

「ハッ! なら、お前がわたくしたちを差し置いて何かしら貰えるとでも思っているざますか!? 定職もつかずに飲んだくれてばかりの穀潰しが!?」

「はははっ! 人のことばっか見てねぇで自分がどう見られてるか考えた方がいいんじゃねぇのかァ? おうガキども、聞いてくれよ。この女はよォ遺産目当てで好きでもねぇ男に嫁いだせいで子作りもできねぇで、そのうえ親父が長生きすぎて未だに何も貰えずに再婚する機会まで逃してんのよ。笑えるよなァァァー」

「…………」


 め、目眩がしてきた……。

 家族ってこんなに罵り会えるものなのか。

 このまま大人たちの口喧嘩を視界に入れていると巻き込まれそうなので、あたしはラキュアと二人だけの世界を作ることにした。


「ねぇ、ラキュア。あの男は何なの? 親族の一人なのは分かったけど」

「……次男のアドヒース。あとここにはいないけれど、ミューシーの夫で長男のクレイブがいる。どいつもこいつもどうしようもない人たちばかりよ」

「そう言うってことは、その長男もあの二人と似たような感じみたいね。どんな三択よ、他にまともな人はいなかったのかしら……」

「もういない。いたら……ここまで長引かせていない」

「……えっと、()()いないってことは……」

「…………」


 ラキュアが静かに頷く。


「長女……年齢的には次男の妹だけど、シエラとその夫のバーニスも、昔は選択肢の一つだった。噂では一番まともな人たちだったみたいだけど、四年前に娘のウルシアと三人で家族旅行中に事故死よ。で、残り物がアレ」

「アレねぇ……まともじゃない奴だけが残ったと」

「ふん、長老も長老でまともなんかじゃない。あいつらに相続させるのは嫌だとか、どこかの施設に寄付するのは一族(グルー)の財産じゃなくなるから嫌だとか。その辺の子供を養子に迎えて相続人にした方がマシだとも言っていた」

「と、とんでもないこと言ってるな。あたしとチョキのことスカウトしたりしないでしょうね?」

「グルーの伝統で、十五歳にならないと相続権は無いらしい」

「そっか、じゃあ巻き込まれずに済みそうね」




「おいおいおいガキどもォォォー」


 あぁ、せっかく目をそらしていたのにアドヒースが割って入ってきた。

 まったく、部外者を姉弟喧嘩に巻き込むなよ……。


「さっきからうるせぇんだよバカ犬がキャンキャンと。お前らの犬だろォォォー?」

「いや、あなたの義姉(あね)でしょ」

「違ぇよバカ、ボケてんじゃねぇ。そっちの犬じゃなくて──」

「ニカワ……!?」


 ラキュアがハッと声を挙げた。


「ワン! ワン! ワン!」


 耳を澄ますと確かにニカワは吠えていた。

 あたしに? ラキュアに? それとも別の──!


「グルルルル……!」

「船の後方? 何に吠えてるの!?」

「ニカワには……魔力が分かるの」

「え?」

「何かが来てる……近づいてる!」


 水しぶきが大きく唸った。


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